特訓だけど説明されたけど挑戦だけど
「私が身武一体……完全変態モードを使いこなせてないってどういうこと?」
「そのまんまの意味だ。お前はその力を持て余してる」
ガラードの物言いに、天上院の言葉は少しキツいものになる。
元々二人の仲は微妙、それどころか悪いの一言。
そんな相手に挑発をされれば、さしもの天上院にも湧き上がるものがある。
「その持て余してる人間に負けたのは誰だっけ?」
「ハッ、好きに言え。だけど聞いときな、お前に損はねえ」
そう言ってドレッドは座禅を解いて立ち上がり、ガラードに手招きする。
困惑した表情のガラードは、それに導かれるままドレッドの下に歩いて行った。
「ガラード、身武一体を使ってくれ」
「え? わ、わかった」
ドレッドに言われるがまま、ガラードは身武一体を行う。
ガラードが銃と共に光に包まれて消えたのち、数秒後再び現れた。
彼女は獣化した状態になっており、その美しく銀色に輝く体毛の先から光が弾ける。
オーラとも言えるようなその光は、天上院の目にも眩しく見えた。
「出来たよ、ドレッド」
「ガラード、お前その状態はどれくらい持つ」
「え? 半日が限界かな……?」
その返答に天上院は驚いた。
天上院の身武一体の制限時間は3分。
だがガラードのそれはそれと比較にならない。
「な、なんで……」
「わかったか、お前は未熟どころか、全く使いこなせてねーんだよ」
ドレッドは天上院に再び顔を向ける。
ガラードに嘘をついているような素振りはない。
つまり真実なのだ。
身武一体を使いこなせば、半日は持つ。
「おい、お前の槍と天馬を呼べ」
「……ペニバーン、ロウター」
ドレッドの気迫に押されるがまま、天上院は二人を呼び出す。
普段通りの、人間ではない本来の姿で現れるペニバーンとロウター。
「何用だ、主」
「ごめん。お願いだから私と一緒に話を聞いて」
(ふむ、了解した)
ペニバーンは天上院が手で持ち、ロウターはその隣に翼を閉じて座る。
「呼んだよ」
「素直で大変よろしいこった。じゃあお前に聞くぜ、ヤコ」
そう言ってドレッドは天上院に問う。
「身武一体って、なんだと思う?」
「……心で融合して、物凄い力を得るもの」
「惜しいな。半分正解だが、もう半分のせいで減点の0点だ」
ドレッドは、ロウターに視線を向ける。
ロウターはその目線を真っすぐに受け止めた。
「なんだ」
「お前は分かるだろ? 身武一体がなんなのか?」
「……身武一体は精神の繋がり。それ以上でもそれ以下でも無い」
「流石だ。満点だぜ」
「ちょ、ちょっと。私も言ったじゃん」
ドレッドの言葉に、天上院は声を挙げる。
「なんだ」
「だから私も言ったじゃん! 心の融合って!」
「あぁ、言ったな。それで物凄い力を得ると」
「正解でしょ? なんで私は0点なの!」
天上院のその言葉に、ドレッドは鼻を鳴らす。
小馬鹿にしたような彼女は、天上院を見下しながら口元を歪める。
「全く分かってねえな。ちゃんと天馬の話を聞いてたのか?」
「聞いてたよ!」
「そうか、じゃあ天馬の言葉をそっくりそのまま言ってみろ」
そう言われて天上院は思い出す。
身武一体の説明をされたのは今回だけではない。
ロウターの説明は覚えている。
「身武一体は精神の繋がり、でしょ」
「あぁ、50点だな」
「え?」
「もう一回思い出せ、その天馬の言ったこと全てを」
天上院は思い出す。
だが言うべきことは全て言ったはず、強いて言うならば
「……それ以上でも、それ以下でもない?」
この、ただ少し付け足したと思われる補足だけ。
「あぁ、大正解だ。そこが身武一体で一番重要な要素だ」
ドレッドは天上院の答えを聞いてニヤリと笑う。
だが天上院にはわからない。
なぜこんな補足が重要なのか。
「お前が身武一体をした時の能力上昇は常人の比じゃねえ。融合するソイツラが強力なのもあるだろうし、なによりお前自身の器がデカいんだろう。そこは私が保証する」
ここで唐突にドレッドは天上院を褒めた。
彼女による初めての友好的なアプローチかもしれない。
「だけどよ、お前は身武一体を行うと身体強化が出来るくらいにしか思ってない。そこがダメなんだ」
ドレッドはガラードに向かって歩いていき、再び身武一体中の彼女に質問をする。
「ガラード、今何考えてる?」
「え? ご、ごめん。ボーっとしてた」
「身武一体を使ってるぞー! とか考えてるか?」
「ううん、全然」
「こういうことだ、わかったかヤコ」
ドレッドは振り返り、再び天上院に顔を向ける。
「……ごめん、イマイチ何を伝えたいのか分からない」
「いいか、ガラードは今、限りなく自然体。〝いつも通り”なんだ」
ドレッドは説明を続ける。
「お前にわかりやすい例えをしてやろう。お前に彼女が出来たとして、付き合う前と態度を変えるか?」
「えっ、そりゃ多少は踏み込んだものにはなると思うけど……」
「そうだ。身武一体はそれと同じ」
つまり付き合う前と態度を変え、いきなり別人のように振る舞いだせば、それはいつかボロが出て長続きしないだろう。
逆に死ぬ瞬間まで寄り添い合うような夫婦は、お互い自然体で相手に向き合っている。
「身武一体は、融合して強くなるなんて単純なもんじゃねえ。お互いに向き合い、その結果として身体強化があるんだ」
なんとなくドレッドの言いたいことは今の説明で天上院に伝わった。
つまりただの変身というわけでなく、天上院とペニバーン、そしてロウターの心を通じ合わせた結果として変身があるといいたいのだろう。
「……つまり、何をすればいいの?」
「まず心を落ち着かせろ、そしてソイツラと向き合え」
理解を示した天上院に、ドレッドは笑いかける。
それは馬鹿にしたようなものではなく、ただ成長を楽しみに見守る者のそれだった。
「んで、身武一体を行え」
「無理だよ。反動で2日は使えないもん」
「いや、必ず出来るはずだ。自然体で向き合い続けろ。そうすれば反動なんていくらでも軽減出来る」
ドレッドの理論を聞きながら、そんな滅茶苦茶なと思いつつ、天上院はペニバーンとロウターの二人を前にして深呼吸を行う。
「よし、いくよ」
(あぁ、来い)
「私たちの心を感じるのだ、主」
1人と1本と1匹は、集中するように目を瞑った。
目を瞑った天上院は、聴覚と触覚が普段よりも鋭敏になるのを感じる。
二人をより深く感じる為、天上院はペニバーンをぎゅっと握り締め、ロウターに背を預ける。
聞こえるロウターの息遣い、ペニバーンの持ち手から伝わるほのかな温かさ。
「……わからない」
「諦めるな、いきなり出来るようになるのは誰だって不可能。心を落ち着かせるのが先、二人を感じるのはその後だ」
天上院は、ドレッドの言葉に従って座禅を組んでみる。
ただ座禅など組んだことが無かったため、限りなく胡坐に近いものだが。
まぁこういうのは気分が大事だろうと背筋を伸ばして瞑想する。
二人を感じるより先に、自分の心を落ち着かせるのを優先。
すると無機物であるはずのペニバーンから、鼓動が聞こえたような気がした。
「二人とも、お願い」
天上院がそう言うとペニバーンとロウターの体が輝き、天上院を光が包む。
全身を温かい光が包むのを感じた天上院は、ゆっくりと目を開いた。
そこは最早見慣れた光景、ペニバーンの精神世界だ。
「成功したね」
「見事だ、主殿」
「しかしこれからがある意味本番。身武一体を維持せねばならぬ」
そう言ってペニバーンとロウターは二人で天上院の手を取り、その肩に顔を乗せる。
「まぁしかし」
「今は楽しもうか?」
天上院の両腕にそれぞれがピタリとくっつき、蠱惑的に微笑む。
せっかく落ち着けた心が暴れそうなほどドキドキする天上院である。
「前回でやり方はそこそこ分かったからな」
そう言ってロウターが天上院の顎を取り、自らに顔を向けさせる。
前回はロウターが主導で天上院を攻めたが、今回はロウターが主導権を握るようだ。
「ふふ、困ったら私にパスしてもいいのだぞ?」
「抜かせ」
そう言ってロウターは天上院に軽いキスをしようと試みる。
だがいまいち力加減が上手くいかないのか、いつも天上院からされる時ほど気持ちよくない。
ロウターにもそれが分かるようで、少し焦ったような顔をしている。
それを微笑ましい思いで見る天上院とペニバーン。
自分達にもこんな時があったなぁとばかりの笑顔だ。
「くっ、馬鹿にして……!」
ロウターは必死にフレンチキスを成功させようと励むが、なかなかどうして上手くいかない。
「あはは」
天上院は笑ってロウターの顔をその手で包む。
「こうやるんだよ」
そう言ってロウターの唇と自らの唇をそっと食むように重ねた。
「……むぅ」
「一生懸命に頑張ってくれる子のキスも、私は大好きだよ」
その後ペニバーンも加わり、三人がお互いの気分を高めあったころ、再び体が光りだした。




