無事だけど誘われたけどやる気でないんだけど
「姉貴!」
戦いが終わったと見て、クランが訓練所に飛び込んでくる。
ドレッドにすさまじい速さで飛びつくと、その胸に思いっ切り顔を埋めた。
いや違う、脈を図り始めた。
「……よかった、ただの緊急睡眠状態っすね」
獣人は本気モード、つまり獣化中に生命的に危険なダメージを体に負うと、獣化状態が解除される代わりに無傷で本来の姿に戻る。
ただし戻った直後はその反動でクランが口にしたように、緊急睡眠状態となる。
なので実際に殺し合いが勃発し、ダメージが蓄積して獣人の獣化が解けた場合に緊急睡眠状態になってしまうと無防備な姿を敵に晒すことになる。
無傷でラッキーとはいかないのだ。
ただし獣人が自らの意思で獣化を解いた場合、ダメージは相応のものを食らうが緊急睡眠状態にはならない。
以上が獣人の獣化モードにおいての特徴である。
「このクソ人間! 姉貴の仇で殺してやるっす!」
そう言ってクランは天上院に振り返り、訓練所の地面に膝を突いている天上院の額に向けて銃を構える。
「一度ならず二度までも! 死ね!」
「……いいわー」
激しい憎悪の目で睨み付けるクランに、銃を向けられた天上院はポツリと呟いた。
その声はとても低く、どこか疲れているように聞こえた。
「そういうのマジでいいわー、そもそもそっちがヤろうって言ったんじゃん? それで後から文句付けられるとかマジ萎えるわー、はぁ……チッ」
「え?」
そう言って天上院は訓練所にゴロンと大の字になって転がった。
大きなため息をクランに向けてこれ見よがしについた後、軽い舌打ちをする。
銃を突き付けられ、命が危ないにも関わらず全く物おじしない天上院の行動に、困惑するクラン。
「成程、三人で身武一体をした場合はこうなるのか……」
天上院の様子を見て、変身が解除されたことにより現れたロウターが言う。
二人の場合は賢者モード、三人の場合は差し詰め事後モードとでも言ったところか。
しかも態度がかなり悪いやつである。
今にも煙草を懐から取り出して吸い出しそうな雰囲気だ。
「あー、マジ疲れた。喉乾いたんだけど、水でも持ってきてくんね? なに、その程度の気も利かないの?」
「ご、ごめんなさいっす。すぐに持ってきます!」
険悪過ぎる天上院の雰囲気に怒気を削がれたクランが、水を取りに走ろうとする。
しかしそんな天上院に、ペットボトルを差し出す者がいた。
「はい、お水じゃなくてスポーツドリンクだけど、これでもいい?」
「さんきゅー、貰うわ」
ガラードは天上院に清涼飲料水を差し出す。
何気にこの世界で初めて見るペットボトルである。
「ガ、ガラードさん! その人は姉貴の仇っすよ!」
「うん、だからこの人を私達が殺したら、ドレッドは怒ると思うんだ」
ガラードは我に返って気を取り直したクランに向けて語り掛ける。
「な、なんで……」
「ドレッドはこの人にリベンジする為に挑んだんでしょ? で、また負けちゃった」
ペットボトルを傾けてゴクゴクと品性のカケラもなく飲み干す天上院を、ガラードはチラリと横目で見る。
「だったら、ドレッドはきっとまたリベンジしようと思うはず。それを私達が邪魔しちゃだめだよ」
ガラードは天上院から緊急睡眠状態のドレッドに目線を移す。
その寝顔は眉間に皺が寄っており、うなされているように、またとても悔しがっているようにも見えた。
「私がこの人の様子を見るから、クランちゃんはドレッドを医務室に運んであげて」
「わ、わかったっす!」
ガラードはそんなドレッドに微笑むと、クランに命じる。
「我、特にいなくても問題なかったのではないか?」
ロウターが、そんな二人の様子を見てポツリと呟いた。
「ねぇ」
クランが緊急睡眠状態のドレッドを運んだ後の訓練所内。
ガラードが天上院とロウターに話しかけてきた。
「あー?」
「なんだ?」
ガラードに対して、反動が抜けない天上院は大の字で寝っ転がったままに、気だるげに返す。
ロウターはそんな天上院をフォローすべく、ガラードに向き合った。
「私とデートしてくれない?」
ガラードの口から出た言葉を、ロウターはどういう意図があるのかと思考する。
そのままに受け取れば、ドレッドがいなくなり本来一緒に訓練をするはずだったガラードが暇になり、残った天上院達と遊ぼうというお誘いだ。
だが、目の前の少女がそんな単純な理由でお誘いをしたとロウターはとても思えない。
とりあえず適当な理由を付けて断ることにした。
「あー、今主は御覧の通りデートなどする気が無くてな」
「身武一体の反動でしょ?」
天上院の態度と機嫌が悪いのを理由に断ろうとするロウターを、ガラードが制す。
「知っているのか?」
「うん、私も使えるし」
事も無げにガラードはそう答える。
その口振りには、特に珍しくないといったニュアンスが含まれていた。
「ほう、お主も心を通じ合わせた存在があるのだな」
「うん。私はこの〝清銃ディラン″なんだけど、この国には結構ソレ使える人多いよ~」
「なんと、選ばれた戦士の国なのだな」
「エンジュランドのガンマン……獣人の最高地位である永刻王を目指す人の事だけど、ガンマン達は、ほぼ全員が精霊から〝運命の銃″を賜るの」
彼女の場合は、その精霊から賜った銃がディランだったということだ。
成程、精霊という超次元的な存在から賜るほどの運命の銃であれば、身武一体も出来なくないだろう。
「ぬ、ならばあのドレッドとかいう女が戦闘中に使った銃も精霊に賜ったモノか?」
ロウターの言うドレッドが使った銃とは、彼女が始めて天上院と戦った時に牽制として使ったり、獣化モードになった時に背中から生えてきたアレである。
「……ううん、違うよ」
「ほう、ならあの女はまだ全力を出していなかったのか」
「ううん、それも違う。さっきの戦いが、間違いなくドレッドの本気」
「ぬ? この国のガンマンは皆、運命の銃とやらを持っているのでは無かったのか?」
「あのね」
そこで一旦ガラードは口ごもる。
言うべきか言わぬべきか、迷ったような素振りを見せた後、ゆっくりとその口を開く。
「ドレッドは、このエンジュランドのガンマンで唯一、精霊から運命の銃を与えられなかったの」
この国で永刻王を目指す者、つまりガンマンならば全て手に入るというその〝運命の銃″を、ドレッドは手に入れられなかった。
その疑問に、ロウターがガラードへ質問を投げかける。
「あの女は何か精霊の意思に歯向かうことをしたのか?」
「ううん、そんなことない。儀式の時だって、ドレッドは何もミスをしなかった」
「そうか……」
ガラードの返事を聞き、ロウターは理由を考える。
しかし暫く考えたのち、この国に来て1日にも満たない自分が考えて分かる問題では無いと断じ、再びガラードに質問をした。
「まぁ、ドレッドのことはいい。何故貴様は我が主とデートをしたいなどと言い出したのだ?」
そう、ロウターにとってドレッドの存在などはどうでもいい。
今は自分の主である天上院に関係があることをチェックする。
それがロウターの今行うべき使命なのだ。
「それは単純に私が人間さんとお友達になりたいと思ったからだよ」
「ほう、何故だ?」
「まずはその強さ。身武一体は使えないけど、ドレッドはこの国でトップクラスに強い。彼女をバカにする人は多いけど、私は彼女に勝てる人なんてこの国に片手で数えられるほどいないと思ってる。そんな人と友達になって、一緒に修行できれば私はもっと強くなれる」
「ふむ」
「そしてもう一つは、単純な物珍しさかな。私エンジュランドから出たことないから、獣人以外の種族を見たことないんだ」
ロウターはガラードの目を見てその真偽を探ったが、その目に嘘をついているような色は見られない。
理由も、前半の理由は戦闘狂臭いとは思うがまぁ二つとも合点がいくものだ。
「貴様と我が主が仲良くするメリットはなんだ」
「あまり友達関係でメリットデメリットなんて言ってほしくないけど……そうだね、私こう見えて結構いいトコのお嬢様だから、私の友人ってことにすれば人間に差別的なこの国でも多少は動きやすいと思うよ?」
ガラードの口から出たその言葉は、確かに今の天上院にとって必要な要素であった。
ドレッドと共に歩いていたからこそエンジュランドの入国時からここまで何も突っ込まれることが無かったが、本来天上院はこの国で国王に銃を向けられるほどの存在。
身分の高い者にその立場を保証をしてもらう必要がある。
「信じてもいいんだな?」
「どちらにせよ貴女達に信じる以外の選択肢はないでしょ?」
「ぐっ……」
そうなのだ。
確かにロウターが今すぐに天上院を担いでこの国を抜け出せば逃げられる可能性はあるが、恐らくこのガラードという少女はドレッドよりも強い。
反動で行動に制限のある天上院とロウター程度、この少女の気分次第で殺されてもおかしくない。
ある種の脅迫だ。
「……わかった、信じよう」
「大丈夫だよ。私、嘘は嫌いだもん」
そう言ってガラードは訓練所の扉を開ける。
「おいで。汗かいたでしょ? お風呂でも入りに行こ」




