説得したけど第二ラウンドだけど厳しいけど
「早くいかなくちゃ!」
(主、すまない。時間だ)
ティーエスを救うため、外交窓口に向かおうとする天上院だったが、残念ながら身武一体の制限時間が過ぎてしまった。
「まずい、ロウター!」
変身が完全に解かれる寸前に天上院はロウターを呼び出す。
「どうした、主」
「外交窓口へ!」
それだけをどうにか言うと、天上院は本来の姿、アレックスの制服姿に戻ってしまった。
ロウターは事情がよくわからなかったが、命令に従ってその背に主を乗せて飛ぼうとする。
「種族の違いとは」
「今回のテーマか、把握した」
いつも通り、反動で賢者モードになっている主をロウターは適当に流す。
「待て! 天馬よ、我が息子をどこに連れていく!」
しかしそれを妨害する者がいた。
アレックスの父親だ。
「邪魔をするな、人魚よ」
「どこに行くつもりだと聞いている!」
「種族、人間、魚、動物、植物。人間も大きな枠でみれば動物なのだろう」
「外交窓口だ、主はそこに向かえと命じたのでな」
「テロリストが指名した場所か! ならば尚更連れて行くわけにはいかん! 私の大切な自慢の子なのだ!」
「だが我々は他人に『貴方は動物である』と言われれば少なからず違和感を覚えるだろう」
「すまないが命令である。私が下僕である以上逆らうわけにはいかぬ」
「息子を危険な場所に向かわせてたまるか!」
「その心こそ、人間が他種族に対して持っている優越感の証拠である」
もはやカオスである。
対話している一頭と一人は自らの主張を譲ろうとせず、もう一人に関しては完全に自分の世界に入っている。
「貴様がこの者の親だと言うなら、少しは子を信じたらどうだ」
「道を違えそうな子を正しい道に戻すのが親の役目だ!」
「『ペット』と『動物園』について掘り下げてみよう」
「息子にとってはその間違えた道が正道なのかもしれんぞ」
「子は自己判断能力が低い! だから親が監督しなければならぬのだ!」
「『ペット』を自分より下等に見る者は少ないだろう。家族として接する者が多数なはずだ」
「ほう、ならその自己判断能力はどうやって育つのだ?」
「親が教育して育てるのだ!」
「だが『動物園』にいる動物に対して人はどう接するか。少なくとも自分と同列には見ないだろう」
カオスはなかなか終わりそうにない。
「自らが正しい自己判断能力を持っているという確固たる自信があるのか?」
「ぐっ……自分の子よりはあるはずだ!」
「これは『特定の動物』に対する愛情差が大きな理由の一つだろう」
「ほう、自分の『大切な自慢の子』を自らより下等に見るか」
「違う! そういうわけではない!」
「『ペット』には深い愛情を、『動物園』にいる動物はその日初めてみた動物。勿論そこへ向ける愛情など一片も無い」
「ならば信じてやれ、その息子が下した決断を」
「ぐっ……」
「傲慢な『優越感』を捨てられるとするなら、それはきっと愛情を向けた者に対してだけだろう」
「……私の息子を殺してくれるなよ」
「ロウター、我が名に誓って守ると約束しよう」
ついに双方の合意を得た一匹と一人の会話が終わり、もう一人の世界も完結した。
ロウターは翼を広げて海底都市の空へと飛び立ち、外交窓口へと向かった。
ロウターが外交窓口に着くと、そこには手にこん棒や鉄の棒などを持って雄たけびをあげる大勢の人魚達の姿があった。
「人魚に光を!」
「ヒストリア万歳!」
「我らに太陽を!」
「ヒストリア万歳!」
外交窓口になだれ込もうとする人魚達を、少人数の防衛隊員達がどうにか抑えようとする。
都市長邸宅に多くの隊員を割いてしまったことで、手薄になっているのだ。
圧倒的な物量差を前に、防衛線は崩壊寸前である。
「主、まだ本調子に戻らんのか」
「『革命』を起こすべきタイミングとはなにか」
「ダメなようだな、仕方ない」
一瞬で主を見限ったロウターは、自らが取るべき行動について考える。
「……そもそもティーエス殿はどこだ」
憶測が正しければヒストリアに捕らえられたままであるはずのティーエス。
そのヒストリアの姿すら辺りには見えない。
「まず革命を起こせば政治は良くなるという前提で話を続ける」
「主の覚醒を待つか……? いやしかし」
「革命を起こして政治が良くなるならその理由は大きく分けて二つ。革命前がよっぽど腐っているか、革命後の新政府がよっぽど素晴らしいかだ」
「主はこの状態に入ったら暫くはこのままだしなぁ……敵の姿が見えぬというのはかえって好都合かもしれぬ」
「革命がおこったからと言って、産業革命まで起こるわけではない。ではなぜ革命をすると良政になるのか」
「しかし目の前の惨状をただ見るだけしか出来ぬというのは……辛いものだな」
ロウターの眼下では人魚達がヒストリアを口々に称えながら外交窓口に向かって突撃する。
中には防衛隊員の必死な抵抗により血を流す者、逆に暴走する人魚達によって傷付けられる防衛隊員。
叫び声が海底都市中に木霊する。
火の手まで上がり、最早大混乱だ。
そして、遂に真打が現れる。
「待たせたな皆の衆!」
辺りに声が響いたかと思うと、外交窓口の建物の中から巨大な触手が外壁を突き破って表れた。
ヒストリアとクラーケンだ。
クラーケンの頭の上にヒストリアが乗っており、その背にはガラスばりの立方体に囚われているティーエスの姿があった。
「我らが人魚の御旗たる『歌姫』様は今我が手中にある! 彼女に従い今我らは再び地上へ赴き、人間達から光を取り戻そうではないか!」
ヒストリアの叫びに、武装した人魚達は更にそのボルテージを上げる。。
「主、早く目覚めてくれ」
「それは革命を成功させた陣営が、殊更にその効果を煽るからだ」
「……今度こそ失うぞ」
天上院、いやアレックスの悟りきった眼が、ロウターのその言葉に反応して煌く。
「今こそ振り切って踏み出す時ではないのか、主よ」
「そうだね」
馬上から降りた天上院が、ロウターを抱きしめる。
「頼むよ」
「承知した」
天上院とロウターが光に包まれた。
--------
「目覚めて良かったな、主」
「お陰様でね。ありがとう、ロウター」
ロウターの固有空間の中、賢者モードから回復した天上院がロウターに礼を言う。
天上院の姿はペニバーンの時と同じく、本来の天上院の姿だった。
「失う、という言葉で覚醒する主も主だと思うがな」
「あはは、その言葉は怖すぎるよ」
ロウターのからかいを軽く流した天上院は、そっと擬人化したロウターの頬に手をやり、顔を近づける。
添えられた手に対して一瞬体を震わせるロウター。
「あはは、緊張してる?」
「いや、全く」
「可愛いよ」
「それは結構だ」
天上院の言葉が悔しかったのか、ロウターは天上院の頭の後ろに右手を回し、その肩を左手で抑える。
「こちらからいくぞ」
「別に決闘じゃないんだからそんなに怖い目しなくても」
「怖い目なんかしてない」
「ふーん?」
ロウターはそう言うと、天上院に唇を強く押し付けてきた。
それを一瞬身じろいて半歩後ろに下がるものの、しっかりと受け止める天上院。
ロウターはそのまま天上院の唇に舌をいれ、天上院の舌に絡める。
「んんっ、情熱的だね」
「……下手か?」
「もうちょっと余裕持っていいんだよ」
天上院はそう言うと、左肩に乗せられたロウターの手をとってそっと握る。
「ぐいぐい来てくれるのは嬉しいけど、もっと自然にやれたらきっと気持ちいいよ」
そう言ってそっとロウターの下唇を自身の唇ではむ。
「……いつか悶えさせてやる」
「あはは、楽しみにしてるね」
二人の心が一つになり、その体が輝きだす。
------
「外交窓口は落ち、防衛局も事態に大混乱している! 今こそ我らが人魚としての正道を歩むべき時!」
ヒストリアが崩れ去り、瓦礫の山と化した外交窓口の建物の上からそう叫ぶ。
「人魚に栄光を!」
「ヒストリア万歳!」
武装した人魚達もヒストリアに歓声を送る。
もはや立っている防衛隊員は存在しない。
その全員が血を流して、瓦礫と同様にその体を転がしている。
「どうして……こんな」
その状況を見て呆然とし、知らない世界を見るような目をした一対の瞳があった。
意識を取り戻したティーエスだ。
「おや、姫様のお目覚めだ。」
ガラスに閉じ込められたティーエスへ、ヒストリアが声をかける。
「貴方は誰!?」
「ふふっ、手荒な真似をしてすまなかったね。周辺の警護が厳しい君と私のような者が会うにはこうするしかなかったんだ、許してくれ」
「何が望みなの?」
「ふふっ、分かってるんだろう? 『歌姫の力』さ」
「……そんな力、私には無いわ」
「この状況下で嘘は無駄だし、君にとっていい結果にならないよ」
「あったとして、貴方に貸すとでも?」
「言っただろう? 欲しいのは『歌姫の力』であって、君の理解や協力じゃない」
ヒストリアはガラスの檻に手を触れて、ティーエスに微笑む。
「君の意思とかどうでもいいんだ」
ヒストリアはガラスの中にいるティーエスに向かってその右手を伸ばす。
ガラスに触れたその掌を中心として波が生じ、ティーエスに襲い掛かる。
「キャァアアアアアアアア!」
叫び声をあげるティーエス。
ヒストリアの掌から放たれたのは音波であり、それがティーエスの脳を直接揺さぶるのだ。
ティーエスは耳を抑えて蹲るが、ひし音波はそんな彼女に容赦なく襲い続ける。
「何!? 何なのよこれ!」
「君の脳を揺らしてちょっと従順にしてあげようと思ってね」
「やめて!」
「ふむ、ガラス越しだとやはり調整が難しいな。まぁ仕方あるまい」
ヒストリアは音波を絶え間無くティーエスに聴かせ続ける。
「ほら、お嬢さん。人魚達の黎明の為、捨て石になってくれないか?」
「誰か」
ティーエスが意識を手放しかけたその時、天空に光が走ると、それがヒストリアに襲いかかる。
「……来たか、少年よ」
「おまたせ、デートに遅刻しちゃったよ」
天上院は空からの落下速度そのままにヒストリアを蹴りつけるが、ヒストリアもそれを避ける。
ヒストリアが避けたことにより足場になっていたクラーケンの頭部にある甲羅へ天上院は着地した。
「逃げずに来るその勇気は大したものだ」
「逃げる必要性を感じないね」
「生意気な」
そう言ってヒストリアは恐ろしい顔をすると大声で叫ぶ。
するとヒストリアを中心として爆発のような現象が起き、天上院は回避する為に距離を取って耳をふさいだ。
しかしその隙を見逃すことなくタコの足が襲い、天上院はその攻撃を食らってしまう。
「うわ、連携クソ厄介だなぁ」
(あの者は何故あぁも魔獣を操れるのだろうな。何かの魔法か?)
「とりあえずクラーケンをどうにかしないと。邪魔くさくってしょうがないよ」
天上院は再びその翼で舞い上がり、クラーケンに突撃する。
「それはもう見たぞ!」
ヒストリアが落ちてくる天上院に向かって両手を向けると、ジェル状の液体がその両手から噴き出す。
「うわっ、〝ヨリソイ″!」
天上院が慌てて真四十八手で防ぐが、翼にその液体がべったりと付いてしまった。
「かかったな、『固形化』!」
ヒストリアがニヤリと笑いそう叫ぶと、その液体が固形化し、ガラスのような塊となって天上院の翼を拘束した。
天上院は翼を動かすことができなくなり、地上にその足をつける。
「ロウター、ひょっとして翼を動かさなくても魔力的に飛べたりしない?」
(残念ながらそんな都合よく出来ていない)
「まっずいねぇ……」
翼を失ったことにより移動能力が格段に落ちた天上院に、ヒストリアがゆっくりと近付く。
「さぁ、興味本位で大人のやる事に口を出す生意気なガキの躾をしようか」




