お寝坊さんだけどムラムラしたけど油断したけど
「おはよう、ドレッド。いい夢は見れたかい?」
ドレッドが起き上がると、枕元に天上院が立っていた。
ここは王宮にある、昔ドレッドが住んでいた部屋だ。
「チッ、なんで朝っぱらからいるんだよ」
「ん~? ドレッドがなんかうなされてたから心配してあげたのに」
現在天上院はガラードの家から毎日王宮に通い、ドレッドとの訓練に手伝っている。
来る時間は大体朝食後であり、ドレッドが目覚める前に来たことは無い。
「それにもう朝って言うにはお寝坊さんじゃないかな? クランちゃんはもう訓練所にいるよ」
「ハァ!?」
そう言われてドレッドはベッドから起き上がり、時計を確認する。
普段ドレッドが起きている時間より3時間は遅かった。
「な、なんでこんな……」
「昨日は一段と激しかったもんね~」
天上院が言うと卑猥にしか聞こえないが、激しかったのは訓練の方だ。
ガラードにドレッドが敗北してから3週間が経ち、一週間を切った永刻祭に向けて最後の総仕上げとそて一段と激しくぶつかり合ったのだ。
訓練内容は基本的に、ドレッドが天上院に身武一体のコツを教え、身武一体を果たした天上院がドレッドに襲い掛かる。
これをドレッドが力尽きるか、天上院の変身が解けるまで続けた後、意識のある方がもう片方の目を覚まして再び繰り返す。
そんな訓練と称した気狂いを3週間の間ずっとひたすらに続けたのだ。
クランは二人とも潰れてしまった場合の補佐である。
ガラードに関しては最初こそ二人の訓練を見ていたが、やがて訓練所を出ていきどこかに行ってしまった。
「チッ、私としたことが」
「どうしたの?」
「あぁ……」
ドレッドは夢を見ていたのだ。
もう何年も昔、10歳でエンジュランドを飛び出して犯罪の道に走った日を。
「なんでもねえよ」
「疲れたならもっと寝ててもいいんでちゅよ~? 子守歌も歌ってあげまちょうか?」
「抜かせ、さっさと行くぞ」
そう言ってドレッドは寝間着を脱ぎ去って服を着る。
ドレッドはエンジュランドに着いてから、出会った時のぴっちりとした黒服とは異なり少しラフな姿をしている。
「あはは、じゃあ先に訓練所で待ってるよ。ゆっくり朝ご飯食べておいで」
そう言って天上院はドレッドの部屋のドアを閉め、訓練所に向かった。
ドレッドは体を軽く動かして、身体から眠気を吹き飛ばした後、王宮内の食堂に向かう。
ゆっくりと天上院は言ったが、ドレッドにゆっくりする気など無い。
指をさされながらの食事など不快極まりないし、そんなところでゆっくりする暇があったら少しでも訓練をしたいのだ。
ドレッドの部屋から出た天上院は訓練所に向かって歩く。
3週間連続でスパルタな訓練をしているため、天上院の身体にも気だるい疲れが残っている。
そして天上院にはもう一つの問題があった。
「あー。ムラムラする」
これである。
馬鹿馬鹿しい話だが、天上院にとっては割と死活問題である。
フィストと致してからというもの、海底都市ではティーエスから手を引いてしまったのでただの生殺し。
そしてエンジュランドに至っては人間差別的な雰囲気がある為、天上院と恋人になりたいというような女は存在しない。
ガラードやドレッド、クランに手を出すのは何かがヤバい気がして今日まで気にしないでいたが、今日の朝に顔はいい方であるドレッドの寝顔を見た時に大分グラッと来た。
これはもうマズイ。
「……仕方がない」
天上院はスマートフォンを取り出し、なにやら操作をする。
「よし、これにしよう」
そして何かをタッチすると、訓練所に向かう足を返して一旦外に出た。
「あまり目立つ所で受け取りたくはないな」
そう言って天上院は王宮の人目が少ない庭の陰に向かう。
そこで天上院は空を見上げてボーッと待った。
「まだかなー」
そう言って天上院は近くにあったベンチに座り、手を後ろに組んで目を瞑った。
このエンジュランドという地において、完全に油断していた。
普段天上院はガラードやドレッドと共に行動している為、他の獣人達も何か言いたげにしていても直接手を出してくるような真似はしない。
天上院にも慢心があった、調子に乗っていたのだ。
この世界に来てからというもの、危険な橋は何度かあったが結局解決出来た。
そう、『自分は強い』と心のどこかで思ってしまっていたのだ。
「ッ!」
天上院の口元に布が当てられる。
脳を潰すような刺激臭が、天上院を襲う。
振り払おうと手を口元に伸ばしたが、両手を2人の黒づくめの襲撃者によって拘束されてしまう。
間もなくして、天上院はその意識を失った。
「ふぅ、自ら人目のつかない所に移動してくれるとはラッキーだったな」
「一体どうしたんでしょうね、なにやら空を見上げてましたが」
小声で話す襲撃者達の下に、空からドローンが降下し、天上院の手から落ちたスマートフォンの近くに何やら薄い茶袋を置いて、再び空に飛び去った。
「どうします? 重要な書類かもしれません」
「いや……アレは通販サイトのモノだな」
そう言って襲撃犯の隊長と思われる男の獣人が茶袋を拾い上げ、中身を確認した。
「なんでした? それ」
「……うん、まぁ。俺が預かっとく」
そう言って隊長は茶袋を閉めると、天上院を担いで仲間達と共にそそくさとその場を立ち去った。
朝食を済ませたドレッドは訓練所の扉を開く。
中ではクランが待機しており、射撃の練習を行っていた。
「おう、遅くなったな」
「お疲れっす、姉貴!」
寝坊したドレッドを笑顔で迎えるクラン。
クランから姉貴と呼ばれるようになったのは、犯罪組織に加盟してからだ。
二人はスカウトマンに勧誘された後にコンビを組み、ドレッドが実行役、クランがサポート役となって組織の依頼をこなしてきた。
そうして共に戦っているうちに互いを姉妹のように信頼しあい、クランはドレッドを姉貴と呼ぶようになったのだ。
「ヤコのヤローは来てねえのか? 先に来てるはずなんだが」
「へ? ずっとここにいましたけど、見てませんっすよ?」
「あぁ? 何してんだアイツ」
疑問符を浮かべるドレッドだったが、そのうち訓練所にくると思い、自主訓練に移った。
天上院がいるなら勿論いたほうがいいが、いなくても出来る訓練もあるのだ。
「遅ぇ」
結局天上院はその日の夜まで帰ってこなかった。
途中でクランに捜索をさせに行ったのだが、どこにもいないらしい。
「流石におかしいぞ」
「ひょっとして、何か厄介に巻き込まれたっすかね?」
「アイツが……?」
この国において自分より強い者はガラードしかいないと思っているドレッド。
その自分を打ち破る力を持つ天上院が、事件に巻き込まれるとは考えにくい。
それこそよっぽど油断しており、周囲に対する警戒を怠っていたところを襲撃されるくらいしか負けることは無いだろう。
「電話してみたらどうっすか?」
「そうだな」
ドレッドと天上院は三週間の訓練の最中に連絡先を交換している。
天上院のスマホに電話をかけてみたが、通話は繋がらなかった。
「ダメだ。ガラードに確認してみるか」
今度はガラードの連絡先を開いて電話をかける。
しばらくコール音が鳴った後、ガラードの声が聞こえてきた。
『もしもし、どうしたの?』
「おう、そっちにヤコいねえか? 訓練に今日はアイツ来てねえんだよ」
『えっ、朝早くに王宮へ出かけたよ?』
「あぁ、確かに朝には会ったんだが……」
ドレッドはガラードに詳しく説明したが、ガラードは知らないらしい。
『んー、わかった。私も探してみるね』
「すまねえ、頼んだ」
そう言ってドレッドは電話を切る。
「うーん、ガラードさんも知らないっすか……」
「あぁ、まぁ明日の朝にもう一度だけガラードの家に電話しよう」
そう言ってドレッドとクランは、どこか腑に落ちないものを心に抱えながら、訓練所を去った。




