天上院弥子が信じた女 獣人のドレッドーSide3-
現永刻王アルト、そしてランスロウ卿。
エンジュランドの二大トップが、精霊山の湖にて用意された椅子に座っている。
彼らだけではない。
今日この場にはエンジュランドの重鎮たちがほとんど集結している。
それもそのはず。『精霊の儀』は年に一度行われるが、今年の『精霊の儀』に出場すのは20年に一度選ばれる永刻王候補の筆頭ドレッド。
精霊銃を授かっていないにもかかわらず、大人顔負けの実力を持つ彼女がどのような銃を授かるのか、エンジュランドの誰もが注目している。
ドレッドだけが目的ではない。
そのエンジュランド次期永刻王最有力候補に愛され、日夜共に修行するこの国ナンバー2の娘であるガラードもまた、人々の注目の的である。
永刻王とて一人で君臨するわけではない。信頼すべき部下と共に国務へ当たる。
その為現状ドレッドに最も好ましいと思われているガラードにもまた、注目が集まっているのだ。
「ククク、そろそろですね」
目の前に広がる湖を見て、ランスロウ卿が妖しく笑う。
時は既に夕暮れ。
『精霊の儀』が開始されたのは早朝だが、その試練の内容は過酷。
エンジュランド最高峰の山を自力で登り、更にその途中では自らの獣化状態と同じ精霊獣を戦って勝利せねばならない。
選ばれた子供たちはその試練を乗り越えてようやくこの国を治める永刻王への挑戦権を得ることが出来るのだ。
「……」
現永刻王のアルトもまた、隣で愉快そうに笑うランスロウ卿をつまらなさそうに見た後、湖に視線を戻す。
彼らも約20年前にこの試練を乗り越えたのだ。
アルトの細めた獅子の目には、どこか懐かしいと言った感情が含まれていた。
「……」
そしてもう一人、ここには湖を見る男がいた。
アルトやランスロウのように用意された椅子から眺めていたのではない。
今年の『精霊の儀』を一目見ようと集まった国民達の中で溶け込むように、その男はいた。
「人が来たぞ!」
誰かが叫ぶ声がする。
どこか騒がしく他愛のない会話をして時間を潰していた人々の声が静まり、湖の向こう側へと注目が集まる。
「……ふん」
「おやおや、流石アルト様の娘でございますな」
人々の注目を一身に受けながら現れたのは、やはりと言うべきかドレッド。
彼女はその服を血で濡らしながら、湖の向こう側から堂々と歩いてきた。
「二人目だ!」
勇ましいドレッドの姿に目を奪われていた観衆が、その声を聞き再び姿を探す。
その人物は左肩を押さえ、疲労困憊といった様子で歩いてきた。
ドレッドよりは少し小柄な少女だ。
ドレッドが今にも倒れそうな少女に駆け寄る。
「ふふ、安心しましたよ」
少女を見て、少しも心配だと思ってなさそうなランスロウ卿の声がアルトの耳に届く。
ガラードとドレッドは抱き合ってお互いの無事を喜ぶような姿を見せた後、ドレッドがガラードに手を貸してゆっくりと湖の対岸を歩いて行った。
結局この日、早朝に出発した12人の内、ドレッドとガラード以外の子供たちは日が暮れても湖に姿を現すことは無かった。
人々はそれを不思議には思わない。
彼らの家族は泣き崩れたが、それが王を目指し、敗れた代償なのだ。
ドレッドとガラードは湖の沿岸中央に到達すると、湖の中から祭壇が水飛沫を上げてせりあがって来た。
二人は階段を上り、祭壇に辿り着くと頭を垂れる。
一瞬の沈黙が辺りを支配した後、地面が揺れる。
しかし騒ぎ立てる者は誰もいない。
人々は目を奪われたのだ。
『ソレ』の圧倒的な荘厳さに。
『ソレ』は突然湖の中に現れた。
いつの間に現れたのだろうか、人々が祭壇を登るドレッド達に注目していた時だろうか。
それとも最初からいたのだろうか。
『ソレ』は湖の中をゆっくりと回遊した後、ゆっくりとその姿を水上に現した。
誰もが息を発さない。
その水に濡れて光る艶めかしい鱗と、流麗なる動きに誰もが見惚れていた。
圧倒的なオーラを放ちながら現れたのが、獣人達に精霊銃を授ける存在。
湖の主、精霊龍だ。
「……」
ガラードの手が震える。
勿論事前に『精霊の儀』の話は聞いていたし、精霊龍の存在は知っていたが、いざその前にいると威圧的とも言えるオーラに、生き物としての恐怖が呼び覚まされる。
だが震えている場合ではない。
目の前の存在は自分を喰らうわけではないのだ、ならばやるべき事をやらねばならない。
ドレッドとガラードは立ち上がり、こちらを遥か高くから見下ろす精霊龍に一礼する。
「「偉大なる龍よ、我王者を目指す者也」」
二人はここまでの修行を共にしてきた訓練銃をホルスターから抜くと、それを踏み壊す。
「「願わくば、飛び立つ雛に翼を授け給え」」
二人はそう言って精霊龍の顔を見上げる。
精霊龍は小さな二人の少女の眼差しを受けた後、天に吠えた。
音が衝撃波となって、精霊山を駆け巡る。
皮膚に灼け付くような痛みが走るが、それを堪えて尚も二人は精霊龍から目を離さずに見上げ続けた。
やがて長い長い咆哮が止むと、祭壇の上空から2つの眩い光が現れた。
光はゆっくりと二人に向かって降りていき、目の前に辿り着くと弾けた。
「わぁ……!」
ガラードの前に現れたのは、細身な銃口をした美しい拳銃。
自分が欲して止まなかった、永刻王への挑戦権。
両手を伸ばして淡い光に包まれながら浮かぶ銃を胸元に抱き寄せる。
冷たいはずの銃身が、ガラードには仄かに温かく感じた。
夢のような時間。諦めかけた夢。
悪夢から目覚めさせてくれた救世主に、最高の感謝を送ろう。
そして祝おう、私達の新たなスタートを。
そう思い、ガラードは救世主に目を向ける。
その人物はきっと、眩い未来を象徴するかのような可能性を手にしているはずだ。
「……え?」
しかしガラードの目に映ったのは、光り輝く未来を手にした救世主の姿ではない。
そこにいたのは何も無い空間に手を伸ばし、呆然とした表情を浮かべる少女の姿だった。




