逃げてください天上院様
「えっ、何事ですか!?」
びっくりしてけるべろすから手を離すと、光を纏ったけるべろすのシルエットが巨大化していきます。
私これと似たようなのを前世で見たことありますわ、ポ〇モンの進化です。
ど、どこまで大きくなるのでしょう。
少なくとも大型犬の二倍くらいは大きいけるべろすちゃんの三倍は大きいです。
やがて光が収まると、そこには蛇のような鱗を持った巨大なけるべろすちゃんが存在していました。
なんと背中には羽根が生えています。
("存在進化"か)
悪魔が何か言っていますがそんなものはどうでもいいのです。
私にとって大事なのはそこではありません。
「も、もふもふがッ……!」
なんということでしょう。
悲劇的びふぉーあふたーです。
あれだけもふもふだった体毛は、艶めかしい光沢を放つ鱗に変化。
ポ〇モンも進化後より進化前のが良かったなどと言う声を聞きますがまさにこんな感じなのでしょう。
「あ、あぁ……」
私はよろめく足をなんとか前に進めながら元けるべろすちゃんの足に辿り着きました。
その少し紫がかった黒い鱗に包まれた足を触ります。
「ん……?」
あれ、なんでしょう思ったより手触りがいい?
研磨された黒曜石を触ったことがある人ならわかるでしょうか。
あの少し冷たさを感じながらも一切の摩擦を感じさせない肌触り。
あれ、案外いいかもしれません。
「ギャア……」
元けるべろすちゃん……この子は真ん中の子ですからペロちゃんでしょうかね。
ペロちゃんが頭を下げて私の体に顔をうずめてきました。
ポチとタマは何が起こったのかわからないとでも言うように周囲と自分の体を見比べています。
「悪魔さん、これは?」
("存在進化"と呼ばれる現象だね。一定の条件を満たすことで生き物がその姿を変える現象だ。この世界にも存在する獣人という種族は"存在進化"を短時間の間行うことで戦闘力を向上させたりするらしいよ。ま、普通はずっとこの姿だけど)
何か条件を満たしたのでしょうかね。
私は一ヵ月間気絶していたそうですので、全く見当がつきませんが。
「この子をなんて呼んだらいいのでしょう?」
少なくともけるべろすちゃんではありません。
ワンちゃんのお耳も無いですし、首が長すぎます。
(ギドラ)
私が迷っていると、悪魔がそう言いました。
(三つの首を持つ龍。羽根が生えたから飛行能力はあるだろうね)
なんと。けるべろすちゃん改め、ぎどらちゃんは空を飛べるのですか。
鳥さんも飼ってみたいと常々思っていたのです。
(いや、鳥とはだいぶ違うと思うけど……)
ほんと細かいことを気にする悪魔ですね。
これはモテませんわ。
蛇さんであり鳥さんであり元ワンちゃんでもある超はいぶりっどポ〇モン。
それでいいではないですか。
(まぁ君がそのギドラを気に入ったことについては良かったねとしか言いようがないけど)
本当にうるさいですねこの悪魔。
私は貴方とお話する気はないんです。
(君はこの後どうする気だい?)
それについては今考えています。
天上院様に会おうとするものならこの悪魔は必ず私の邪魔をしてくるでしょう。
そもそも現時点で天上院様からの私の印象は最悪のはず。
前世で自分を殺したと思ったら、新しい人生で再び追いかけてきた女です。
ストーカーを超越した化け物にしか見えないでしょう。
……自分で言っていて涙が出てきました。
「主様、泣いてるのか?」
へ?
なんでしょう。今何処かから言葉が聞こえてきました。
悪魔のものではありません。
あんなこの世の汚物を全て飲み込んだ寒気のする声では無く、さながら月明りと共に現れた王子のような美しい声でした。
(待って、私の評価酷くない?)
あぁ、また汚い声が……
「ここだ、主様」
「へ?」
声のする方を振り返ると、そこにはペロちゃんのキリッとした顔がありました。
前からカッコいい顔でしたけど、その姿になってから一層カッコよくなりましたね。
そんなペロちゃんの口が少し開きました。
「何故主様は泣いてんだと聞いてんだ」
「……えぇええええええ!?」
喋っていたのはペロちゃんでした。
えぇ!? いやいや、私も昔は「おはよ! 今日もいい天気だね」と雨の日に言ってくるような犬型の玩具で遊んだことはありますが、本当に人語を喋ってくる生物がいるとは思っていませんでした。
「ぺ、ぺろちゃん喋れたんですの?」
「いや、喋れるようになったのはこの姿になってからだな」
(自分の名前に関して不満は無いんだね……)
本当に余計なことしか言わない悪魔ですね。
人のセンスを否定するとか友達失いますわよ。あ、失礼あそばせ。元からいませんでしたか!
まぁ悪魔なんてどうでもいいです。ポチとタマは話せるのでしょうか?
「いや、アイツラは無理だな。少し頭が足りてねぇ」
ペロちゃんは結構ストレートにモノを言う子なのですね。
「本題はそこじゃねえよ。なんで主様は泣いてたんだって聞いてんだ」
ペロちゃんはその真っ黒な瞳で私を見つめてきました。
私はこれと似た瞳を見たことがあります。
私の言う事を無条件で信じてくれる優しい瞳。
「……取り返しのつかないことをしてしまったのです」
「なんだそりゃ」
「誰よりも大切な人に嫌われてしまったのです。だから悲しくて泣いていたのです」
この瞳の前で嘘はつけない。
私は自分の思いの丈を、正直にペロちゃんにぶつけました。
「あぁ!? 主様を悲しませるなんてとんでもねぇ奴だな!」
……へ?
何を言ってるんでしょうこの子。
「主様を泣かせたっつーことは、この俺をバカにしやがったっつーことだ!」
ちょっと待ってください。
え? 私の言い方が悪かったんですかね?
とにかく否定しなければ。
「い、いえ。悪いのは全て私で」
「主様を嫌うなんてどんな野郎だ! 一発ぶんなぐってやる!」
そもそも天上院様は野郎ではございませんし、ペロちゃん貴方に人を殴る腕はないでしょう。
そんな私の心の声をよそに、ペロちゃんはどんどん一人でヒートアップしていきます。
「「うぉおおおおおん!!」」
「そうだろお前ら! 今こそ立ち上がる時だ!」
どうやら盛り上がっているのはペロちゃんだけではないようです。
ポチとタマも青空に向かって遠吠えしています。
「主様、俺たちの背中に乗ってください!」
「へ? へぇえええええええ!?」
ペロちゃんはそう言うと口で私の襟首を掴み上げました。
そしてそのまま持ち上げられ、ぎどらの背中に乗せられます。
「捕まっててくれ主様! 主様を泣かせた野郎は俺がぶっ潰してやる!」
え、ちょっと待って何をする気ですか。
捕まれとか言われてもぎどらちゃんの背中に捕まるとこなんて一個も無いのですが!
そもそもぶっ潰されては困りますし、そんなことをしたらまた天上院様に嫌われてしまいます!
「いくぞぉおおおおおお!」
「待ってェエエエエエ!」
翼! 翼の付け根に捕まれます!
寒い! 風の勢いが強すぎて寒い!
髪が凄い勢いでビュンビュン言いますわ!
というか私一ヵ月間ひょっとしてお風呂入って無くないですか!?
汚い! こんな状態で天上院様に会いに行くのですか!?
ちょ、ちょっと止まってくださいぎどらちゃん!
「ぶぉおおおおおおお!」
「ぐぉおおおおおおお!」
前のぶぉおっていうのが私の声です。
ぎどらちゃんに止まってって言おうと思ったら風が凄い勢いで顔にぶつかるせいで人の言葉を喋れませんでした。
まともに目を開けてられる状況ではありませんが、物凄い速度で飛ばしているというのだけはわかります。
というかぎどらちゃんは天上院様のいる場所が何故わかるんですか!
ぎどらちゃんは確実にせんさーが示す天上院様のいる方向に突き進んでいます。
この勢いだとそろそろ辿り着いてしまいます。
ど、どうしたら。
(……これはこれは、また楽しめそうだね)
鬼畜悪魔ぁああああ!
二度目は絶対に許しませんわ!




