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女だけど女の子にモテ過ぎて死んだけど、まだ女の子を抱き足りないの!  作者: ガンホリ・ディルドー
第三章 獣人のドレッド
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前世ぶりです天上院様

「ん……」

「あ、起きた」


 清宮が目覚めると、柔らかいベッドの上だった。

 ここはビッケのバーの二階で、彼女の寝室である。


「ヤコといいヒメコといい、転移者って気絶してばっかりね」


 そう言いながらフィストは清宮の頭を撫でた。


「……暴走していた時の記憶はあります。大変ご迷惑をおかけしました」

「ふふっ、いいのよ」


 起き上がった清宮の謝罪を、フィストは笑って受け止めた。


「落ち着いたところで、ヒメコちゃんのことをもっと教えてくれない?」

「はい、わかりました」


 清宮はフィストに説明した。

 自分は前世から天上院を好きだったこと。

 そして天上院を殺し、彼女を追いかけてこの世界までやって来たこと。


「ふぃすと様が天上院様とお付き合いをしていると聞き、私は暴走してしまったのです」

「……そっか、そりゃそうだよね」


 フィストは清宮の話を聞き、目を閉じて頷く。


「でも、一つおかしなところがあるのです」

「ん? 何が?」

「私は浮気をした天上院様を恨むことはあっても、惚れた女性に対しては何も思わないのです」

「え? じゃあなんで私を襲ってきたの?」

「そこなのです。自分でも何故私がふぃすと様を襲ったのかがわからないのです」

「それは……ヤバいね」

 

 フィストはそう言いながら正気を失っていた時の清宮を思い出す。

 その状態を解除したビッケの言葉。

 清宮の体をコントロールしている何かがいる。

 彼女はそう言っていた。


「ヒメコちゃんは、どうしたいの?」


 フィストは清宮に問うた。

 結局のところそれが一番大切なのだ。


「私が、どうしたいか……」

「そう。ヒメコちゃんはヤコに会うためにこの世界に来たんでしょ?」

「はい」

「会ってどうしたいの? また、ヤコを殺すの?」


 フィストは再び清宮に問うた。

 それはフィストにとって重要な問題だ。

 清宮が天上院と会って彼女を殺すのなら、フィストは清宮を何としてでも止めなければならない。


「私は……」


 その質問に、清宮は返答を迷った。

 思えば彼女は勢いで異世界に転移してきた。

 天上院にもう一度会いたい。

 その思いだけで異世界まで来たのだ。

 だから今、フィストに天上院と会って『何をしたいのか』と問われ、清宮は迷っているのだ。


「あっ、起きたみたいねヒメコちゃん」


 清宮が迷っていると、部屋にビッケが入ってきた。

 

「あぁ、ビッケか」

「ヒメコちゃんの調子はどう?」

「まずまず……かな。じゃあ、私はもう行くよ」

「うん、後は私に任せて」


 そう言うとフィストは立ち上がり、部屋の扉に手を掛ける。


「ヒメコちゃん、君がこの世界に何をしに来たのか。私は知らない」


 そして一瞬清宮へ振り向き、強く睨み付けた。


「だけど君がヤコに危害を加えたなら、今度は私が世界を超えて君を殺しに行くよ」





「あの方は、どちらに行かれたのですか?」

「実家帰りよ、しばらく帰ってこないでしょうね。さて、ヒメコちゃん」

「なんでしょう、びっけ様」


 フィストが出て行った部屋で、仕切りなおすようにビッケが清宮に話題を振る。


「いくつか確認したいことがあるわ、はい、か、いいえ、で答えて頂戴」

「はい」

「ヒメコちゃんはヤコちゃんを探してる」

「はい」

「だけどお腹が空いてる」

「はい」

「だけど金無し」

「はい」

「この世界のお金が欲しい?」

「はい」

「よし、働きましょう」


 そう言ってビッケは何かのチラシを取り出した。


「なんですか? それは」

「たった一時間我慢するだけで大金を手に入れられるお仕事よ」

「勘弁願います」


 清宮はお嬢様であるが世間知らずでは無い。

 楽して稼げる、そんなモノには全て相応のデメリットやリスクがあるのだ。

 目の前の女性が持つピンク色のチラシなど怪しすぎる。


「まぁ冗談よ。本題は、ウチのお店に格安で止めてあげるから、情報局で旅の支度金を整えなさい」

「情報局?」

「あぁ、情報局っていうのはね……」


 ビッケは清宮に情報局の存在を伝えた。

 実際この世界において情報局は、ある程度腕っぷしが立つ者ならば短期間で多くのお金を稼ぐことが出来るのだ。

 各地で発生した魔獣の討伐などがその筆頭である。

 一般人には少々荷が重いし、中央王都の治安委員も世界中となると手が回らない。

 なので地方自治として情報局の存在があるのだ。


「ヒメコちゃん、ある程度は強いんでしょ? 最初は私も一緒に戦ってあげるから、それでお金を稼ぎなさい」

「その……何故ですか?」

「なにが?」

「びっけ様に何の利があって、私をこうして助けて下さるのですか?」

「私のバーって稼ぎ時が夜だから、昼は閉めて情報局で依頼をこなしてるのよ。それをヒメコちゃんに少しの間してもらうだけ」


 本来ビッケは土地代や材料費などの支払いで依頼をこなしていた。

 それをある程度清宮に滞在費という形で、代わりに支払ってもらえるのならば十分ビッケにも利がある。


「だから、清宮ちゃんが依頼をバリバリこなしてくれると私も助かるのよ」

「なるほど、わかりました……ありがとうございます」


 それから清宮はビッケの下で情報局の依頼をこなし、天上院に会うためのお金を稼いだ。

 戦闘能力の向上がてら、魔獣の討伐や犯罪者の取り押さえなどを行うのが主として清宮はひたすらお金を貯めた。

 そして滞在して数日後、情報局でのお金の稼ぎ方のノウハウを覚え、ある程度の支度金を手に入れた清宮は、ビッケの下から去ることになった。





「短い間ではございましたが、私のような者を本当に良く扱ってくださり、感謝します」

「いいのよ、また困ったらウチに来なさい」


 ケルベロスを召喚した清宮は、最後の別れの挨拶をビッケに行う。

 深々と礼をした彼女に、ビッケは微笑みを浮かべた。

 その後、ゆっくりと清宮に近付き、その頭に布を巻いた。


「これは……」

「眼帯よ、布だけどね」


 それは沢山の小さなピンク色の花が咲いた絵の布。

 とても可愛らしいデザインのソレは、清宮の鬼火を優しく包み込んだ。


「何から何まで、本当にありがとうございました」

「えぇ……気を付けて」

「では、失礼します」


 旅立つ清宮へ、ビッケの口から出た言葉。

 何に対して気を付けるのか。

 病か、それとも事故か。

 そんなものではない。

 ケルベロスの背に乗って駆けてゆく清宮の後ろ姿を見て、ビッケはボソリと呟く。


「どうかヤコちゃんの前で、ヒメコちゃんが暴走しませんように」



◇◆◇


「あぁ、やっと天上院様と会える……!」


 清宮は天上院弥子感知センサーの導きを頼りに、ケルベロスに乗って大地を駆けていた。

 広大な森を抜けると、煌く青い海が広がる海岸が見えてきた。


「あぁ、やっと天上院様と会える……!」


 もう清宮にとって言うことはそれしか無い。

 自身の手によって切り殺した想い人。

 瞼を閉じれば思い出す美しい思い出。

 きっと彼女は自分の顔なんて見たくはないだろう。

 それは分かっている。

 まず、会ったら自分の行いを謝罪しよう。

 謝って済む問題ではない。

 でも私にはその義務がある。

 彼女を殺めた自分には、彼女へこの身を捧げて尽くさねばならない。

 それがフィストの問いに対する、清宮自身の答えだった。


「あぁ、やっと天上院様に会える……!」


 町が見えてきた。天上院の反応は近い。

 清宮は町の近くの物陰でケルベロスを消し、天上院のいる場所へ歩いてゆく。

 その歩き方はどこか浮ついているが、会って全力の拒否をされたらどうしようと思うと足が止まる。

 そんなぎこちない歩き方をしながら、それでもゆっくりと天上院の向かうほうへ歩いて行った。

 天上院の反応がかなりの速さで近くなってきた、何か乗り物にでも乗っているのだろうか。

 もう天上院との距離はとても近い。

 清宮はゆっくりと歩いていく、彼女の想い人に向かって。


(アハハ。自分の行いを悔い改め、改心した女の子)


 清宮の頭に、悪魔の声が響いた。


「えぇ、私は生まれ変わったのです。新しい自分を天上院様にお見せするのです」

(アハハ。それはそれは)


 悪魔は笑う。

 しかしその笑いからは全く愉快さを感じない。

 むしろ不快さを隠すような、そんな笑い方だった。


「……なにがおかしいのです」

(アハハ。だってそんなの)


 悪魔は笑う、今度はとても愉快そうに、心から。


(面白くないじゃん)


 悪魔のその言葉を聞いた瞬間、清宮の体は動かなくなった。

 数秒その場で立ち尽くした後、清宮は動き出す。

 彼女の思いと関係なく。


(え?)

「ふーん、この先に天上院弥子がいるんだね」

(か、体が勝手に!)

「普通の女の子なんてツマラナイ。狂った女の子はオモシロイ」

(やめてください! 何をする気ですか!)


 清宮の叫びは誰にも届かない。

 彼女の心・・・・の叫びを聞いて、彼女・・は嗤う。


「さぁ、タノシイことを始めよう」



 清宮の前に、彼女が誰よりも愛する人が近付いてくる。

 天上院弥子は、笑顔で清宮に声を掛けてきた。


「ヘーイ! 君可愛いね。少し私とお茶しない?」


 そんな天上院の手を、清宮の手は握り締める。

 彼女の手のぬくもりを、清宮は感じることが出来なかった。

 彼女の香りを、清宮は感じることが出来なかった。


「えっ、メッチャ乗り気じゃん」


 彼女の声、いつでも暖かい太陽のような声は、今の清宮には届かなかった。

 清宮は動けなかった。

 縛り付けられたように、握り締めるその手を離すことが出来なかった。


「ふふっ、少し……ですか?」

(やめて、そんなこと)


 彼女の目が、清宮の顔を捉える。

 その夜空のような黒い瞳に、自分の顔が映った。

 邪悪に嗤う悪魔の顔が。


「ふふっ、お茶……」

(そんなこと、私は望んでない!)


 自分の顔を見ていた最愛の人の笑顔が、一瞬にして恐怖に変わる。

 それでも清宮はその手を離さない。

 その手を離せない。


「永遠に、私と添い遂げましょう。天上院様」


 その言葉は、清宮の願い。

 その願いは、悪魔の言葉。 

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