登録会 天上院弥子編
どうも、天上院弥子です。
いつもより視界が低いですね。
クランちゃんは胸が平たいので、とても身軽な感じがします。
ちょっと触診をしてみた所、幸せな柔らかさですね。
高級な絹の毛布を触っている気分です。
「おっと、こんなことしてる場合じゃない」
クランちゃんは私と入れ替わっているはず。
一刻も早く居場所を突き止めねば。
「ドレッドはどこ?」
クランちゃんはいつもドレッドの近くにいた。
ならばそう離れてはいないだろう。
私は訓練所を飛び出し、美少女感知センサーを使ってドレッドの反応を探す。
ドレッドは王宮内にはいないようだ。
私は反応を頼りに走ろうとしたが、もう一つの大きな反応に気付いた。
「……この反応は」
同じ反応を、私は海底都市で感じた。
そう、私と入れ替わったアレックスが走り寄って来た時にそれを感じたのだ。
隠すことは無い、誇ろう。
私という美少女に反応しているのだ。
「この方角に、私がいる」
私と入れ替わったクランちゃんがそこにいる。
ドレッドに会いに行ったところで、彼女は忙しいだろう。
「そうだ」
私はクランちゃんがいつも携帯しているホルスターをまさぐる。
そう、わざわざ会いに行く必要はない。
文明の利器に頼ればいいのだ。
ホルスターを探ると、見つけた。クランちゃんのスマホだ。
「えーっと、ドレッドの連絡先は……あった」
早速連絡をしてみるが、長くコール音が響く。
しばらく待ってみたが、ドレッドが反応する気配は無い。
「……」
電話を切って、スマホの画面を見つめながら悩む。
私が最も優先してすべきことは、なんだ。
「女はどっちだ!」
「絶対に人質の元へは行かせるなよ! ドレッドの使いだ!」
おぉ、怖い怖い。
今現在、私は美少女感知センサーが示す私自身の反応を頼りにどこかの屋敷へ突入した。
ここが私を監禁プレイしていた奴の根城かと思うと、自然と拳に力が入る。
「クソッ、俺は今来た道をもう一度探す、お前らは散って各自捜索しろ!」
「「「承知!」」」
アイツラは多分私に怪しげな布を押し付けて気絶させてきた集団だね。
不意打ちでもいいから一泡吹かせてやりたいところだけど、今はクランが中に入っているはずの私の体の救出が先だ。
物陰に隠れていた私は人が散ったのを見て、監禁部屋へと走っていった黒ずくめの一人を追いかける。
「こっちにはまだ来てねえみてえだな」
「今来たからね」
「あぁ……? ギャアッ!」
私はペニバーンを召喚し、石突きで男の脳天をぶっ叩く。
クリーンヒットしてくれたようで、一発で地に沈む黒づくめ。
「あの部屋だね」
数メートルほど先に、見覚えのある文様が描かれた部屋を見付けた。
私を監禁していた部屋に描かれていたものと全く同じだろう。
近付いてドアノブを捻って開けようとするが、びくともしない。
鍵がかかっているのだろうか。
「でも、鍵穴なんて……」
『主、そこを飛び退けッ!』
「え?」
鍵穴を探そうとした私は、ペニバーンの言葉に従って少し右にステップをする。
すると銃弾が扉に突き刺さった後、扉に埋まるようにして消えた。
「おーおー、今のを避けるたぁな。後ろに目でも付いてんのか?」
「誰ッ!」
「おいおい、誰とは寂しいじゃねえか」
私が振り向くと、そこにいたのは先程の黒づくめの集団とは違う。
初めてドレッド達と出会った時に、彼女が来ていた黒服と全く同じような服装の男だった。
「仮にもお前の『元』上司だろうが。なぁ……? クランちゃん」
「いやー、申し訳ないんだけど、記憶にございません」
「ケッケッケ、冗談が上手くなったなぁ?」
いや、冗談でもなんでもないんですがあの……
目の前で軽薄な笑みを浮かべる男は、銃を構えたままこちらに迫ってくる。
「あー、申し訳ないんだけど。今忙しいから後にしてくんない?」
「あー? お前言葉遣い変わったなぁ。前のがガキっぽくて俺ァ好きだったぜ」
うっわ、男に好きとか言われると寒気が走るね。
美少女になって出直してきていただきたい。
多分コイツはドレッド達が中央大陸で犯罪組織にいた時の知り合いなんだろう。
しかしこのエンジュランドに来たのはどういう了見なんだろうか。
「なんでここにいるの?」
「ケッケッケ。オメエ、もう組織にゃ戻らねえ気だろ?」
その質問について、私が勝手に答えてよいのだろうか。
うん、いいよね。
「うん、戻る気はないよ」
戻す気はない。
だから私は、3週間前にドレッド共にエンジュランドで修行することを望んだのだ。
「あぁ、そいつは困るんだよなぁ。俺はお前ら、特にドレッドの奴にはもう帰る場所がねえと思ってたんだよ」
男はどこか悲し気な笑みを浮かべながら、語り始めた。
「だから俺はボスに言ったんだよ、お前らなら組織の幹部にしても問題ねえってな」
男は一旦銃を降ろすと、再び私へ質問してきた。
「なぁ、やっぱり戻って「その気はないよ」……即答かよ、そんならまぁ」
男は再び私に銃を構えると、先程の軽薄な笑みとは全く異なる獰猛な笑みを浮かべた。
「ケジメ、払ってもらうしかねえな」
私は負けちゃいけない。
二人をここに繋ぎ止める為に。
「逃げんじゃねえゴルァ!」
黒服の男は天上院に向かって二丁の銃を交互に撃ち続ける。
正直ドレッドと共に修行した天上院にとってはぬるいと言っても過言ではない。
「ペニバーン、お願い」
(承知した)
天上院は謎の光に包まれる。
そしてペニバーンと身武一体を果たし、黒服に襲い掛かった。
「な、なんだその姿!」
「悪いけど一瞬でキメるよ、究極性技 真四十八手」
天上院は黒服を蹴り飛ばし、倒れた黒服に馬乗りになった。
「其ノ四十七”マツバクズシ”」
究極性技 真四十八手 其ノ四十七“マツバクズシ”
蹴り飛ばして相手のバランスを崩す。
とても単純だが、それ故に他の技とも繋げやすい。
繋ぎの技であり、それゆえに高い柔軟性を誇る。
「かーらーのー? 究極性技 真四十八手」
「や、やめろッ!」
「其ノ四〝ミヤマ”」
究極性技 真四十八手 其ノ四 "ミヤマ"
究極性技四十八手の中で、最も基礎的な技の一つ。
真っすぐ前へと言うことに特化し、あらゆる壁を貫く。
その技を前に立ち続ける砦は無し。
以前海底都市に現れた巨大ダコに放った技だ。
人体に向けて撃っていいタイプの技ではない。
「……やっぱ無理だよなぁ」
「あ、あぁ……?」
ここで天上院に迷いが生じてしまった。
それはこの世界に来て様々な戦いをしたとはいえ、『ある経験』が無いからこその迷いだった。
「オイ、クラン。何故とどめを刺さねえ」
「刺さないんじゃない、出来ないんだ」
「はぁ?」
天上院はペニバーンを男の首元に向け、両腕を拘束したまま動かない。
最早これまでと覚悟していた男だったが、一向に槍が自分の首を貫かないのを知ると疑問を浮かべた。
「私には、人を殺した経験が無い」
「何言ってんだ、『研修』でやらせたし任務で何回もやっただろうが」
勿論男はクランに話しているつもりである。
だが現在クランと体が入れ替わった天上院には、人を殺した経験が無い。
化け物を殺したことならある。
海底都市でティーエスを守った時にクラーケンを殺めた。
だが、人を殺したことは無い。
人と戦ったことはあるが、ついぞ殺めたことは無いのだ。
フィストは戦った後押し倒したし、海底都市のヒストリアも結局命を取ることは無かった。
心のどこかで『人殺し』への抵抗感があったのだ。
だが当然と言えば当然だろう。
天上院が生きていた世界は元々『日本』という異世界含めてトップクラスに人殺しとは無縁の国だ。
培われた道徳観が、天上院の動きに歯止めをかける。
「ケッケッケ。こいつぁお笑い種だな、娑婆に戻ったら人殺しは出来ませーんってか?」
天上院に組しかれた男が嗤う。
「バーカ、いくら綺麗子ぶろうと、テメエの手はもう汚れてんだよ」
「そうっすよ、だから気にしないでください」




