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女だけど女の子にモテ過ぎて死んだけど、まだ女の子を抱き足りないの!  作者: ガンホリ・ディルドー
第二章 人魚のティーエス
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天上院弥子が恋した女 人魚のティーエスーSide4ー

 ヤコちゃんとはすぐに仲良くなれた。

 クラスの皆とも歴史の授業で一瞬危ない空気は漂ったけど、流石は人魚の皆だ。

 悪い流れにしようとせず、ヤコちゃんと笑いあっている。

 私たちのバンドを披露したらすごい喜んでくれた。

 今度のライブにも来てくれるらしい。

 恐ろしい力を持っている少女なんてお爺様に聞いたのが嘘のように、ヤコちゃんは普通に女の子らしくしていた。

 監視役の私が言うから間違いない。

 ただちょっとスキンシップは人より過剰だけど、基本的には私たち人魚と何も変わらない。

 しかし彼女との生活にすっかり慣れた頃、事件は起きた。


「なにあれ!?」

「マズイわ、魔獣よ。早く逃げましょうヤコちゃん!」


 ある日の休日、ヤコちゃんを誘ってバンドメンバーとともに遊んでいると、公園に巨大なタコの魔獣が現れたのだ。

 逃げようとする私達の進路を、今度は二匹目の魔獣が塞ぐ。

 万事休すか。そう思った時、ヤコちゃんは何もない空間から槍と天馬を召喚すると、それらと共に巨大タコに突っ込んでいった。


「ヤコちゃん! 何する気なの!」

「すぐに終わらせてくるよ!」


 その言葉通りヤコちゃんは一瞬にして巨大タコの魔獣を倒してしまった。

 お爺様の言っていた通り、彼女は物凄い力の持ち主だったのだ。

 私はヤコちゃんがタコを倒してくれたことで一安心する。

 そして私はこの時の油断を後悔することになるのだ。

 タコは一匹じゃない、私たちの後ろからも追いかけてきていたのに、私は行く手を阻むタコが倒されたことで安心してしまった。


「キャーーー!」


 私は触手に捕まり、宙に浮く。

 この瞬間、二つのモノに危機が訪れた。

 一つは勿論私の命。

 そしてもう一つは、


「ティーを見捨てんのかよ!」

「違う!」

「じゃあ離せ馬鹿野郎!」

「俺らが行ったところで何ができる! 一緒に捕まってお陀仏だ!」


 私はその光景をみて、心に一瞬ストンと影が落ちたのを感じた。

 私はきっと彼、アレックスに依存していたのだろう。

 きっと入学した時から。

 酷過ぎる新入生挨拶を終え、落ち込む私を立ち直らせてくれた彼に。

 人の前に出るのが苦手な私を、バンドを組んでライブをしようと誘い、結果的にはその弱点を克服させてくれた彼に。

 そんな彼が、それが正しい判断とはいえ私を見捨てようとしたことを。

 わかっている、頭ではわかっているのだ。


「……そうよ! 私のことはいいから早く逃げて!」


 そもそも私が油断してなかったら魔獣に捕まらなかったかもしれない。

 そもそも私も彼らの立場だったとしても、魔獣に突っ込もうとするワイゼルを止めるだろう。

 そもそも私は都市長の娘なのだ、住民の命を自分より優先せねばならない。

 でも。

 私はその時。


「だが、この問題の答えはほぼ出ている。子供を助けるのが大体において正解だ。何故か? 母親が子を助けるように主張するからだ。『愛』が基準でそう優先される」


 結局、私はヤコちゃんに助けられた。

 そしてその時、彼女の腕で聞いた言葉が私の中で響く。


「お前達が選んだのは自分の命とティーだ」


 私は自分達の命よりも、私を助けに来てほしかったと思っていたのだ。

 私にはきっと『愛』が足りない。



 事件はその後の私達の関係に爪痕を残した。

 私とアレクのリズムが明らかに合っていない。

 練習をすればする程音楽が崩壊していく気がする。


「クソがっ! やってられっか」

「ワイ君!」


 遂にワイが私達の状況に怒って出て行ってしまった。

 リースも彼に続いて部屋を出て行く。

 残ったのは私とアレク、そしてヤコだった。


「……ごめん」


 アレクが私に謝ってきた。

 しかし私は彼が何に謝っているのか分からない。

 私を助けに巨大タコへ立ち向かわなかったことに対して?

 この数日間冷静になって分かる、アレクに全く非は無い。

 むしろ二次被害を出さなかった事に対して褒められるべきだろう。

 では彼は何に謝っているのだろうか?

 彼に非など何一つ無いのだ。


「……いいのよ、アレク。気にしないで」


 答えの出ない私は、彼に対してそう答えるしかなかった。

 音楽室を出て、ヤコちゃんと送迎の車まで歩く。

 この状況で誰が一番可哀想かと言えば、間違いなく内輪揉めに巻き込まれている形の彼女だろう。


「ヤコちゃん」

「なに? ティーエス」

「ごめんね」

「なんで?」


 ヤコちゃんは私がアレクに対して思った感情と全く同じ返事をしてきた。

 なんで?

 本当になぜアレクは私に謝ったんだろう、謝らなければならなかったのだろう。

 私があの時油断していなければ、ひょっとしたらタコに捕まってなんかいなかったはずだ。

 アレクは悪くない。

 悪いのは彼に対して心の何処かで期待していた私だ。

 いや、期待ではない。

 傲慢だ。

 アレクならどんな時でも私を助けてくれる。

 そんな私の傲慢。


 その夜、私はベットの上でヤコちゃんをぎゅっと抱き締めながらそんなことを考え続けた。


「放課後にワイゼルたちと話し合おう、ティーエス」


 私がウジウジと悩んでいると、昼休みにヤコちゃんがそう提案してくれた。


「そうね……」


 このまま何もしなければ状況は変わらない。

 そう思って皆にスマホで連絡をする。

 全員すぐに返信が来た、皆も気にしていたのだろう。

 悩んでばかりいないで早く行動すれば良かった。

 そうすればもっと早く事態は解決していたはずなのに。


「ありがとうヤコちゃん。私頑張るね」

「うん、私も出来る限りフォローするよ」


 バンドには全く関係のない、しかも人魚ですらないヤコちゃんに助けてもらってしまった。

 これではいけない。

 もっと他の人に迷惑をかけないよう頑張らなきゃ。

 私は都市長の娘なんだから。


 事態が好転しそうに見えてほっとしたのだろう。

 何故だか急に尿意が押し寄せてきた。


「あっ、ごめんヤコちゃん。私お手洗い行くから先教室行ってて」

「わかった」


 私はそう言ってヤコちゃんと別れてお手洗いに向かう。

 用を足した後、時計を見たら昼休みの時間が終わろうとしていた。

 周りに生徒は殆どいない。私も早く教室に戻らなきゃ。


 そう思った瞬間、突然背後から何者かに口元を布で抑えられ、驚きのあまり息を思いっきり吸ってしまった。

 意識が遠のき、視界が白くなってゆく。



 意識を取り戻すと、私は立方体のガラスケースに入れられていた。

 目の前に広がるのは鉄の棒などを持って雄たけびをあげる大勢の人魚。

 状況が理解できない私に、異常なまでに白い肌を持ち、異様なほど黒い眼を持った人魚がガラスケース越しに話しかけてきた。


「おや、姫様のお目覚めだ」

「貴方は誰!?」

「ふふっ、手荒な真似をしてすまなかったね。周辺の警護が厳しい君と私のような者が会うにはこうするしかなかったんだ、許してくれ」


 会う。

 言葉通りの意味ではないだろう。

 本当にただ会いたいだけならば防衛局などに申請し、その旨が正常であれば要求は通る。

 そしてこの海底都市では私よりずっと襲う価値のある人魚がいる。

 都市長であるお爺様だ。

 なのにお爺様ではなく私を誘拐する。

 そしてこの雄たけびをあげた大勢の人魚に囲まれているという状況。

 身代金が目的ではない。

 お爺様に無くて、私にあるもの。

 一つしかない。


「何が望みなの?」

「ふふっ、分かってるんだろう? 『歌姫の力』さ」


 やはりだ。

 この状況、どう答えるのが正解なのだろうか。


「……そんな力、私には無いわ」

「この状況下で嘘は無駄だし、君にとっていい結果にはならないよ」

「あったとして、貴方に貸すとでも?」


 ここで下手に出て、相手に舐められてはいけない。

 そう思っての発言だったが、私は最悪の選択をしてしまったようだ。


「言っただろう? 欲しいのは『歌姫の力』であって、君の理解や協力じゃない」


 背筋に悪寒が走る。

 本能が逃げろと警告するが、全方位をガラスに閉じ込められて逃げ場もない。


「君の意思とかどうでもいいんだ」


 そう言うとその人物は右手でガラスを触れる。

 瞬間、私は脳がひっくり返されているような感覚に陥った。


「何!? 何なのよこれ!」

「君の脳を揺らしてちょっと従順にしてあげようと思ってね」


 私の思考と意識が隔離される。

 そして思考だけが磨り潰されていく。

 意識は明確にあるのに、考える力だけが消されていく。


「やめて!」


 抗わなきゃ。

 でも、どうやって?


「ふむ、ガラス越しだとやはり調整が難しいな。まぁ仕方あるまい」


 もうほとんど状況の判断ができなくなっている。

 私は今、なにをしてるんだっけ?

 ただ、今の状況から抜け出さなきゃいけない。それだけは分かる。

 でもどうやって抜け出すの?

 わからない。

 でも抜け出さなきゃいけない。

 なんで抜け出さなきゃいけないの?

 わからない。

 でも抜け出さなきゃいけない。


「誰か」


 何もない、ガラス板で包まれた空間に向けて声を落とす。

 誰か、私へ

 誰か、私に


 誰か、力を


『オッケー☆』


 思考力が消え失せ、意識だけは明確な頭にそんな声が響いた。

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