戦いだけど強いんだけど当たらないんだけど
「このままだとぶつかります!」
緊張した面持ちで船番さんが叫ぶ。
なんだ、一体何が迫ってきてるんだ。
甲板に立って進路方向を見ると、黒い点が遠くに小さく見えた。
それは段々大きくなり、三つ首の化け物としての姿をハッキリ現した。
それと共に美少女感知センサーが強く反応する。
この反応には覚えがある。
「"クラレント"!」
マズいと判断したドレッドが、元クランちゃんことクラレントと身武一体を行い、3つ首の化け物に向かってレーザー光線をぶっ放す。
だが化け物はレーザー光線を避け、船の真横を高速で突っ切った。
風圧と波によって船が大きく揺れる。
「なんだアレ!?」
「姫子ちゃん……」
「誰だよ!」
「ドレッドと会った日にヘイヴァーで私を襲って来た子」
「どっちだ!」
「治安委員じゃない方」
そういえばあの日は治安委員と姫子ちゃんの両方に追いかけまわされたんだっけなぁ。
あれからまだ一ヵ月しか経っていないかと思うと感慨深いものがあるよね。
いや、そんな耽ってる場合じゃないけど。
「なんでアイツはヤコを襲ってんだ!?」
「まぁ色々ありまして」
そんな問答をしてる間に再び化け物は進路を変えて船に突撃してきた。
あの化け物の背中に姫子ちゃんが乗っているのだろうか。
ならばここは私がいかなければならない。
「ペニバーン! ロウター!」
私は召喚したロウターに跨り、ペニバーンを構えて船を飛び出した。
すると化け物も私を追うようにして船から進路を逸らした。
やはり狙いは私のようだ。
化け物の背に姫子ちゃんの姿が見える。
「お久しぶりです、天上院様」
化け物の背中に姫子ちゃんが立っている。
凄いなあのバランス感覚、私なら絶対落ちちゃうわ。
「私の胸に飛び込んできてくれるのは構わないけど、もうちょっとゆっくりで頼むよ」
「ごめんあそばせ。気持ちが抑え切れませんの」
そう言って姫子ちゃんは大空に手を伸ばすと、三つ首の化け物と共に光に包まれた。
あの光はもう見慣れた、完全変態……身武一体だ。
この世界で姫子ちゃんと会った時には使われなかったはずだが、この一ヵ月の間に使えるようになったのだろうか。
「気を付けろ主」
緊張を孕んだ声でロウターが警告する。
私にもわかる。美少女感知センサーの反応が禍々しく変化したし、押し潰してくるような威圧感も感じる。
やがて光が収まると、そこには化け物と身武一体を終えた姫子ちゃんの姿が会った。
「あぁ、悲しい、憎い。そして何より」
三つの顔に、六本の腕。
資料集で見たことがあるその姿。
二つの翼を生やした三面六臂の阿修羅に姿を変えた姫子ちゃんが、そこにいた。
「心地良い」
「こ、これはまた随分と」
なかなか人間離れした姫子ちゃんの姿。
いや、如何せん顔が可愛いもんだからなおの事怖い。
これはタダで済む相手では無いだろう。
「ペニバーン、ロウター。頼むよ!」
私の声に反応し、ロウターが嘶く。
そして私達は光に包まれた。
ーーーーーーーーー
「えっ、身武一体ってあんな直接的に人体に影響及ぼすの?」
ペニバーンの世界にて、私は二人に質問する。
いや、ダメとは言わないけど。解除後に姫子ちゃんが元の姿に戻れるのかが心配だ。
「あそこまで姿を変えるとは、余程あのギドラは強力なのだろうな。」
「ギドラ?」
「あの三つ首の化け物のことだ」
あの化け物の名前はギドラって言うのか。
私もロウターと完全変態したら翼が生えてくるけど、下半身が馬になったりはしない。
それに対して姫子ちゃんは三面六臂の阿修羅である。
どうしてそうなったと言わざるを得ない。
「モタモタしても仕方ないだろう、迎え撃つぞ」
ロウターが思考に耽るペニバーンにそう言って、私を見る。
正直姫子ちゃんがどうしてあの化け物と知り合ったのかなど気になるのは山々だが、確かに考えた所で本人に聞かねば答えなどわからないだろう。
私はロウターを引き寄せ、口付けをしようとするとロウターからキスをしてきた。
「いつも主導権を握られているのでな。たまにはこちらから行くぞ」
ここ一ヵ月間は、ペニバーンとロウターのダブル完全変態を安定させるため、比較的場慣れしている私とペニバーンが主導で行為をしていた。
姫子ちゃんという強敵を相手にすることになり気持ちが昂ったのだろうか。
ロウターがいつもより積極的に攻めてきている。
「……確かに迷っていても仕方がない。今は戦いに集中しよう」
ペニバーンも思考の整理がついたのだろうか。
頭を軽く振って参加してきた。
「絶対に気を抜くんじゃないぞ」
「うん、わかってる」
「何をしてくるかわからん。注意せねば」
私達の体が光に包まれた。
ーーーーーーーーー
「お待ちしておりました、天上院様」
「アハハ、女の子を待たせるなんて私も廃れたもんだね」
私と姫子ちゃんはそれぞれの翼で飛行している。
うーん、空中戦は初めてだよ。
そう言う意味でも厳しい戦いになるかもしれない。
「こちらからいきます……グレイプニル!」
姫子ちゃんがそう言うと、彼女の六つの手の内で二つが鎖となって私に向かって伸びてきた。
あの攻撃は以前も見たことがある、本数は一つだったが。
アレを食らったら恐らく姫子ちゃんの追撃から逃れることは出来ないだろう。
迫りくる鎖を回避するが、姫子ちゃんの自由に操作できるようでどこまでも追ってくる。
私は二本の鎖を避け切ったが、その足に別の鎖が絡まった。
姫子ちゃんの体を見ると、三本目の腕が鎖へと変化している。
完全に裏をかかれた。
「つーかまーえた」
「やっべ」
振り払おうとするが、伸ばした鎖を縮めるようにして姫子ちゃんが接近してくる。
その手にはいつぞやの真剣。
だがそう簡単に刺されるわけにもいかない。
あの剣よりも私のペニバーンの方がリーチが長いのだ。
「"形状変化"」
だが姫子ちゃんが何かを呟くと彼女の真剣がたちまちとても長い薙刀へと姿を変えた。なんじゃそりゃ!
「"クラレント"!」
だがその声と共に下から極太のレーザー光線が放たれ、私と姫子ちゃんを繋ぎ止めていた鎖を襲った。
つか危ないわ! 若干翼の先に当たって焦げたんだけど!
「危ないわ!」
「やらねえよりマシだっただろうが!」
その通りだ。
おかげで姫子ちゃんの突撃を阻止出来たし、これで鎖も焼き切れて……ない。
硬すぎでしょこの鎖!?
「神殺しの化け物を捕らえた鎖グレイプニル。その程度の攻撃で切れるはずがないですわ」
「ちょっとドレッド! 火力足りてないんじゃないの!?」
「うるせえもう一回だ!」
ドレッドがその後も何回か鎖に向かってレーザーを放つが、2、3回当てても鎖には傷一つついていないようだった。
この鎖が硬いのか、ドレッドがどうしようもないのか。
前者だと信じよう、うん。
鎖はどうにもならないと判断したドレッドは姫子ちゃん本体に目標を変えたようだが、完全変態三面六臂姫子ちゃんの身体能力はとても高く、全てかわされてしまう。
「目障りですね……あちらから処理しましょうか」
そうこうしているうちに姫子ちゃんが狙いを私からドレッドに変えたようだ。
これはマズい、ドレッドには飛行能力が無いから船を破壊されたら海に落ちてしまう。
だが私から目標を変えたのなら、今度は私から邪魔が出来るはずだ……という思考は2秒で撤回した。
姫子ちゃんの顔が3つあるのだ。
3つの顔があるということは目が6つあるということであり、ほぼ視界が360度あるのだ。
だからドレッドに顔の一つが向いていても、他の顔が私を見てるせいで隙というものが全く無い。
「そこで見ていてください天上院様、泥棒猫が死ぬところを!」
泥棒猫ってなに!?
ドレッドのこと!? ちょっと冗談やめてくんない?
私とアイツがそういう関係になったことは一度も無いわ!
だがそんなこと言ってる場合ではない。
姫子ちゃんが急降下してドレッドの乗る船に突撃を開始する。
どうにか阻害出来ないかと右足に絡みつく鎖を引っ張ったりしてみたが、どうやら姫子ちゃんの自由に伸縮できるようで全く意味をなさなかった。
「ドレッド!」
叫んだところでどうにもならない。
姫子ちゃんがドレッドに向かって一直線に突撃する。
「おう、そうやって来てくれるとマジで助かるぜ」
だがドレッドは突撃してくる姫子ちゃんを見てニヤリと笑うと、接近する姫子ちゃんに向かってレーザーを放った。
「ッ!」
流石にまずいと判断したのか、姫子ちゃんはレーザーの直撃を避ける。
だがそのせいで突撃の勢いは削がれた。
そこを好機と見たドレッドが船から姫子ちゃんに飛びかかる。
「離しなさい!」
姫子ちゃんが6本の腕を駆使してドレッドを引き剥がそうとするが、ドレッドはしがみついて離れない。
そして姫子ちゃんの側面2つの顔を手でガッチリ掴むと、私を見上げて叫んだ。
「今だ、ヤコ!」
実にグッジョブだ。
これで姫子ちゃんの視界は塞がれた。
死角からの一撃を与えるべく股間のペニバーンを構えて姫子ちゃんへ急降下する。
「ナメるなァ!」
ドレッドを海に叩き落そうと背をこちらに向けていた姫子ちゃん。
その背中に向けた渾身の一撃は、まるで背中にも目が付いているかのようにかわされてしまった。
「ちゃんと狙えバカ!」
「うるさい!」
いや、今の攻撃を避けられるはずがない。
ドレッドを振り払うのに混乱している姫子ちゃんにかわせるような甘い一撃ではなく、十分に身武一体の解除まで持っていくのに足る一撃だった。
現に今も追撃をしているが、その攻撃を悉くかわされている。
「オイ! ふざけてんじゃねえぞ!」
「本気でやってるっての!」
いやいや、なんで本当に当たらないんだ。
まるで私の動きが完璧に読まれているかのような動き。
(間違いないな)
「何か気付いたのペニバーン!」
(あの女はなんらかの手段で主の行動が読めている)
なにそれ怖い。
私の行動を読むスキル?
姫子ちゃんも分類は転移者に当たるわけだし、その際の特典で私のように何か貰ったのだろうか。
いや、あの三つ首の化け物やグレイプニルと呼ばれた鎖を使役している時点でそれは確定。
気付くのが遅過ぎたかもしれない。
さらに言えば究極性技"裏"四十八手とかいうのも以前使っていたはずだ。
いや、ほんとなんでその発想に至らなかったのだろうか。
「だけど……」
それが分かったところでどうしようもない。
姫子ちゃんに攻撃が避けられるのが何らかの能力によるものと分かったところで、私にそれが解決出来るわけでもない。
(そうでもなかろう)
「え?」
(ドレッド殿の攻撃を全く予期出来ていなかった、つまりあの女が読めるのは主殿の行動だけだ)
そういえば姫子ちゃんはドレッドに攻撃をしておきながら、その反撃は殆どかわすことが出来ていなかった。
私の攻撃は全て読み切り、鎖で拘束というワンサイドゲームを出来た姫子ちゃんが、だ。
そうか、ならこの戦いのキーパーソンは私ではない。
「ドレッド! チェンジ!」




