目覚めたけど彼女が出来たけどスマホがあるんだけど
「ん……」
朝日に照らされ、私は目を覚ました。
体を起こそうとするが、激痛が走る。
「うっ……」
「あ、起きた」
「……ん~」
ヴィクティムちゃんの時同様、私は寝起きに女の子の声を聴くと、胸元に引き寄せようとする癖がある。
いつも通り声がした方向に手を伸ばしたが、背中に激痛が走った上に、手には包帯が巻かれていた。
「ちょっ、何してんの!? 傷口が開くってば!」
目を開けると、魔族の女の顔が見える。
そして頭に感じる柔らかい感覚。間違いない、膝枕をされている。
手を伸ばすことをやめて女の腹に顔をうずめた。いわゆるヘソ出しのような恰好をしていたため、肌の感覚が顔全体に伝わってきて大変よろしい。
「何してんの!? 朝弱すぎじゃない?」
「あと五分……」
「五分もお腹スリスリされてたまるかッ!」
女はそう言って私を突き飛ばす。
「痛い……」
「私なんでこんなやつに負けたんだろ……」
魔族の女はため息をついてしまった。
「フィスト」
「……?」
「私の名前よ。昨日聞いたでしょ」
女の子はそう言うと、そっぽを向いてしまった。
その仕草が可愛らしく、私は思わず微笑んでしまう。
「な、なに寝っ転がりながらニヤニヤしてんのよ、気持ち悪い」
「ふふっ、ありがと。フィスト」
フィストは私に顔を向けていないが、耳が赤く染まっている。とてもわかりやすい。
思わず抱きしめたくなり、立ち上がろうとしたが、また体に鋭い激痛が走る。
「くっ」
「あっ、ちょっと! まだ安静にしてなさいよ! 今度こそ死ぬわよ!?」
「目の前の美少女を抱きしめられないなんて、死ぬより辛い……」
「そこまで!? あぁ、もうっ!」
フィストは呆れながら、倒れている私に覆いかぶさるようにして抱きしめる。
死んだかと思ったけど助かった。
第一異世界美少女の名前も聞けた上に膝枕まで堪能。
かなりの好スタートだ、このまま飛ばしていこう。
「ねぇ、貴女の名前も教えてよ」
「天上院。天上院弥子だよ」
「テンジョウイン、ヤコ?」
フィストはしばらく私の名前を繰り返す。
「ヤコ、なんでこんなところにいるの?」
「貴女を探していたのさ」
「冗談はやめて」
「美少女を探す旅をしているんだ」
「怒るわよ?」
本当のことである。
「もう、いいわ。ヤコは旅人か何かなの?」
「流浪者っていうのに分類されるそうだよ」
「根無し草ってことね。いいわ、貴女の旅、私も連れて行きなさい」
「あはは、なんで?」
「貴女に正々堂々勝つためよ、ヤコ」
フィストは力強く私を見つめて来た、可愛い。
「今の私じゃヤコに勝てない。だからヤコに付いていって、私も修行する」
「構わないけど、一つだけ条件がある」
私もフィストを見つめ返す、やっぱり可愛い。
「私の旅は、本当に美少女を探すのが目的。貴女以外の女の子も、私は抱くよ」
「最低」
うん、認める。我ながら最低な宣言だ。
「全員、本気だもん」
「わかった」
フィストは私に微笑む。
「私しか見れないようにしてあげる」
「それはとっても楽しみだね」
フィストと共に旅をすることになった。
痛みも引いたので、次の目的地へと進むため、立ち上がろうとする。
「そういえばペガサスは?」
「ペガサスなら、ヤコに治癒魔法をかけた後、魔法陣に消えたわよ」
「あ、そうなんだ」
どちらにせよ馬に乗るには怪我が酷い。ゆっくり歩いて行った方がいいだろう。
そのタイミングで、腹の虫が鳴った。
「「……」」
よくよく考えたら私はこの世界に転移してから何も食べていない。それは当然腹も減るだろう。
「えっと……チョコ食べる?」
「チョコ?」
「え、知らないの? 見た目は木みたいだけど、とっても甘くておいしいのよ」
フィストから渡されたのは包装紙付きのチョコ。そう、板チョコである。
この世界にもチョコがあったのだ。
「いただくよ」
それを受け取り、一口齧る。
とても甘くて美味しい。地球のものより美味しいかもしれない。
この世界は魔術も化学も他の世界より進歩している、当然チョコレートの生産技術も高いのだ。
「美味しい……」
「でしょでしょ!? 私もそのチョコ大好きなの! 人間ってば弱いくせに食べ物だけは本当に美味しいのよね! でもチョコだけじゃすぐお腹が減っちゃうわよね……カロリーオフなチョコだし……近くに町とかないかしら。」
そう言ってフィストは懐から板状のものを取り出す。
「……スマホ?」
「あ、知ってるの? そうよ、これはスマートフォンって言ってね、空気中に浮かぶ魔力の伝達を使って遠く離れた人とも話したりできるし、周辺に何があるか調べたりできるの、凄いでしょ!」
当然知っている。魔力の伝達云々に関しては地球と違うが。
「……通信料とかあるの?」
「ツウシンリョウ? スマートフォンは魔術と科学の混合による文明の最高傑作と呼ばれてるのよ。昔は一定時間しか起動できなかったからその度に電力とか魔力を補充しなきゃいけなかったけど、今はもう空気に存在する魔力とかを使って勝手に充電してくれるのよ!」
「そ、それは凄いね」
本当に凄いと思う。充電いらずとは恐れ入った。
魔術と科学がケンカせずにお互いのいいところを取って両立している点も恐れ入った。
「あ、4.8km先に村があるわね、そこまで頑張りましょう! ヤコ」
「う、うん」
フィストが高性能スマホを操作すると、スマホから赤い矢印が飛び出し、行く先を示してくれる。
「全く、人間ってば弱いくせに発想力だけは本当に凄いのよね! さ、ヤコ。行きましょ!」
「わ、わかった」
なんだかんだ言って人間が大好きなフィストであった。