始まったけど必死だけどなんかカッコいいけど
永刻祭は20年に1度の一週間に渡る大きな祭りだが、そのメインイベントである新王決定の戦いは初日に行う。
基本的には新王の誕生を祝い、そしてエンジュランドの更なる発展を祈るお祭りだからだ。
「頑張ってね、ドレッド」
「あぁ、任せとけ」
未だに私とクランの入れ替わりは戻っていない。
まだ24時間経っていないからだろう。
「どういう流れで進行されるの?」
「開会式が終わった後、精霊山にいる精霊龍に向かってお祈り。その後に試合が開始だ」
「オッケ、試合が始まるまでガールズハントするわ」
「お前クランと入れ替わったまんまって忘れてるだろ!?」
だからやるんじゃん何言ってんのコイツ???
正直人間の私がエンジュランドで女の子に声かけても対応が悲しいんだよね。
ドレッドが永刻王とやらになった暁には是非ともこの状況を改善していただきたいです。
「あ、あの。何やる気っすか?」
「とりあえず獣人専用のHなお店行くわ」
「おいクラン、コイツ殺していいぞ」
いやもうね、辛抱たまらんのです。
肉体に欲求は依存されるとかいう説あるけどアレ嘘な。
私が証明しよう、ドスケべしたいという思いは精神に依存します。
「ほら、開会式始まるんだから行くぞ」
「やだやだやだやだ! わたし女の子とえっちしたいぃいいいいい!」
「私の身体で叫ぶのやめてもらっていいですかね……」
手足をバタつかせて抵抗する私の首はドレッドに引っ掴まれて連行される。
これ二回目だな……
「これより第10回、永刻祭を開始致します」
なんか20年に一度のお祭りっていうからデカい競技場でやるのかやるのかと思ってたよ……
精霊山っていうらしい山の真ん前に普通に始まったんだけど。
ドレッド曰く「あ? そんなもんに金使うならもっと別なところに使うわ」だそうです。
まぁ自国民だけで行うもんだし、そんなもんなのかな。
というか人の数が凄いな、私はドレッドの関係者って建前で関係者席に座らせてもらってるけど、一般観客の人達大丈夫なのかアレ。
なんか凄い歳取ったお爺ちゃんが高台に立ってなんか喋ってる。小学校かよ。
ボーッとしてるうちに開会式が終わった。
なんか国家斉唱のタイミングがあったけど立って口パクしました。
クランが私の体で歌ってた方に皆注目してたしね。
前世は歌を歌えば小鳥が舞うとまで言われてたけど、第三者として聞いてみるとなるほど。なかなか上手いんじゃないか?
これは獣人ガールにモテモテですわ。
「あれ……ジャンクと最近仲がいいっていう人間だよな?」
「ガラード様とも懇意だと聞いてるぞ」
「こうして見るとなんだその……結構美しいな」
男かよ、死ね。
開会式が終わると、先程高台で話していた老人が再び現れて、精霊山に一礼する。
すると荘厳な音楽が鳴り響き、ドレッドとガラード、そして……アイツ誰だっけ?
三人は一度立ち止まり、民衆の方に一礼した後に老人の方へ歩いていく。
「汝らは可能性を得ると同時に、今日この試練で命を落とすかもしれぬ。それが国の未来を背負うということだ。立ち去るなら今しかないぞ、死を恐れる者は今すぐこの場を立ち去れ」
死ぬ、か。
やっぱりなんというかこう……命に対する考え方が日本と違うなぁ。
日本じゃ別に総理大臣を目指したところで死にはしないし。
「……諸君らには『精霊の儀』の日にも同じことを言ったな」
老人がなんか遠い目をしてドレッド達を見詰めてる。
あの人何歳なんだろうな、永刻祭総監督とか言われてたけど。
「お主らの背には散っていった同胞の思いが乗っている。背負う気が無くても、のしかかるものなのだ」
この老人、語りおる。
私の賢者モードくらい語ってるんじゃないだろうか。
もうコイツが賢者でいいよ。
老人は精霊山に体を向き直ると、杖を掲げた。
「山頂におわす精霊龍よ、今ここに永刻祭を開始いたします!」
「誰かが死んだらその後の試合はどうなるの?」
「不戦勝ってことで処理されるだけだな」
老人のワンマントークショーが終わった後、ドレッドが一度観客席に戻って来た。
最初の試合はガラードとボーズっていう男の試合らしい。
「どっちが勝つと思う?」
「秒速でガラードの勝ちだろ」
戦う二人が観客達の前で向かい合うと、指定されたフィールドが青く輝きだした。
「なにあれ」
「あの中で精霊銃を乱射しても、弾が青い光の外に行くことはねえって結界だよ」
「ドレッドの場合は?」
「知らね」
ドレッドは実弾しか使えないらしいし、普通に結界を貫通するんじゃなかろうか……
まぁそんな細かい情報はどうでもいいや。
ガラードとボーズの二人が何やら喋っている。
「ふふっ。私ではガラード様には到底勝てませぬ故、棄権させて頂いてもよろしいですかな?」
「そんなことしたら貴方がドレッドに勝っても、私は貴方を重用しないよ」
「それは困りますね、それでは全力で行かせていただくとしましょう」
そう言ってボーズは彼の精霊銃を抜く。
私は銃にあまり詳しくないが、多分レボルバー? とかいう形の銃に一番近いだろう。
そしてそのまま獣化すると、ガラードに突撃した。
彼の体には黒い斑点がいくつもある。
一瞬チーターか何かだと思ったが、横にいるドレッドに言わせるとハイエナの獣人らしい。
が、なんだろう。
いやなんというかその……いや別にそういうわけじゃないのよ?
なんなら私と修行し始めた頃のドレッドといい勝負かもしれない。
うん、決してその……
いやもう正直に言う、動きが遅いわ。
なんだろう、私は今別に身武一体とかしてないけど、頑張ればギリギリ目で追えるし。
「ギャウン!」
あ、ガラードに撃たれて倒れた。
「ギャァアアアォオオオ!?!?」
えっ、ガラードちゃんがなんか倒れたハイエナの人を蹴りまくってるんだけど。
「ギャ……」
あっ、なんも言わなくなった。
「アイツ死んでねえよな……?」
「良かったじゃん、不戦勝だよ」
「おぉ、やったぜ」
ガラードの勝利が宣言された後、ボーズは担架で運ばれていった。
うん、なんだろう。
私を監禁した張本人とは聞いたけど、こうしてみるとなんかこう……哀れだな。
「えっ、次の試合どうなるのマジで」
「なんかボーズ卿がジャンクと対戦させろって担架の上で騒いでるらしいぞ」
「いやぁ……流石に無理だろ」
いやホントにどうなるんだろうね……
観客達の話を聞く感じではどうやらボーズはドレッドと戦う気らしい。
なんだろう、こうなるとガラードはドレッドに不戦勝させる為にボーズボコボコにしたんじゃないのとすら思えてきた。
「勝負だジャンクぅううう!」
あ、ボーズが地面を這いつくばって歩いてきた。
スゲエなアレ、尺取虫かよ。
「お、おう今行くわ」
さしものドレッドもこれにはドン引きである。
ドレッドは観客席から立ちあがると、フィールドの入り口に向かって歩いて行った。
『ドレッド様の試合以降は、諸事情に付き鉛と魔力を通さない魔法結界を使用します』
ほーん、そういう風に対策するんだ。
確かに合理的かもしれない。
アナウンスを聞いて冷笑する獣人達がいるが、私からすればドレッド達と共にフィールド上に立ててない時点で嗤えないことなんて出来ないと思うのだがその辺はどうなんでしょうねえ……
「本当に試合を続行して大丈夫なのか? ボーズ様」
心配そうに審判の老人がボーズに尋ねる。
彼は地面に手を突いてなんとか立ち上がった。
「構わん! 多少のケガで精霊龍にも選ばれなかったガンマンも倒せないなど、笑い種になるわっ!」
多少のケガ……?
いや、今すぐ救急車乗った方がいいレベルに見えるが。
顔ちょっと変形してない?
「そ、そうか。その心意気や良し! ではこれよりボーズ様とドレッド様の戦いを始めるっ!」
戦いを始めるっ!
とか言われても、ボーズさんフラフラなんだが。
彼に随分と余裕そうだけど、彼に勝つ秘策でもあるのか?
私は救出されたし……
ボーズはゆっくりとした足取りでドレッドに向かって歩む。
「ク、ククク。残念でしたねぇジャンク。私はこれしきの怪我で倒れるような男ではないんですよ……っ!?」
あっ、足元の石に躓いてボーズがこけた。
「だ、大丈夫かお前?」
「触るんじゃない! 立つくらい一人出来る!」
「そうか……」
もはやドレッド、銃抜いてません。
ボーズは再び立ち上がると、ドレッドに向かってニヤリと笑った。
「ククク、貴方は私に攻撃出来ない……何故なら友人が私の人質になっているからです」
「あ、あのな?」
「交渉しようとしても無駄です! 貴女の選択肢は私に負けるか、友人を見捨てるか!」
えっ……彼ひょっとして知らないの?
「あのな……? ボーズ卿。あそこ見てみ?」
「ククク、どうしたのです? 貴女の敗北する未来しか見えま……は?」
ドレッドの指先にいる私(inクラン)を見て、ボーズが固まる。
うん、なんかもう彼可哀想で見てらんねえわ。
「ど、どうする? やっぱ棄権したほうがいいんじゃねえか?」
「ふざけるなっ!」
ボーズはそう言ってドレッドを睨みつけたあと、空に向かって吠える。
すると体から毛が伸びてハイエナの姿になった。
「さぁ来いジャンク! 私のガラード様への忠誠心は貴様などに負けないということを証明してやる!」
そう言って背中から生えた銃をドレッドに向け、震える足を一歩ずつゆっくりと前に出して歩く。
もういっそ応援したくなる。
「そこまで言うなら私も本気でぶつかってやる! いくぞ!」
「ジャンクの分際で一丁前にガンマンを気取るな!」
ドレッドも白狼の姿になると、ボーズに向かって突撃した。
銃で牽制するボーズだが、ドレッドはそれを軽く避ける。
ボーズも負傷して狙いが定まらないらしく、弾が当たる気配は全くない。
「ねぇクラン、アレいいの? どう考えてもボーズさんって人が不利なんだけど」
「あー。この国には精霊龍の御心のままに王が決まるとされてるっす。だから例えボーズ卿がガラードさんにボッコボコにされて姉貴と戦うどころの話じゃなくなっても、それが運命って判断なんす」
それは大分シビアな……
いや、私は勿論ドレッドサイドなんだけど、ここまで来ると逆にボーズって人がかっこよく見えてくるかもしれない。
試合は圧倒的にドレッド有利で動いている。
ドレッドはボーズ卿の弾をかわしてボディブローを決めた後、去り際に銃を一発叩き込んで再び距離を取るという動作の繰り返しだ。
ボーズ卿は逃がさないとばかりに懐に飛び込んできたドレッドにしがみつこうとするが、基礎能力のスピードが段違いだ。
その腕をするりと抜けてドレッドはボーズ卿に何度もダメージを与える。
ついにボーズは地面に倒れた。
「……まだ、やるか?」
返事は無い。
ドレッドは審判の老人に目くばせする。
老人はそれを受けて軽くうなづくとその手をあげた。
「この勝負! ペン「まだ、だあっ!」」
老人の声を、地の底から絞り出したような声が遮る。
決着がついたと判断し、老人に向けられていた注目が再びボーズに戻る。
そこには体中の毛が禿げ、痛々しい姿となりながらも立ち上がる男の姿。
「私は、負けるわけにはいかんのだっ!」
男は目を血走らせ、ドレッドを睨みつける。
いや、もうその目の焦点は合っていないのかもしれないし、ドレッドを見てすらいないのかもしれない。
「なんで、そこまで」
「お前は知らない!」
ボーズは大きく息を吐き出す。
その表情は使命を帯びた勇者のようで、初めて出会った時の印象からは想像もつかないものだった。
「お前は、ガラード様のことを何もわかっていない!」
「私がガラードを知らねえってどういうことだ」
ボーズの言葉に、ドレッドがドスを利かせた声を出す。
それはそうだろう。
ドレッドは昨日以降仲が悪いものの、ガラードと親友として付き合っていたつもりだ。
それを否定されては不快にもなるだろう。
「そのままの意味だ。貴様はガラード様のことを何もわかっちゃいない」
「黙れ!」
ドレッドはボーズに接近し、震える足で体を支えていたボーズの腹に蹴りを入れる。
ボーズは後ろに吹き飛ばされたが、再び立ち上がってドレッドを睨み付けた。
「貴様は確かに『精霊の儀』まではガラード様に最も近い存在だった。それは認めよう」
ボーズはそう言って一度口を閉じた後、大きく息を吸った。
「だがそれ以降のガラード様の姿を、貴様はまともに見たことはないだろう!」
ボーズは止まらない。
堰を切って溢れ出した水の様に、彼のは怒涛の勢いでドレッドに叫ぶ。
「貴様があの日、このエンジュランドを出て行ってからというもののガラード様は常に孤独だった! それはそうだろう、今まで唯一の友人といって良かった貴様がいなくなったのだからな!!!」
ボーズの目は血走り、拳は震えている。
「肉親とて例外ではない! ランスロウ卿は『精霊の儀』を突破したガラード様に対しておぞましいとも言える訓練を施した! 毎日のように直々に銃を向けられては傷だらけになり、翌日はその体で再び訓練をさせられたのだ!」
ドレッドはボーズの言葉を黙って聞いている。
「恐らくガラード様は覚えてらっしゃらないだろうが、私は一度訓練所で倒れた彼女を介抱したことがある。その時に私は尋ねた。『何故そこまでして頑張るのか』とな」
ボーズの傷付いた体毛が生え変わっていく。
抜けていた毛は伸びてきて、また元の真新しい斑点の毛並みが現れた。
「『ドレッドも、きっと何処かで辛い思いをしてるはずだから』と、彼女はそう答えた」
ボーズは頭を掻きむしる。
そして理解が出来ずに悶える人の様に、荒々しく吠えた。
「私は調べた! エンジュランドを出た貴様の行く先を! もしガラード様の言う通り、貴様がどこかで辛い目にあっているのだとすれば、私が助けようと! あああああああああああ!」
ボーズは吠える。
その体には赤い血管が浮き出てきた。
つい先ほど死にかけていた人物とはとても思えない。
「そして見つけた!!! 犯罪組織に身を落とした貴様を! 誇り高きガンマンの魂を売り払った獣の姿を!」
ボーズは体勢を低くすると、再び銃を展開した。
「確かに何の庇護も得ずに一人で暮らしていけるほど俗世は甘くなかったかもしれない! だがそれは犯罪に手を染めていい理由にはならんのだ!」
「だから私は決めたのだ、どんなことをしてでも、例え貴様のように犯罪組織の手を借りてでも、独りで戦い続けるガラード様の手助けをしようと!」
いや、そこで犯罪組織の手を借りちゃうんかい。
そうツッコミを入れたかったけど、そんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。
「だから私は貴様を倒さねばならん! あの方の隣に立つために!」
ドレッドはボーズの話をただただ静かに聞いていた。
何も言わず、目を閉じていた。
そしてボーズが突撃を開始し始めた時、ゆっくりとその目を開いた。
「ありがとうよ、ボーズ卿」
ボーズの背から打ち出された弾丸を、ドレッドはその体で受け止めた。
一つとして避ける事無く、その場で両手を広げる。
「なにをしている!」
「ケジメだよ」
ドレッドの異常な様子を見て、ボーズは突撃を急停止する。
避けようと思えば避けれたはずだ。
現に今までその全てを避け切っていたから。
「それと、教育費だな。体で払うぜ」
ドレッドの体から煙が立ち昇る。
だが当の本人は痛くも痒くも無いとばかりに笑っていた。
「やっと理解できた。ガラードがなんで私にブチ切れたのか」
その顔は憑き物が落ちたというにふさわしい笑顔で、こんな顔をしたドレッドは見たことがない。
「そらそうだわな、一緒のフィールドで戦ってると思ってた奴がこんな体たらくじゃ、キレるのも当然だ」
そう言うとドレッドは軽く体を払い、準備体操でもするように体を伸ばした。
「ボーズ卿、誓うぜ」
「何をだ」
「私も、ガラードを支える」
晴れやかでありながら獰猛なその笑顔に、ボーズは一瞬たじろいだ。
「ガラード様の忠臣は私だけで充分だ!」
「アイツの下で支えるんじゃねえよ」
ドレッドは拳を握り締めると、空に向かって吠えた。
「もう一回、友として支えんだよ!」
その言葉を受けて、ボーズは一瞬考えるような素振りを見せる。
そして何も言わずに銃口をドレッドに向けた。
二人はそのままどちらかともなくぶつかり合い、激しい拳と銃弾の打ち合いになる。
最後の意地なのだろうか、ボーズの動きが今までよりも動きが良くなっている。
だがやがてその動きが鈍くなり、足元から崩れ落ちた。
「まだ、私は……」
ボーズの瞳からは闘志の炎は燃え尽きていない。
だがその体はもう動くことは出来ない。
「ボーズ卿」
地面の砂を握り締めて震えるボーズに、ドレッドが手を差し出す。
「私は、貴方にも許されたい」
ドレッドは今まで聞いたことが無いほど真剣な声音で、ボーズに話しかける。
「……負けたわけじゃない。チャンスを与えるだけだ」
「あぁ、ありがとよ」
ドレッドはボーズの手を引いて、立ち上がるのを手伝う。
そしてその肩を担いで、共にフィールドを出て行った。
「やらなきゃいけねえ」
ボーズを会場横で待機していた医務班に任せた後、銃弾を受けた痣を撫でてドレッドは呟く。
自分の清算はまだまだ終わっていない。
ボーズにチャンスを貰っただけ、スタートライン。
自分の誠意を見せるべき機会はここからだ。
「いけるの?」
ドレッドが振り返ると、そこにはクラン……いや、入れ替わったヤコがいた。
隣にヤコ(inクラン)もいる。
「お前らまだ入れ替わってんのか」
「うん、そろそろだと思うんだけどね。それより大丈夫なの?」
「ボーズの野郎がやったことを、私がやらないわけにはいかない」
この総当たりという連戦方式は公平でないと昔から言われてきた。
だが理由がちゃんとある。
いざその時になっても、怪我したからと言って強敵が待ってくれるわけではない。
運悪く怪我で試合続行が不可能になった? 王には運も必要なのだ。
だからこそ、この場でガラードと戦うことに意味がある。
例え昨日のランスロウ卿との戦いに苦戦し、ボーズ卿との戦いで疲弊してもやらねばならないのだ。
ボーズはそれを果たした。
「そっか、頑張ってね」
「あぁ」
ヤコはそう言って私に笑ってくる。
コイツとはこの日まで一緒に特訓してきた。
その日々を無駄にしないためにも、私はいうかなければならない。
「姉貴」
クランが心配そうに声をかけてくる。
ヤコの背は女としては高身長な私よりも少し高い。
一方クランは私より一回りくらい小さいので、入れ替わった彼女を見上げるのはなんだか新鮮だ。
「私が付いてます、姉貴」
「……そうか」
コイツと私は堕ちたあの日からずっと共に歩んでいる。
ある意味ではガラードと対局な存在。
だけど二人とも私を信じてくれた。
その信用を裏切ったのは私。
だから私は、クランと正面で向き合えるようになるためにも、ガラードとケリを付けなければいけない。
「応援、頼むぜ」
「はい!」
私はそう言ってフィールドの方に向かう。
もうきっとアイツが待ってるはずだ。
3週間前に訓練所でボコられた頃の私と、レベルは大して変わっていないだろう。
でもきっと、何かを伝える時間を稼ぐくらいの力は手に入れたはずだ。
フィールド入り口の案内人に声をかける。
「ペンドラー・ドレッド様、最終試合に出場なさいますか?」
「出る」
「畏まりました、御武運をお祈りします」
きっとこの案内人も、私がガラードに勝てるとは思っていない。
御武運をお祈りなんてのも口先だけだ。
だけどそんな負け犬根性でアイツとは戦えない。
いくぞ、ガラード。
フィールドのドアが開いた。
◇◆◇
「目覚めた?」
ここはどこ?
「ここは町」
貴方は誰?
「今はその質問には答えられないネ」
私は誰?
「君は英雄を産んだ存在、そして支える存在」
英雄?
「これを持って今から教える場所に向かって」
なぜ?
「考えないで、流れに身を任せて。そうすればきっと」
いつか思い出す。
頭がくらくらする。
ボーッとしながらなにかの紙を握り締めてどこかに歩く。
私はどこに歩いているんだろう。
建物? うん、建物だ。
地味な建物。
私は引き込まれるようにそこに入っていく。
抵抗できないし、する気もない。
そして気付いたら目の前に男がいた。
「すみません、依頼書を見てきました」
口が勝手に動く。
後は知らない、気付いたらソファーに座っていた。
そのままボーッとして座っていた。
ガチャリ。
ボーッとしていると、ドアが開く音が聞こえてきた。
「すみません、依頼書を見てやって来たのですが」
その声を聞いて、覚醒した。
弾かれたように私の意識に流れ込んでくる情報。
自分が取り出せる道具と、使える能力。
そして、目の前の存在。自分の状況とやるべき事。
「隣座るぞ」
さぁ、始めよう。
「逃げるぞクラン!」
「はい!」
流れに身を任せろと、あの人はそう言った。
ならば逃げよう。
目の前に壁が現れた?
ならば超えよう。
「わかった、組織に加入させてくれ」
「ケッケッケ。そうだ、それでいい。んで? お前はどうすんだ?」
ならば、
「私も、ドレッドさんが加入するなら加入します」
そして、
「今日までお疲れ、最後の仕上げだネ」
貴方は。
「器の完成は近い」
はい。
「最後に君へ、『導き手』の体に触れてもらうよ」
なぜ?
「感じるんだ。肉体と精神が交われば、肉体は精神にコネクトする。そして君は知るだろう」
わかりました。
「じゃあ、いくよ」
「お前らまだ入れ替わってんのか」
「うん、そろそろだと思うんだけどね。それより大丈夫なの?」
「ボーズの野郎がやったことを、私がやらないわけにはいかない」
迷う必要は、ない。
「私が付いてます、姉貴」
「……そうか」
ここまで全て、やれるだけのことはやった。
そして手に入れた、出来るはずだ。
先に逝った彼も、きっと応援してくれているだろう。
私も、役目を果たさなければいけない。
英雄を産み、育てる。
それが私達の役目。
概念に反逆すると誓った私自身の、そしてそれを信じてくれた彼に対する誓約。
「やぁ、待たせたネ」
はい、お待ちしておりました。
「覚悟は出来た?」
はい、お願いします。
「わかった、じゃあ始めるよ」
ドレッド。
私が付いてるから。




