誘拐されたけど屈辱だけどノックはしてほしいけど
天上院がいなくなってから三日が経った。
永刻祭まではもう時間が無い。
いなくなった翌日の朝から、ドレッドは一日訓練を潰してクランと共に天上院を探した。
ガラードにも連絡し、捜索に協力してくれたが永刻祭での準備が忙しいらしく成果は全く上がらなかった。
「クソッ、本当にあのバカ何処行ったんだ!」
「電話を何回もしても出ませんし……やっぱり」
誘拐されたのでは。
その考えがドレッド達の頭に過ぎる。
ここまで日数が経過して連絡手段のある人間が見つからないというのはありえない。
確実に何かに巻き込まれておる。
「だけど誘拐なんて出来るか?」
「あの人目立ちますよねぇ……」
そう、天上院は目立つのだ。
獣人の国エンジュランドにおいて、今現在唯一いる人間。
ドレッドの訓練相手であり、ガラードが懇意にしている人間として現在かなり話題になっている人間なのだ。
「マジでどうしようもねえな」
「警察局がどうにかしてくれることを祈りましょう」
警察局はエンジュランド版の治安委員局だ。
だが人間である天上院の捜索に前向きになってくれるかは怪しい。
ガラードやドレッドと仲がいいとはいえ、家ぐるみでというわけではないのだ。
面と向かって挑発をしてくる者がいなくなるというだけで、それ以上では無いのだ。
「姉貴……言いにくいっすけど、そろそろ登録会が」
「そうだな、行くか」
登録会とは、永刻祭に出場する為のガンマンを選抜する会である。
これを突破しなければ永刻祭に出ることは出来ない。
天上院を探さなければいけないが、ドレッドは自身の人生において重要な事項を外すわけにもいかない。
ドレッドが登録会の会場に向かうため扉へ向かうと、後ろから声が聞こえてきた。
「ふふ、お困りのようですね」
「あん?」
彼女が振り返ると、そこにいたのは約一か月前にガラードに傅いていた男、ボーズだった。
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「ジャーリタチ! あソレセリバシー。あヨイショサッフィズム」
天上院は現在、壁になにやら沢山の文様が書き込まれた部屋で監禁されていた。
食事などは提供されているし、トイレなどはホテルなどと同じように室内風呂と一緒に備え付けれている為問題はないが、いかんせんやることが全く無いので暇である。
なので手を振り回して思いついた適当な言葉を叫ぶしかやることが無い。
「クッソ、『満開☆世界の美女前線』が手に入らなかったのが痛すぎる……!」
天上院は部屋の扉を叩いて悔しがる。
この部屋は何故かペニバーンやロウターを召喚することが出来ず、強行突破をすることが出来ないのだ。
「屈辱的だ……! 前世でもアレをやったことは一度しか無いのに!」
天上院は壁を殴った自らの手を親の仇の様に見詰める。
アレ、とはそう。例えるならおかずを想像して白米を食べるのと似た行為だ。
弾けもしないピアノを演奏している自分を想像しながら机を指で叩く行為といっても近いかもしれない。
ぶっちゃければネタ無しオナ〇ーである。
「覗きやがったらタダじゃおかねえぞクソが……」
そう言って服を脱ぎ始める天上院。
ここ数日で見張りは食事の時間以外は来ないことを知っている。
なんなら部屋にも入ってこない、強行突破を恐れているのだろう。
監視カメラもない、やるなら今だろう。
「……」
天上院はベッドの上に寝っ転がり、目を閉じて想像する。
内容は本人の名誉のために伏せさせていただく。
そして頬が紅潮し、自らが高まったころ、遂に
「ネぇ、さっきからなにしてるの?」
彼女の耳元でそっと囁く声がした。
「あぁああ!? うわぁあああああ!!!」
天上院は飛び上がって声が聞こえた方向に向かって平手打ちをかます。
そしてベッドの上にあった掛け布団を体に巻き付け、対象から距離を取る。
「アハハハッ! お久しぶりだネ」
「お久しぶりじゃねえよこの粗チ〇野郎!」
密室で自家発電中の天上院の耳に声を掛けてきた人物は、海底都市にて天上院とアレックスの体を入れ替えた謎の人物である。
「覗いたら殺すぞって言ったよなぁ!?」
「覗いてないよ、ばっちり見ただけだからネ」
「尚更悪いわボケ!」
天上院は殴りかがるが、謎の人物はそれをヒラリと避けてニヤリと笑った。
「まぁまぁ。そんなことしてていいの? さっさと服を着たほうがいいと思うけどネ」
「この野郎……!」
天上院は思いっ切り睨み付けた後、いそいそと服を着た。
その様子をケラケラと笑いながら見る謎の人物。
デリカシーと言う5文字は無いようだ。
「そんで、要件はなに? 無いならサッサとどっかいけド変態」
「アハハハッ! 一回落ち着くといーよ。そして確認するんだ、君がどこにいて、私が目の前にいるという事実を」
天上院は枕を引っ掴んで投げつける勢いだったが、その言葉を聞いて一度我に返る。
そして気付いた、目の前にいる人物の異常性に。
「な、なんで貴方ここにいるの?」
そう、この閉ざされた密室において天上院以外の存在が入れるわけがない。
なのにこの海底都市という全く異なる出会ったこの人物は、さも当然とでも言うように天上院の目の前に存在している。
「アハハハッ! 言っただろう? 大切なのは、ボクは今キミの目の前にいる存在だって」
そう言って謎の人物は、服を着終えた天上院に歩み寄る。
「……助けてくれるの?」
「それは無理だねー」
「そうか、なら死ね」
天上院は歩み寄って来た謎の人物に向かって思いっ切り腹蹴りをかました。
だが謎の人物はそれもまた避けて、更に天上院に迫る。
「まぁまぁ、落ち着きなってドスケべガール」
「貴方にそう言われるとは心外だわ」
ベッドの上に謎の人物は乗りかかり、天上院からマウントを取った形になった。
顔を近付けてきたので、掌でがっちりをホールドする天上院。
「それ以上近付くんじゃねえよド変態……!」
「アハハハッ! じゃあこのまま説明しよっか」
顔にアイアンクローもどきをキメられながら、謎の人物は話し始めた。
「ボクは『事実』を変えることは出来ないんだよ」
天上院はホールドを少し弱め、話に耳を傾けた。
「『天上院弥子がこの部屋で監禁されている』っていう事実は改変不可、でも『天上院弥子に別の人物Xを定義し、天上院弥子(人物X)がこの部屋で監禁されている』っていうのは出来る」
そう言って謎の人物は天上院に問うた。
「さて、やるかい?」
「……誰と?」
「それはやってのお楽しみかな?」
天上院は謎の人物の目を見る。
その黄金の瞳は、イタズラを思いついた童女のような目をしていた。
「……お願い」
「決断の早い子は好きだよ」
そう言って黄金の眼を閉じると、天上院の額に手を乗せる。
「流動せよ、流れ込め、我が掌に集まれ」
そして海底都市でも聞いた言葉を紡ぐ。
天上院は目を閉じて、身体から魂が流れ出るのを感じた。
「はい。終わり、目を開けてごらん」
天上院が目を開けると、そこは訓練所の観客席にある椅子の陰だった。
「アハハハッ、また24時間後にね。クラン」




