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女だけど女の子にモテ過ぎて死んだけど、まだ女の子を抱き足りないの!  作者: ガンホリ・ディルドー
第二章 人魚のティーエス
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溝は深いけどキスするけど何かが起こるけど

「何故海底都市に人間がいるのだ!」


 ヒストリアがアレックスの姿を見てそう叫ぶ。

 当のアレックスは暴れだすティーエスを抑えるのに必死だ。

 それはそうだろう、身武一体をした天上院でも抑えるのに苦労していたのだ。

 一般人である、しかも身体能力は高いとはいえ女子高生、天上院の体をしたアレックスがそれを抑えるのは至難の業だ。


「オイ! そこのアンタ! なんかよくわかんねえけど手伝ってくれ!」

「人間の指示など誰が聞くか!」

「あー、もうじゃあいいよ!」


 アレックスは敵意丸出しのヒストリアを見て協力してくれる気配がないと判断し、すぐに諦め再びティーエスを押さえつけ始めた。

 そして天上院に言われたティーエスを助ける方法を思い出した。


「くっそ、本当にチューしなきゃいけねえのかよ!」

「お前は何を言っているんだ」


 珍妙なことを言い出した目の前の少女に怪訝な顔を浮かべるヒストリア。

 そしてヒストリアは天上院が倒れているのに気付いた。


「何故少年が倒れているのだ?」

「身武一体の結果だ」

「……天馬がなぜここに」


 先程まで元気だった少年が倒れているのに対し、疑問を浮かべるヒストリアに身武一体が解除されたことにより現れたロウターがその疑問に答えた。


「なに、直ぐ起き上がるさ。むしろ面倒だから寝ていて欲しいとすら思う」

「人種とは」

「ほら出た」


 むくりと起き上がり今回も能弁を垂れ始めた主に若干嫌な顔をするロウター。

 ロウターはそんな天上院から目をそらしてヒストリアに向き直った。


「おい、とりあえずその少女を助ける手伝いをしてやったらどうだ」

「人間に手を貸すだと? ふざけるな。優秀なニンゲン様なら我々人魚の助けなど必要なかろう」

「クソ、そもそも暴れまくっててキスどころじゃねえよ!」

「私がもともと暮らしていた世界とこの世界には大きな違いがある。それはこの世界では正しく『人』の『種』類が存在する。人間と人魚。これは身体構造からして明らかに違う」


 ヒストリアとロウターは天上院の姿をしたアレックスを助けるか否かで言い合い、当のアレックスはティーエスを助けようと必死だ。

 そして天上院はいつも通り語っている。

 同じ空間に存在する者同士の会話が全く噛み合わない。

 どこかで見た光景である。


「いいのか? その少女が暴走することで困るのはお主も同じだろう」

「その通りだ。だが人間に手を貸すくらいなら私一人でどうにかしたほうがマシだ」

「……よし、ちょっと収まって来たか」

「人魚と人間。それがお互いの身体構造を見て忌避感を覚えてしまったなら、それは仕方ないのかもしれない。もし彼らが同じ姿、同じ身体構造をしていたらよもや争うことなどなかっただろうに」


 説得しようとするロウターに、取りつく島のないヒストリア。

 ティーエスの暴走が穏やかになり始め、アレックスには多少の余裕が生まれた。

 天上院は相も変わらず語っている。


「何故お主はそこまで人間を忌避する?」

「人間は200年前の中央戦争において我ら人魚をこの暗い海の底へ閉じ込めた。これは許されない罪であり、忘れるべきでない恨みなのだ」

「……キス、するしかねえよな」

「しかし同じ姿、同じ身体構造をしていたのに私の世界では肌の色で争っていた歴史があり、少数になったものの未だ差別意識は残っている」


 ロウターとヒストリアの会話は進展しない。

 アレックスは苦しむティーエスの表情を見て、なにやら決意を固めたようだ。

 天上院についてはもはや語るべくもない。


「中央戦争がどのような事件かなど私は知らないが、もし逆の立場なら人魚は人間をどうしたと思う?」

「……」

「覚悟を決めろ、アレックス。こうしてる間にもティーは苦しんでるんだ。恥じらいなんて捨てちまえ」「しかしここで注目すべきは差別意識が残っているという点ではない。『少数』になったという事実だ」


 しかしロウターは粘り強くヒストリアを説得する。

 アレックスは真剣な表情でティーエスを見つめる。


「歴史など一つの歯車が逆回転をしただけで全体が変わってしまうものだ。過去の動きを気にするなとは言わぬ。だが悲しい経験を再びしない為に歴史を学ぶのではないか?」

「……学ぶ、か」

「くっ、またティーが暴れはじめちまった!」

「差別意識が『多数』だったからこそ『少数』だった意見は押し潰されていた。だが人々の想いがそれに革命を起こし、差別意識を『少数』にした」


 ロウターの言葉にヒストリアはぼそりと呟く。

 アレックスは再び暴れ始めたティーエスを必死に抑える。


「あぁそうだ。無知の人間が騒いでいるのなら滑稽であるし、正しく歴史を学んだのならば新たな視点が広がるのではないか?」

「……おい、人間」

「あぁ俺のことか。なんだよ!」


 突然話しかけてきたヒストリアに、ティーエスを抑えるのに精一杯だったアレックスの声は荒れたものになってしまった。


「私が少女を抑える、だから……」

「どうしたんだよいきなり。さっきは全然……」


 しかしヒストリアはそんなアレックスを気にすることなく言葉を投げかけた。

 先程までと明らかに様子が変わったヒストリアにアレックスは警戒を緩めた。


「だから、人魚と人間の新たな可能性を私に学ばせてくれ」

「……わかった、任せとけ!」

「差別意識が『多数』だった時に『少数』だったものをより少数にしようとしたのなら、逆に差別意識を『少数』にし、いつしか消滅させてしまえたのなら人種問題もいつか消える。これはこの世界の真理などではない。人々の心次第だ」


 ヒストリアはそう言ってアレックスと共に暴れるティーエスを抑え、アレックスも真剣な瞳のヒストリアを信じた。

 ついでに天上院の長い語りも終わりを迎えた。


「よっしゃ、えっと。その……」

「ヒストリアだ」

「わかった、じゃあヒストリア! 俺がティー、この女の子にキスをするから抑えていてくれ」

「ちょっと待て」


 アレクの提案に頭を抱えるヒストリア。

 何故そんなことをする必要があるのか。

 何故目の前の人間はそんなことをしようとしているのか。

 色々突っ込みたいところがあるが、目の前のどこか遠い目をした少年を見てなんとなく事情を察した。


「おい、この少年がその少女を助けることについて何か言ってなかったか?」

「ん? あぁ、俺がティーにキスをすれば暴走が収まるかもしれないって」

「やはりな……」


 ヒストリアがゴミを見るような目で天上院を見た。

 天上院は先程までと同じくよくわからない理論を垂れ流している。

 ヒストリアは天上院から目をそらしてアレックスに向き直る。


「おい人間、覚悟は出来たのか?」

「あぁ。もう決めたぜ」

「そうか、まぁやらないよりは試すべきだろう」


 そう言ってヒストリアはティーエスをしっかりと抑え込む。

 心なしか暴れる力も弱まった気がする。

 今しかない。

 アレックスは遂に心を決め、ティーエスの唇に己の唇を重ね合わせた。


「人間と人魚がキスする姿など、目の前で見る日がくるとはな」


 そしてその様子を冷静に観察するヒストリア。

 目の前の人間と人魚のキスからは、男女の恋愛のように浮ついた雰囲気を感じない。

 純粋に相手を助けたい。

 そんな想いが見ているだけでも伝わってくる。

 目を瞑りながら人魚の少女に唇を押し付ける人間からは、一種の神々しさすら感じた。


「……私は人間と言う生き物に対して知識不足だったのかもしれないな」


 目の前の光景と、200年前に起きた戦争。

 この二つの現実を結びつけることは、今のヒストリアには出来ない。


「……ん」


 やがて息が続かなくなったのか、アレックスがゆっくりとティーエスから唇を離す。

 数秒の沈黙が流れる。


「クソッ……やっぱり俺なんかじゃダメだってことかよ」


 目覚める気配のないティーエスを見て、悔しそうな表情をするアレックス。


「いや? 果たしてそうかな」


 しかしヒストリアは気付いていた。

 先程まで暴れまわっていたティーエスが、今は最早指先一つ動きもしないのだ。

 そしれ、ついにその時が訪れる。


「ヤ……コちゃん?」


 ティーエスがうっすらと目を開き、アレックスの姿を視認する。


「おい、人間。もう一度だ!」


 アレックスはヒストリアの指示通り、再びティーエスとキスをする。

 アレックスにキスをされているティーエスは、目の焦点が合わないものの、確実に先程までよりも意識が覚醒してきている。

 そんなティーエスにヒストリアが畳みかける。


「少女! 再び眠りに落ちるな、体にまとわりつく何かを振り払え! なんでもいい、考えろ!」


 もはや口を開かせないように拘束する必要はない。

 肩をゆすりティーエスを目覚めさせようと必死だ。


「ティー! 一人で思い詰めないでくれ。問題はみんなと協力しよう!」


 アレックスがティーエスに向かってそう叫んだ瞬間、ティーエスははじかれたように起き上がり、周囲を見回した。


「ヤコちゃん、それに……アレク」


「ティー!」


 目覚めたティーエスに、アレックスが抱き着く。


「ヤコちゃん……?」


 ティーエスはアレックスを抱きしめ返すが、彼女の目に映る抱き着いてきた人物は天上院である。

 しかしアレックスにとってそんな些細なことはどうでもいい。

 ティーエスが正気に戻った。

 その事実さえあれば彼は他の事など、どうでもいいのだ。


「人間が人魚の手助けを……」


 そしてその光景を見て、何かを感じた人魚が一人いる。

 ヒストリアは目の前でお互いを抱きしめあう人魚と人間の姿を見て、下唇を噛んで何かを考える。


「ヤコちゃん、それに、アレク」


 ティーは二人を交互に見て口を開く。


「助けてくれてありがと」


 その言葉に、アレックスはティーエスの肩で涙を流す。


「おうっ!」


 天上院はまだ身武一体の反動が抜けず、遠い目をして何かを呟いている。

 その様子を見て、ティーエスは微笑んだ。


「ねぇ、貴方たちひょっとして入れ替わってない?」

「……気付いてたのか」

「アハハッ、全部見てたからね」


 ティーエスはアレックスの言葉に対して笑顔で答える。


「だって、アレックスはあんな風に強くないもの」

「そ、そうか……そうだよな」


 その言葉に、落ち込むアレックス。

 しかしティーエスはそんなアレックスを抱きしめ、耳元にそっと呟く。


「でもね。強くなんてなくても、アレクは私を助けに来てくれた」


 ティーエスは目を瞑り、自分に言い聞かせるようにポツリポツリと呟く。


「私が困った時、アレクは常に自分が出来る最善の行動をしてくれた。私が本当に傷付く前に助けてくれた」


 巨大タコ事件の時だってそうだ。

 もしもあの時アレックスがワイゼルの行動を止めず、共にティーエスを助けるため巨大タコに立ち向かったのなら彼らは大怪我を負い、ティーエスは助かったとしても、そのことで後日自責の念で押し潰されそうになるだろう。

 常に民を想う都市長の娘だからこそ、余計にそれはティーエスの心を苛んだはずだ。

 アレックスがワイゼルを止めたからこそ、ワイゼルは最終的に天上院に助けられ、あの場で傷付いた人間は0になった。


「私は一人でどうにかしなきゃ、責任取らなきゃって思ってた」


 入学式の時。

 バンドに誘ってくれた時。

 そして今、『歌姫』の力にのまれそうになった時。


 アレックスはティーエスをいつでも救い上げてくれた。

 都市長の娘として自分は人魚の鏡となる、模範となるべき存在でなければならない。

 人魚達の前に一人で立ち、その思いを背負わなければならない。

 そう考えていた。

 でも彼は教えてくれた。


 一人で悩まずに周りを見渡せ。

 皆と協力すれば、きっと自分一人以上の結果が出せる。

 自分がおかしくなった時、救ってくれる人がいる。

 彼は自分に、一人で戦う必要はないと教えてくれたのだ。


「ありがとう、アレックス」


 巨大タコ事件の日、天上院の腕で聞いた『愛』と言う言葉。

 その一片を彼女は掴んだような気がした。

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