お久しぶりだけど殺されそうだけど逃げるけど
天上院は清宮の手を振りほどき、大きく距離を取る。
「姫子ちゃん、前世ぶりだね」
「ずっとお会いしたかったです、天上院様」
清宮はそう言って岩徹しを召喚し、それを左手で持って天上院に向かって構える。
それを見た天上院はペニバーンを召喚して清宮に向かって構えた。
「ふふっ、少し私が目を離した隙にまた浮気をなさったのですね?」
「全員本気なんだ、許してよマイハニー」
「嫌ですわ、私はもう我慢できませんの……私だけを見てください、天上院様」
「ふふっ、皆見てるよ、姫子ちゃん」
天上院の言う通り、ここは港町ヘイヴァ―のど真ん中なのである。
突然武器を召喚した二人に、周囲の注目が集まった。
「いいのです、天上院様を殺したら私も追いかけますから」
「本当に追いかけてきちゃった子の言葉は説得力が違うね」
清宮は天上院の真正面から斬りかかる。
天上院はペニバーンのリーチを活かして、清宮の小太刀である岩徹しを上に弾く。
「ふふっ」
しかしその瞬間清宮はニヤリと笑い、岩徹しを持っていない右手を天上院に向ける。
「ッ!」
嫌な予感がした天上院はすぐさまペニバーンを引く。
「出でよ、グレイプニル」
清宮の右手が鎖に変化し、天上院に向かって勢い良く伸びる。
「ッ! 〝ヨリソイ”」
鎖を防ごうと天上院は究極性技 真四十八手の〝ヨリソイ”を使う。
青いベールが天上院を包み込み、鎖を弾いた。
「ふふふっ! 究極性技 〝裏”四十八手 其ノ一」
清宮は鎖を消して右手で天上院が展開した青いベールに触れる。
「〝アジロ”」
〝アジロ”
裏四十八手の極意は追い詰めること也。
好機と見て攻め込む相手を絡め取る返しの技。
気付いた時にはもう遅い、捕らえた魚は網の中。
「うわっ!」
ベールは砕け散り、天上院は清宮に肉薄されてしまった。
慌てて後退する天上院だが、最早遅い。
「逃がしませんわよ。究極性技 裏四十八手 其ノ二」
清宮は逃れようとする天上院の腹部に勢いよく飛びついて、天上院の体勢を崩す。
立っていられなくなった天上院はそのまま尻餅をついてしまった。
「〝アゲハ”」
〝アゲハ”
裏四十八手の極意は追い詰めること也。
体制を崩した相手に馬乗りになり、その体に必殺の一撃を叩きこむ。
獲物を構えて喉笛に振り下ろすその姿は、花から蜜を啜る蝶の如し。
「やっばい」
天上院は完全にマウントを取られている。
腕も足に挟まれて拘束されているので、最早動くことが叶わない。
振り下ろされる清宮の岩徹しが、天上院の目にはゆっくりと見えた。
避けることなど出来ない。
迫りくる凶刃を受け入れるため、天上院はその眼を閉じた。
「退けえええええええええええええ!」
「!? キャアッ!」
岩徹しが天上院の喉に到達せんとした瞬間、天上院の上で馬乗りになっていた清宮が、横から飛び出した何かに吹き飛ばされた。
その何かは天上院の体で躓き、盛大にすっ転ぶ。
「痛えなオイ……!」
予期せず天上院の命を救った者。
その人物は昼時から真っ黒な服で全身を包んでいた。
「ドレッド姉貴ーーー! 大丈夫ですかーーー!」
ドレッドと呼ばれた黒服の女に向かって、小さな背丈の女の子が駆け寄る。
「治安委員がもうすぐそこまで来てます!」
「チッ、この獣化不能の腕輪さえぶっ壊れりゃあんな奴らラクショーで撒けるってのによ……ぉ?」
黒服の女は自分の左手にぶら下がる手錠を忌々しそうに見る。
しかしそこである違和感に気付いた。
手錠が付けられていない右手側、それが別の場所に繋がっていたのだ。
「は?」
「えぇ……」
何を隠そう、天上院の右手である。
そして何を隠そう、この黒服の女は天上院がフィストと共に捕まえた誘拐犯である。
「あーーー! 手前は!」
ドレッドが天上院の顔を見て大声を上げる。
「お久しぶりです、変なお姉さんです」
「うるせえ変態!」
「姉貴、治安委員が!」
「なにっ!? クソッ」
ドレッドは治安委員から逃れるために立ち上がり、走り去ろうとする。
しかし手錠で天上院と繋がってしまっている為、上手く動くことが出来なかった。
「邪魔だよこの野郎!」
「流石に理不尽だと思う」
それに命を救われたのは確かだが、ぶつかってきたのはドレッドの方からである。
しかも手錠で繋がってしまうという展開は最早想像だにしていなかった。
「クソッ、立て! こうなりゃお前も一緒に逃げるぞ!」
「嫌。私はここで君を引き留めて治安委員に突き出します」
「この野郎ォオオオオオオオオオ!」
天上院は地面にしっかりと体重を預け、幼女誘拐犯ドレッドを抑える。
「クソッ、このままじゃ!」
「姉貴!」
「服の色も合わさって、その逃げ足の速さはゴキブリにしか見えませんよ、脱走犯さん」
三人が騒いでいると、遂に治安委員がやって来た。
「あっ、お巡りさーん!」
天上院はドレッドを突き出すため、やって来た治安委員に顔を向ける。
しかし、振り返った天上院の顔は凍り付いた。
「それと……人のキャリアを踏み荒らすゴミムシの一般人さん。お久しぶりです」
ドレッドを追ってやって来た治安委員。
それは天上院とフィストを危機に追いやったアイディール・ロウだった。
一瞬焦る天上院だったが、今の自分は指名手配犯では無いことを思い出す。
その割にはアイディールの言葉が刺々しいものだったが、天上院は気にしないことにした。
「アイディールさんじゃないですか! 久しぶりですね!」
「えぇ、お久しぶりですゴミムシさん」
「脱走者を捕まえておきましたよ! 逮捕してください!」
「ふふっ」
ドレッドを突き出そうとする天上院に、アイディールが微笑む。
「本当に捕まえておいてくれたんですかぁ?」
「え」
そしてニヤァと笑うと、天秤を構えた。
「脱走の手助けをしてたんじゃないんですかぁ?」
「そんなわけないでしょう!?」
「ふふっ、どうでしょうねぇ、これは職務質問の必要がありますね」
アイディールは構えた天秤からビームを発射してきた。
「うわっ!」
「手前アイツに何したんだよ!」
「半裸になった彼女を全裸でぶっ飛ばした」
「お前もアイツも何やってんの!?」
アイディールの攻撃は止まらない。
確実に天上院を巻き込んで攻撃を当てる気でいる。
「どうにか誘拐犯だけ突き出せれば……!」
「この状況でまだそんなこと言ってんの!? どう見てもあのアマ正気じゃねえぞ!」
「でもここで逃げたらアイツの望み通りになっちゃうし……」
「うるせえ早く逃げるぞ!」
ドレッドに力強く引かれ、天上院は体勢を崩した。
そんな天上院の前を一迅の風が吹く。
「逃がしませんわよ、天上院様」
清宮の岩徹しである。
もし今体勢を崩していなかったら間違いなく天上院の首と胴体は永遠の別れを告げていただろう。
「……よし、逃げよう」
「追手が増えたぞオイ……」
「私が精一杯助力します、姉貴!」
こうしてドレッドとその部下、そして天上院による脱走劇が始まった。
「あぶないですよー、一般人の方は避けてくださ死ねぇえええええええ!」
「天上院様、逃がしませんわよ!」
相も分からず天上院達を追ってくるアイディールと清宮。
アイディールに至ってはもう殺意を隠そうともしなくなったので天上院ぶっ殺すウーマンは二人である。
「なぁ、私達コイツ突き出せば逃げられるんじぇねえか?」
「私もそう思い始めてきたトコっす、姉貴」
「HAHAHAそんなわけないだろう、共に力を合わせて逃げようじゃないか!」
ボソボソと内緒話をする二人に危機感を覚えた天上院。
黒服女ことドレッドは捕まっても牢屋にぶち込まれるだけで終わりだろうが、天上院はほぼ確実に処刑だ。
捕まったらアウトである。
「精々この手錠さえどうにか出来れば……! どうにか出来ないの!?」
「ソイツ銃で撃っても全く壊れやしねえのさ、科学力万歳だねぇ」
「なんでも科学とか魔術って言えば許されると思うなよぉおおおおお!」
天上院は自らの右手を忌々しげに見る。
「じゃあ私達ずっとこのままなの!?」
「ぶっ壊してくれそうな奴に心当たりがある! とりあえずヘイヴァーの港まで逃げるぞ!」
「もう少しです、姉貴!」
そう言って三人は船が停泊する港までアイディールと清宮の攻撃を避けながら逃げ続けた。
アイディールが天秤による攻撃をすれば究極性技で天上院が防ぎ、清宮が刀を振るえばドレッドがその身体能力で見切る。
二人はお互いの長所を活かし、まるで熟練のパートナーのように追手から逃れた。
ドレッドの部下も随所に煙玉を撒くなどして妨害をする。
最も煙玉に関しては、送られてくる情報の解析により二人の居場所がわかるアイディールと天上院弥子センサーがある清宮にとって大きな支障は無かったが。
そして遂に目的の海が見えてきた。
しかし辺りに使えそうな船はどこにもない。
これでは寧ろ逃げ場を失って追い詰められただけだ。
「どうすんの!?」
「慌てんな! これがある!」
そう言ってドレッドは海に向かって何かを投げる。
数秒後にそれが海水を吸ってドンドン大きくなり、巨大な船に変化した。
「うわっ、何これすごい」
「インスタントシップだよ! そんなことも知らねえのか、早く乗れ!」
天上院はドレッドと共にインスタントシップに乗り込む。
船の床は何かブニブニと柔らかい材質で出来ていた。
「出発します!」
「いけっ! エンジュランドに急げ!」
ドレッドの部下の掛け声と共に、船は動き出す。
その柔らかい材質からはおよそ想像のつかない速度で船は走り出した。
さながら水上ジェットのようだ。
もう既に遠いヘイヴァーの港に、漸く辿り着いたアイディールと清宮の姿が見えた。
逃走劇は成功したのだ。




