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女だけど女の子にモテ過ぎて死んだけど、まだ女の子を抱き足りないの!  作者: ガンホリ・ディルドー
第二章 人魚のティーエス
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解除されたけど好転したけど友達だけど

「人間だ!」


 『歌姫』の力で倒れた人魚達が起き上がってくる。

 そして彼らが天上院の姿をしたアレックスを見て、口々にそう叫ぶ。


「人間だ!」

「殺せ!」


 人魚達はティーエス達を取り囲み、武器を振り上げる。


「〝やめなさい″!」


 そんな人々に向かい、ティーエスが叫ぶ。

 その声は外交窓口中に響き、騒いでいた人魚達は一斉に黙り込む。


「この人は、殺させない」


 ティーエスは立ち上がり、アレックスを背中にかばいながら群衆を睨み付ける。

 少女たった一人の威圧に、動けない人魚達。

 彼女のオーラに、人々は200年前の中央戦争で人魚を率いて戦ったミーシン・セージの姿を幻視したのだ。


「……皆の衆」


 張り詰めた沈黙の中、ヒストリアが呟くように、しかしよく通る声で言った。


「我らは……無知すぎる」


 人々の注目を集めたヒストリアは、その視線を全て受け止めたうえでゆっくりと言葉を紡いでいく。


「我らは人間を、人魚の住処を暴虐を尽くして奪い、下等生物として扱う生き物と思い続けてきた」

「その通りだ!」

「ヒストリア! ブレる気か!」


 ヒストリアの言葉に、再び人魚達が騒ぎ始める。

 彼らはスラムで人間を憎み続け、遂に今日その代表であるヒストリアを旗印として海底都市に革命を起こしたのだ。

 その旗印であるヒストリアがブレている姿に、怒号が飛び交う。


「〝静かにして″!」


 しかしティーエスが再び言葉を放つと、民衆は水を打ったかのように静まる。

 ヒストリアは目を瞑り、しばらく何も言わなかったが、やがて再び口を開いた。


「私はブレている、間違いない。人間憎し、人間滅しと日々言っていた私は常日ごろから言っていた。何故か?」


 ヒストリアは群衆を見回す。

 誰も何も言わず、身動きすらせずにヒストリアを見ていた。


「それは私達スラムの人間は学校も通えず、腐った匂いが蔓延る光無きスラムにいたからだ」


 人々も思い出しているのだろう。

 ある者は唇を噛み、またある者は拳を握りしめている。


「我々が住んでいる環境は、ロクな環境ではない」


 ブレるヒストリアが、今でも変わらずに思う事実。


「だからきっと、そこから生まれる考えもロクなものではない」


 腐り切った大地から輝く果実が実ることはない。

 人々はヒストリアのその言葉に対し、何も言わない。

 ヒストリアは彼らを裏切らない。

 彼が紡ぐ言葉をひたすら待ち、声を出さない。


「だから私はここに宣言する。私はこの海底都市全ての人魚と共にスラムを消し去り、我らの光を取り戻すと」


 人々の注目はヒストリアからティーエスに移る。

 ヒストリアもまた、ティーエスを見る。

 ティーエスは感じた。

 都市長の娘としてではない。

 自分自身に与えられた使命を。


「〝私は誓う。全ての人魚達の光を取り戻す″」


 海を揺らすような歓声が響いた。





「ティー、瓦礫は殆ど撤去され切ったって」

「スラム街の清掃はまだ滞っている。まだまだ時間がかかりそうだな」

「わかったわ。じゃあ瓦礫の撤去に使ってた棋界と人員をスラム街に回して頂戴」


 都市長邸宅の椅子に座り、書類を片付けながら人魚達に指示を出すティーエス。

 ヒストリアやスラム街の人魚達は防衛局員達と共に協力してその指示に従う。


「ティー、学校が休校になって暇だし手伝いに来たぜ!」

「ありがとう、ワイゼル。じゃあ力仕事のお手伝いをして貰える?」

「私にも何か手伝えることある?」

「んー、じゃあリースは私とこの書類を整理してくれない?」


 ティーエスのバンド仲間も駆けつけ、海底都市は人々の喧騒に包まれる。


「……どういうこと?」

「目覚めたか、主」


 未だアレックスの姿をしている天上院。

 天上院は反動の賢者モードが終了した後、気絶をしたのだ。


「なんで私寝てたの?」

「恐らく本来の自分とは異なる体で身武一体を二度も続けて使用したからなのだろうな。精神的にも肉体的にも限界を迎えたのだろう」

「あとこれはどういう状況?」

「主が気絶した後、いい感じになったのだ」

「一体何があったの……」


 人間の世界に攻め込もうとしていたヒストリアが、人間の姿をしているアレックスと共に協力して海底都市の修繕に当たっている。

 一体どんな奇跡があればこんな状況になるのか、天上院には理解できない。


「おい、後は我々に任せて大丈夫だぞ」

「いいの?」

「外交窓口と都市長邸宅の修理を手伝ってくれただけでも十分だ」

「そうか、じゃあまた明日な!」

「……あぁ、ありがとう」


 アレックスが笑顔で別れを告げる。

 それに少し面食らったような顔をした後、口元に少しぎこちない微笑みを浮かべてお礼を言うヒストリア。

 アレックス達は手を振ってヒストリアと別れる。


「じゃあバンドの練習を始めましょうか!」

「コンサートは中止になっちまったけどな」

「まぁいいじゃない。またいつか機会があるわよ」

「あっ、ごめん! 先に音楽室に行っててくれ。ヤコに話があるんだ」

「そういうことなら私達も行くわよ」


 そのまま音楽室に向かおうとしていたティーエス達だったが、目覚めた天上院に気付いて駆け寄ってきた。


「目覚めたみたいだな。ヤコ」

「あぁ、今しがたね」

「そうか。状況が状況だったし、ゆっくり話せなかったけどやっぱりヤコもあの変なヤローと会ったのか?」

「変なヤロー?」


 アレックスは天上院が眠っている間、事件の後始末に追われていたためティーエス達とあまり話せていない。

 天上院とアレックスの体が入れ替わっていることについては天上院から体育館で聞いていたものの、事の事情を詳しく知らないワイゼル達の頭には疑問符が浮かんでいる。


「うん、そうだよ。24時間後に解除って言ってたけど、まだなのかな?」

「そうだなぁ、もうそろそろ24時間経つと思うんだが……」

「正確にはあと34分と53秒だけどネ」

「うおっ!? 誰だコイツ!?」

「ボク、あんまり多くの人に見られたくないし移動しよ」


 天上院とアレックスが相談していると、例の人物が彼らの前に現れた。

 謎の人物に従い、天上院達は誰もいない一室に移動する。


「事は片付いたようだし、元に戻すネ。ボクも早く終わるに越したことはないし」


 そう言って状況が掴めないワイゼル達を放って、その人物は天上院とアレックスの頭に手を乗せる。


「目を瞑っててネ~……流転せよ、流れ込め、我が掌に集まれ」


 そして入れ替えた時と同じく天上院の意識はその人物の掌に吸い出されるように集まり、再び別の場所に流れ込む。

 しかし入れ替わる前と異なり、どこか安心する感覚を覚えた。


「終わったよ、お疲れ様」


 天上院が目を開けて体を確認すると、それは間違いなく自分の体だった。


「ヤコ……お前確認方法他になかったの?」

「股間触るのが一番わかりやすいでしょ」

「えぇ……」

「そういうアレクも胸揉みしだいてるんだから人の事言えないよね」

「全くもってその通りだな」

「二人とも何してるのよ……」


 股間部を確認する天上院と自分の胸をしばらく揉んだアレックスをティーエスがジトッとした目で見る。

 体が入れ替わっている間二人がどこを意識していたかがよくわかる構図だった。


「んじゃ、ボクはこれで失礼するネ」

「待って」

「ん~? どうしたのヤコ・テンジョウイン。ボクには時間が無いの、引き留めないで」

「二つ質問があるの。なんで私に協力してくれたの? そしてもう一つ。貴方は人間でしょ? どうして海底都市にいるの?」

「……アハハハッ! そうだネ。一つ目の質問は、時が来たら答えてあげるよ」

「二つ目は?」

「ボク、人間じゃないよ」

「……そう」


 ならば何者なのか。

 その質問にその人物が答えてくれそうには見えなかった。

 きっとそれも、時が来たらわかるのだろう。


「じゃあ、またネ」


 そう言ってその人物は扉を開けて外に出ていく。

 どうせ追いかけても姿は既に見えないのだろう。

 そしてあの人物の言うことが正しければ、またいつか会う日が来るのだ。

 その時にまた話せばいい。

 天上院は追いかけず、ティーエス達に振り返った。


「なんか意味わかんねえ奴だったな」

「でも悪い人じゃないと思うよ」

「あぁ、俺達の助けをしてくれたのは間違いねえしな」

「そうね……皆もありがと」


 謎の人物が去って落ち着きを取り戻した皆に、ティーエスがお礼を言う。


「……俺、決めたんだ」


 そんな彼女にアレックスが笑って答える。


「ティーを一生支えてやるって!」


 それは恋敵であり、レズビアンである天上院の目から見ても魅力的に見える微笑みだった。



--------


「アレックス・ダイン」


 新しく建て直された外交窓口。

 その建物の前で沢山の人々が見つめる厳かな雰囲気の中、式典が行われていた。

 都市長ウミオー・セージは賞状を持って、それを読み上げる。


「今回の事件において其方は被害の拡大抑え、首謀者の説得を行い、事件を平和に収めた。その勇気を称してこの賞状、及び『海王槍トライデント』を贈る」


 アレックスにウミオーは金箔がこれでもかと使われた賞状と、穂先が三つに分かれた槍を手渡す。


「これからもその勇気を海底都市のために役立ててくれ」

「ありがとうございます!」


 アレックスは民衆に振り返り、槍を上空に掲げる。

 人々から歓声を受けながら、アレックスは壇上から降りた。


「ヤコ・テンジョウイン」


 続いてウミオーは天上院の名前を読み上げる。

 呼ばれた天上院はウミオーの前に立ち、静かに一礼する。


「其方は今回の事件において襲い掛からんとする悪意に恐れる事なく挑み、人魚と人間の間に生まれる可能性を示した。この働きは後世まで語り継がれるべきものであり、それを称してこの賞状、及び海底都市での永住権を贈る」


 海底都市での永住権。

 それが人魚以外に与えられた事は海底都市200年の歴史において一度もない。


「其方にはこれからも人魚と人間の架け橋となって頂きたい」

「謹んでお受けいたします」


 天上院は民衆に振り返り、両手で大きく手を振る。

 新しい可能性を、人魚達はぎこちなくも受け入れた。

 拍手の音は大きくない。

 しかしこれからきっと大きくなるのだろう。

 そう思いながら天上院は壇上から降りた。


「ヒストリア・ストレイン」


 最後にウミオーは、ヒストリアの名前を呼ぶ。

 ウミオーの前に立つヒストリアは、その両手を鎖で繋がれていた。


「其方の起こした事件は即ち今まで海底都市が抱え続けた闇そのものである。これはその現状を知りながらも対処をしていなかった私の罪であり、其方に罪はカケラも無い。よって其方は無実であり、その命を賭けた陳情を称して其方に『環境長官』の位を授ける」


 ウミオーはヒストリアの手を取り、その手にかけられた錠の鍵を自ら外す。

 手錠はガチャリという音と共に地面に落ち、ヒストリアの両手は自由になった。


「我々人魚同士、共に協力して海底都市を発展させて行けることを願う」

「私、いや私達は自分の見たものしか知らない。だから貴方達は私達に教えて欲しい。私達はそれに全力で答えよう」


 大きく、咆哮とも言えるような歓声が海底都市に響いた。

 振り返って民衆を見渡すヒストリアの目には、新しい歴史に向かって歩こうとする人魚達の姿が映っていた。





「あーーー、緊張したぜ全く」

「『海王槍トライデント』って何? 凄い名前だけど」

「私のひいお婆様、ミーシン・セージ様が中央戦争の時に使っていたという槍よ。お婆様がそれを振るう機会は殆ど無かったらしいからどれほどのものなのかはよく知らないけど」

「でもすげえ見た目だよな、ソレ」


 ワイゼルの言う通り、トライデントは天上院が持つペニバーンと同じく三叉に割れた穂先の首元に大きなサファイアが付いていた。


「でも本当に俺が貰っていいのかよ? 本当に戦ったのはヤコなのに」

「いいんだよ、私にはペニバーンがあるし。それに、アレクは『ティーを一生支える』んでしょ? そんくらいは持っときなって」

「ヤコちゃん!」


 天上院の言葉に頬を赤くするティーエス。

 そんな彼女を笑って流しながら、天上院は言う。


「んじゃ、そろそろ行くね」

「……本当に地上へ帰っちゃうのね」

「うん、探し物はここに無かったみたいだしね」


 そう、天上院は海底都市を本日去るつもりなのだ。


「引き留めるなんてこと出来ないけど、やっぱり寂しいわ」

「あぁ。折角仲良くなったのによ」


 全員の気持ちを代弁するリースとワイゼル。

 そんな嬉しい言葉に、天上院は微笑む。


「探し物が見つかったらまた遊びに来るよ。永住権なんて貰っちゃったしね」

「約束よ! 絶対また来てね!」


 ティーエスが天上院に強く抱き着く。

 その背を軽く撫でて、天上院は彼女の頬に軽い口付けをする。


「もちろんさ、私とティーはもう一生『友達』だもん」

「うん!」

「俺達もだぜ!」

「アハハッ、じゃあまたね!」


 そう言って天上院はティーエス達と別れを告げる。

 目指すは外交窓口だ。

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