世界に生きる人達
「トレボールから弾道ミサイルが発射されました!」
「予測される着弾点からは中央王都含む多くの被害が予想されます、フリジディ王女様!」
「あー、もう煩いわね。朝っぱらからミサイルなんて撃ってくるんじゃないわよ」
フリジディ王女が騒ぐ臣下達を睨んだ後、王宮のテラスへ出る。
「現在ミサイルは中央大陸のハンズ地方上空を通過し、中央王都に接近しております」
「はいはい」
気に入った女性を自分のコレクションとして監禁する。
道徳に反した彼女の横暴が許されている理由。
それはこの中央王都において絶対的な権力を持つ王族だからというだけでなく、彼女自身がこの中央王都の防衛の絶対的な要であるからに他ならない。
「んー、ここね」
彼女は目を閉じて意識を集中させる。
フリジディの頭には現在中央大陸において中央王都が占有している領土全てに張り巡らされた結界からの観測情報が入ってきている。
天上院がフィストと共に逃げた時に防衛局が居場所を突き止めたのもこの結界の力によるものだ。
観測情報はフリジディにミサイルの正確な速度、移動方向と位置を示す。
「防ぎなさい。イージス」
フリジディ王女はイージスの盾を召喚し、空に掲げる。
するとフリジディ王女のいる王宮よりもはるか遠くに離れたミサイルの周囲に巨大な正方形の盾が6枚展開され、ミサイルがその一枚に向かってぶつり、大爆発が巻き起こる。
その砕け散った破片と爆発が決して外に漏れぬように盾は隙間なく展開され、ミサイルを完全に遮断する。
「吸収して消えて」
ミサイルの爆発による振動が完全に収まった後、フリジディがそう言うと展開された巨大な盾はその姿を消す。
すると煙も破片も何もかもが消え失せており、そこにはただ青空だけが広がっていた。
ここでミサイルが爆発したなどとはとても思えないような光景だった。
「前回よりは威力が上がってるわね」
そう呟いたフリジディはイージスの盾を消した後、手を払って再び王宮の中へ戻る。
「王女様、どちらへ」
「仕事はしたでしょ。食べて遊んで寝るわよ」
「畏まりました。食事のご用意は既に出来ております」
「そう」
王女の一日はこうして過ぎてゆく。
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「クソッ、バレた! 逃げろ!」
「奴らが来るぞ!」
中央王都の薄暗い路地裏にて、ラフな格好をした男二人が走る。
「乗れ!」
男達はバイクに飛び乗り、アクセルを全開にして必死に逃げていたく
「絶対に逃げ延びてやる!」
「麻薬取引の容疑者を発見、現在対象くD-11地区にて逃走を開始。直ちに追跡します」
彼らの背中に機械的にも聞こえる声が響く。
「また行き止まりだと!?」
「容疑者が通ると予測されるルートの閉鎖が完了しました」
逃げる男達の行く先全てに鉄の壁が立ちふさがる。
「畜生……!」
「こちら治安委員、こちら治安委員。速やかに両手を上にあげて投降しなさい」
男達はその声に抵抗などしない。
中央王都において絶望を表すその言葉を、彼らは静かに受け入れた。
「「お疲れ様でした、アイディール様」」
容疑者を捕まえ、治安委員の本署への連行を済ませた治安委員二人が自らの上司に挨拶をする。
「貴女達もお疲れ様」
挨拶をされた彼女らの上司は、彼女らの背丈よりもずっと小さい。
見た目はまだうら若き少女だが、この人物こそ中央都市の治安を守る治安委員、そのトップに立つ裁断者アイディール・ロウである。
「先日の王都祭事件に関しまして王宮よりフリジディ王女様から直々に書状を受け取っておりますので、目をお通しください」
「あのクソ王女……」
「何か申されましたでしょうか、アイディール様」
「いえ、なんでもないです。見せてくださいな」
そう言ってアイディールは部下から書状を受け取り、それに目を通す。
「ふむ、王命の失敗という結果を不問とする、ですか」
「良かったですね、アイディール様!」
「アイディール様が裁断者を続けることが出来るということに対し心からのお喜びを申し上げます!」
アイディールの前でその書状の内容に喜ぶ部下二人。
「えぇ、そうね。ありがとう」
しかしアイディールは彼女らに見えぬよう、後ろ手でその書状を握りつぶす。
その書状には、
先日の事件に関しては貴殿の対象者を捕まえずにあえて逃がし、その人物の正当性を審議する時間を稼ぐという類稀なる発想により冤罪による逮捕という結末を逃れることに成功した。その功績を称えて王命の失敗という結果を不問とする。
という皮肉を通り越してストレートな嫌味が書いてあったのだ。
「本当にムカつくクソ王女ね!」
やることがある、と言って部下と別れて執務室に移動したアイディールは、その書状をビリビリに破いた後にゴミ箱へ叩き込んだ。
「いつか見てなさいよ。クソ王女も、あの女も!」
彼女の頭には今二人の人物が思い浮かんでいる。
一人はフリジディ王女。
そしてもう一人は、彼女の捕縛から初めて逃れた女だった。
執務室で叫ぶ彼女だったが、その時扉がノックされた。
「アイディール様、緊急報告です」
「入りなさい」
ノックした人物に入室を許可するアイディール。
「ただいまカメロ地域より護送していた誘拐グループの一員が治安委員に暴行を加えたのち、逃走をしました。逃走中の犯人は現在追尾中です。上空映像をご覧ください」
そう言って治安委員はアイディールの前に画面を展開して、その映像を見せる。
「……この女は」
「現在犯人は一般人を人質に取って逃走中の模様です」
「わかりました、すぐに現場へ向かいます」
アイディール・ロウは中央王都の治安を守るために走り出した。
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「ハアッ!」
深い森の中、三人の浅黒い肌をした女達が、一人の老婆に向かってナイフを構えて突進する。
女達はよく見ると全員同じ顔と恰好をしており、完璧に息を合わせてその婆にナイフを突き立てた。
しかしその瞬間老婆の姿が掻き消えると、女達の一人に対していつ現れたのか老婆が首に杖を当てる。
「ホッホッホ、まだまだよのうフィスト。そんなことでワシに勝てると思ったら大間違いじゃ。ではの」
「クソッ!」
そう言って老婆が杖を光らせると、女は突然倒れ、意識を失った。
「あーーー、全然うまくいかなーーーい!」
ここは魔大陸のどこかにあるエルフの里。
そこには地面に胡坐をかいて座るダークエルフの姿があった。
フィスト・ライン。
天上院がこの世界に来て初めて会話をし、そしてドスケべをした相手だ。
「ほっほっほ、ワシが200年かけて覚えた技、そんな簡単に習得されてたまるか」
そう言って老婆はフィストの肩にそっと手を置く。
「あーあ、また負けちゃった」
そう言ってフィストはその辺にふて寝をしながらスマートフォンを確認して休憩を取り始めた。
「ヤコに電話でもして愚痴でも聞いてもらおーかな」
「ほっほっほ、フィストは本当にその人物が好きなのじゃな」
「うん、私はその人の隣に立つために強くなりたいの」
「魔大陸を飛び出したバカ弟子が、いきなり帰って真剣な顔をしながら弟子入りをさせてほしいと頼み込んできた時は驚いたぞ」
フィストの隣で朗らかに笑う老婆。
「もう、昔の話なんてやめてください」
「だがお主の選択は正しかったのかもしれんなぁ。もしあのままお主が修行を続けていればいずれ強さに限界が来るだろう。そんなお主の鼻っ柱が折られることは、必要な経験じゃろうて」
そう言って師匠と呼ばれる女性は立ち上がり、フィストに向き治って告げる。
「ほら、修行の続きじゃぞ」
「えぇえええええ! 今日はもうやめにしましょうよ!」
「ほっほっほ、そうかそうか。お主の決意とはそんなものか」
「違います!」
「なら立つがいい。私から一本でも取ってその決意に一歩近づいて見せよ」
「ぐぬぬぬぬ」
老婆にそう煽られた女はすぐさま姿を消して、老婆に襲い掛かった。
「馬鹿者。影や空気の流れででバレバレじゃ」
「ぐあっ!」
しかしそんな彼女は再び老婆の手によって容易く吹っ飛ばされる。
「クッソ、こんなところで負けないんだから! 見てなさいよ!」
「幻影使いが見られてどうする。隠れろ」
「ぎゃあ!」
その後何度もフィストは吹き飛ばされるが、不屈の精神で立ち上がり続けた。
「見てなさいよ、ヤコ。浮気でもして待ってなさい」
フィストの修行は日が落ちるまで続いた。
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「さて、ロウター」
「なんだ、主」
今二人は人魚達と別れを告げ、ヘイヴァ―の港にいる。
そこで海を背にして立ちながら天上院は召喚したロウターに話しかけた。
「私が今回ティーエスとドスケべ出来なかった敗因はなんだと思う?」
「アレックスがいたからではないか?」
「ノンノン、違うよロウター君」
ロウターの問いに対して天上院は人差し指を振りながら否定する。
「アレックスと言う既にティーエスの惚れた男がいるから。そんな理由で彼女とイイ感じになれなかったっていうのは甘えでしかない」
「ほう? ではなんだというのだ?」
「ここで逆に成功したフィストの事例を考えてみようか」
そう言って天上院はどこからか眼鏡を取り出して解説を始めた。
「まずフィストとティーエスの違いはファーストコンタクトだよ。フィストには出会った直後に私が想いストレートをぶつけたけど、ティーエスとはちょっとイチャついたとはいえ普通の女の子同士のコミュニケーションに留まるものだった」
「だが主は途中でティーエス嬢に何度かアプローチを掛けていたではないか」
「あの程度じゃ駄目。よく考えたらあの程度仲のいい女の子同士なら冗談でやるよ」
そう言って天上院は拳を握り締めて宣言する。
「だから私は、次に会う女の子にはストレートに想いをぶつけていこうと思う!」
「そうか……精々捕まらないようにな」
何かを諦めた表情のロウターは魔法陣を展開して勝手に帰ってしまう。
天上院としても下らない雑談だったという自覚はあるので、ロウターを咎めず見送った。
「さて、そうと決まれば早速ナンパだ!」
そう言って天上院は美少女感知センサーの導くままにヘイヴァーの街を走る。
「おっ、和服の女の子だ!」
美少女感知センサーの導くままに走っていると、ティーエスを指し示していた時と同じくらい強い反応をする女が天上院の目に映った。
その女はこの世界では珍しい、というか前世の日本でも珍しい着物姿で、天上院の方・・・・・に歩いてくる。
「決めた、あの女の子にしよう!」
その和服少女に声を掛けることに決めた天上院は、その女の子に向かって走った。
「ヘーイ! 君可愛いね。少し私とお茶しない?」
今どき珍しいくらい古典的な声の掛け方である。
しかしそんな天上院の手を、和服少女はいきなり、握り締めてきた。
「えっ、メッチャ乗り気じゃん」
やはり女性のナンパはストレートに限るな。
呑気にそんなことを考えた天上院だったが、その和服少女に違和感を覚える。
まず握り締めてきた少女の手、雪のように冷たい手。
どこかで覚えがあるのだ。
そして感じる少女の香り、蕩けるチョコレイトのような甘い香り。
「ふふっ、少し……ですか?」
そして聞こえる少女の声、捕らえた獲物に近付く蜘蛛を想像させる声。
天上院は動けなかった。
糸で絡められたように、握り締めてくる少女の手によってその動きを封じられていた。
「ふふっ、お茶……」
少女の目が、天上院を射抜く。
左目は布で隠されて見えない。
しかし天上院は覚えている。
少女の目、冷たい氷と燃え盛る炎を同時に包み込んでいるような紫の瞳。
「永遠に、私と添い遂げましょう。天上院様」
天上院を殺した女。
清宮姫子が、そこにいた。




