天上院弥子が信じた女 獣人のドレッドーSide2-
息をゆっくりと吐きだし、審判の声を待つ。
眼前の少年はガラードを睨み付け、ホルスターの銃に手を伸ばしている。
「始めッ!」
合図が聞こえてもガラードはすぐに銃を引き抜くことなく、相手の動きを冷静に観察する。
少年は銃を引き抜き、軽いジャンプをしながらガラードに向かって銃を構えた。
その動きを見切ったガラードはその銃口から判断できる射線を横っ飛びでかわす。
かわしつつガラードも銃をホルスターから引き抜き、少年に向けて構える。
「クソッ!」
少年が射線から外れたガラードに向けてもう一度銃を向ける。
そしてすぐに引き金をひいて、発砲した。
「ハッ!」
ガラードは少年が再び銃を向けたと同時に地を蹴り、引き金を引いたと同時にその場でバク宙をする。
銃口から放たれたゴム弾はガラードの体の下を通過し、訓練所の結界に当たると消滅した。
「ぐっ……」
「さよなら」
銃弾を避けられて動揺する少年に、ガラードが別れの言葉を告げる。
その言葉と同時に、少年の胸にゴム弾が突き刺さった。
ガラードがバク宙と同時に放った銃弾が、少年に襲い掛かったのだ。
「試合終了! 勝者、サー・ガラード!」
「やったよ、ドレッド!」
自身の勝利が決定したと同時に、観戦席にいるドレッドに向けてガラードが駆け寄る。
「あぁ、精霊の儀出場おめでとう。ガラード」
駆け寄てくるガラードを、ドレッドは両手を広げて迎える。
先程の試合はエンジュランドにおいて10歳になった獣人が参加できるものであり、永刻王を目指すガンマンになるために必要な、精霊銃を授かるための『精霊の儀』へ出場する者を選抜する試合だったのだ。
因みにこの試合はトーナメント形式で12人まで選抜するのだが、ドレッドは誰も文句を言えない実力のため、この試合をすっ飛ばして『精霊の儀』に参加できる。
それはそうだ。大人でも敵わない実力を持つドレッドの場合、対戦相手が可哀想である。
この『特別枠』になるためドレッドは公の場にて大人のガンマンを10人撃破している。
その為、彼女の出場に関しては誰も文句を言わない。
「本当に……何からなにまで……」
ガラードの瞳に涙が溢れ出す。
落ちこぼれとまで言われた自分を、ここまで引き揚げてくれたのはまさにドレッドのおかげだ。
どうやって感謝を表せばいいのかわからない。
「バーカ。友達だろ?」
そんなガラードの涙をハンカチで拭き取ってやり、ニヤリと笑うドレッド。
3日後に精霊山にて開催される『精霊の儀』
その場にて出場者達は、山の奥深くにある湖に住まう精霊から銃を賜るのだ。
選考試合の日から三日が経ち、ついに『精霊の儀』の日がやって来た。
精霊山の麓にてガラードは緊張しながら開始の時を待つ。
『精霊の儀』とは、精霊山を登って山頂にいる湖の精霊に会うことである。
勿論ただ登るだけではなく、相応の試練が待ち構えている。
「お父様……」
参加者の家族であるガラードの父、ランスロウ卿は山頂の湖に試練とは別ルートで向かって待機している。
家の恥と呼ばれ続けた自分を、ここまで育ててくれた存在に、今は心から報いたいと思う。
そしてガラードの目に、もう一人の恩人の姿が映った。
「ドレッド!」
「おぉ、ガラードじゃねえか」
ガラードと同じく麓で待機していたドレッドに向かい、ガラードは抱き着く。
本当に、あの時精霊山でドレッドと出会わなかったらと思うとゾッとする。
抱き着いて感じる、温かい熱を持ったドレッドの感触に、ガラードはどことない安心感を覚えた。
「一緒に頑張りましょうね!」
「あぁ、勿論だ!」
この人となら、きっとこのエンジュランドを担う存在になれる。
永刻王になるのがドレッドで、自分は精々その補佐官かもしれない。
でも、
ガラードは思った。
この人が永刻王になったのなら、自分は全力で彼女を支えたい、と。
「これより、『精霊の儀』を始める」
地面に片膝を突き、頭を垂れる12人の子供たちの前で老いた魔術師が厳かに語る。
「汝らは可能性を得ると同時に、今日この試練で命を落とすかもしれぬ。それが国の未来を背負うということだ」
そう言いながら魔術師は子供たち一人ひとりの前に向かって歩いていく。
「……立ち去るなら今しかないぞ。死を恐れる者は今すぐこの場を立ち去れ」
そう言われても立ち去る子供は一人もいない。
ここにいる子供達は全員、三日前の選考試合で勝ち抜き、敗者となった子供達から夢を奪ったのだ。
彼らがここにいるのは権利だが、参加するのは同時に義務である。
「よろしい。それではこれより『精霊の儀』を始める!」
ガラードは今、木々に囲まれた山道を歩いている。
ドレッドと共に特訓した場所よりも木々が生い茂り、鬱蒼とした雰囲気だ。
『精霊の儀』に参加する子供たちは、それぞれ12個ある別のルートで山頂を目指す。
この試練は山を登って山頂を目指すのが目的であり、ただ一つの例外を除いてそれを妨害するものが無い。
そのただ一つの例外と言うのが、
「……」
ガラードは鬱蒼とした森林から、少し開けた場所に出た。
そこで待ち構えていたのは、白い体毛の猛獣。
獣化したガラードと同じ獣。
ハクヒョウだ。
ハクヒョウはガラードをじぃっと見つめた後、ゆっくりと立ち上がる。
喉で威嚇音を鳴らした後、大きく口を開けて吠える。
「……ガァアアアアア!」
ガラードが負けじと吠え返すと、その体から白い体毛が伸びてくる。
獣化状態だ。
二匹のハクヒョウはしばらく睨み合った後、同時に飛びかかった。
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「……」
ドレッドは精霊山の森林の中を歩く。
辺りは静寂に包まれていて、ドレッドが踏みしめて歩く草の根以外の音はしない。
だが、ドレッドはその静寂の空間において、刺すような視線をその肌に感じていた。
「出て来いよ」
その場に立ち止まり、拳を鳴らす。
「グルル……」
木の陰から、白い体毛の狼が現れた。
喉を鳴らしながらガラードの周りをゆっくりと歩く。
「私にとっちゃお前なんてただの踏み石にしか過ぎねえ」
そう言ってドレッドは拳を握り締め、身体に力を込める。
彼女の身体から白い体毛が生え、獣化状態となった。
「秒殺してやる」
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「ハァッ……ハァッ」
ガラードは左肩から血を流し、荒い呼吸をしながらハクヒョウの姿を目で追う。
動きを見切って避けたつもりが、ハクヒョウの鋭い爪が左肩を掠ったのだ。
だがハクヒョウも無傷ではない。
ガラードは攻撃を避けるだけでなく、その度にカウンターを与えている。
結果としてハクヒョウの右耳から目にかけて浅くはない傷が走り、その体の毛も所々剥げ堕ちている。
双方体力を大幅に消耗しており、決着が近いというのが明らかだ。
「……いきますよ」
そう言ってガラードは獣化状態の背中から生えた訓練銃をハクヒョウに構える。
人に当たっても痛烈な痛みを与えるだけのゴム弾ではない。
文字通りガラードの生命エネルギーを込めた必殺の一撃だ。
「……」
ハクヒョウは自分に向けられた銃口を睨み付けた後、その足に力を込めた。
最早ハクヒョウの頭に、攻撃を避けるという考えはない。
真正面からガラードに突撃し、その銃弾を食らってでも息の根を止める。
ガラードがハクヒョウを撃ち殺せば、ガラードの勝ち。
ハクヒョウが耐えきればガラードの勝ちだ。
精霊山に一発の銃弾の音が、大きく響き渡った。
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「……」
ドレッドは精霊山の森林の中を歩く。
その服には沢山の血がこびりついている。
だがそれはドレッドのものではない。
彼女が倒した精霊獣のものだ。
ドレッドは宣言通り、目の前に現れた白狼を秒殺した。
そしてその首を噛み切って息の根を止めた後、再び山頂に向けて歩み始める。
彼女の行く手を遮るものは、もう無い。




