化け物だけど仕方ないけど悲しいけど
いざ覚悟を決めて告白をしようとしたのにもかかわらず、それを遮られた天上院は思わず大声が聞こえたほうを向く。
そこには触手をうねらせ、暴れまわる巨大なタコがいた。明らかに人魚ではない。
「なにあれ!?」
「マズイわ、魔獣よ、早く逃げましょうヤコちゃん!」
そう言ってティーエスはすぐにクレープをゴミ箱に投げ捨て、天上院の手を引いて逃げ出す。
ワイゼルやリース、アレックスもすぐに魔獣から逃げ出す。
「魔獣って初めて見たけどあんなにデカいの!?」
「私もあんなサイズ初めて見たわよ! 普通はもっと小さいわ!」
魔獣から逃げる天上院達。
巨大タコは何故か他には目もくれずに天上院を追いかけてきた。
しかし彼女らの逃げ道を塞ぐように、もう一匹の巨大タコが現れた。
「こっちにも!?」
「逃げ場がねぇな……相当マズいぜ」
こうなれば戦うしかない。
幸い天上院にはその力がある。
「ペニバーン、ロウター!」
天上院が叫ぶと魔法陣と共にペニバーンとロウターが現れる。
「久しぶりだな、主」
「ゆっくり語り合いたいところだけど、ちょっと状況がヤバいんだよね」
「うむ、見ればわかる。乗れ、主」
「ありがとう、ロウター」
天上院はロウターに飛び乗り、ペニバーンを巨大タコに向けて構える。
「ヤコちゃん! 何する気なの!」
「すぐに終わらせてくるよ!」
突然ペガサスと槍を召喚した天上院に、心配して声を掛けるティーエス。
安心するように声を掛けた後、天上院はロウターと共に前方の道を塞ぐ巨大タコに突っ込む。
接近してくる天上院に対して触手を振り回して防ごうとする巨大タコだが、全てロウターが避けたり天上院がペニバーンで弾き返す。
「今日という今日は速攻で終わらせるよ! 究極性技 真四十八手 其ノ四」
巨大タコの頭の中心に向け、真っすぐ槍を構える天上院。
何かを察知し、慌てて触手を自らを守る様に動かす巨大タコ。
「〝ミヤマ″!」
究極性技 真四十八手 其ノ四 〝ミヤマ″
究極性技四十八手の中で、最も基礎的な技の一つ。
真っすぐ前へということに特化し、あらゆる壁を貫く。
その技を前に立ち続ける砦は無し。
天上院のペニバーンは光を纏い、巨大ダコの触手を一本、二本と連続で貫いた後、遂にその頭へと到達する。
その勢いは止まらず、天上院は深くその槍をタコへ刺し、頭の中を突き抜ける。
槍はタコの頭を真っすぐ貫き、後頭部から天上院は現れる。
「ぶへっ、なんかよくわからない粘液まみれだよ」
「流石に頭の中を突き抜けるという考えは頭が悪かったのではないか主」
「反省してるよ、かっこいいかと思ったけど二度とやらない」
体についたよくわからないタコの粘液をロウターの浄化魔法で落としてもらいながらぼやく天上院。
浄化が終わり、ティーエスたちの元へ帰ろうとするが、
「キャーーー!」
遠くからティーエスの叫ぶ声が聞こえた。
「マズいかも、すぐに戻ってロウター!」
「しっかり捕まってろ主!」
大急ぎで戻った天上院の目には、追いかけてきた巨大タコの触手に捕まっているティーエスの姿があった。
「イヤァアアアアアア!」
「ティー!」
その体を触手に捕らわれ、宙吊りにされているティーエス。
普段ならエロいとか言っている天上院だが、ふざけている場合ではない。
しかしティーエスを助けようとしているのは天上院だけではなかった。
「ティー、今助けるぞ!」
「ワイ! 行っちゃダメ!」
ティーエスを巨大ダコから助けるため、タコに殴りかかろうとするワイゼルを止めるアレックスとリース。
「ティーを見捨てんのかよ!」
「違う!」
「じゃあ離せ馬鹿野郎!」
「俺らが行ったところで何ができる! 一緒に捕まってお陀仏だ!」
アレックスの言っていることは正しい。
彼らは所詮一般人でしかない。
ティーエスを助けに行ったところで彼らも巨大ダコの餌食になるだけだろう。
アレックスの判断は、とても『冷静』だ。
「……そうよ! 私のことはいいから早く逃げて!」
そう言ってティーエスはアレックス達に逃げるように叫ぶ。
その姿を見て、ワイゼルは数瞬迷った後、アレクに向き直る。
「おい、アレク」
「なんだよ、早く逃げるぞ!」
「テメエにゃガッカリだよ!」
そしてアレクを思いっ切りぶん殴ると、巨大ダコに向かって突撃していく。
「男にはなぁ!」
ワイゼルは巨大ダコに向かって走る。
彼は強力な槍を召喚できるわけでもない、伝説の生き物を従えているわけでもない、武術に優れているわけでもない。
「例えそれが原因で死んじまっても、貫かなきゃいけねえもんがあんだよ!」
「ワイ!」
ティーエスを捕まえている触手に、思いっ切り殴り掛かるワイゼル。
彼の名前を叫ぶリース。
しかし現実は非常だ。
いくら人が命懸けで挑んでも、叶わない時がある。
ワイゼルはティーエスを拘束する別の触手に殴られ、建物に向かって吹っ飛ばされた。
砂埃が上がる。
悲鳴を上げて駆け寄るリース。
呆然とその光景を見守るアレックス。
「例えそれが原因で死んでも、貫かなきゃいけないものがある」
やがて砂埃が晴れる。
「それは男だけじゃない、女だってそうだ」
視界が晴れると、そこにはワイゼルを壁にぶつかる直前で抱きかかえる全裸の女がいた。
その股間の槍は天に向かって光り輝く。
「私は何を迷っていたんだ、今更女性を口説くのに怖がることなんてなにもない」
完全変態モード、天上院弥子。
彼女の目は、なにかを取り戻した者の光が宿っていた。
「究極性技 真四十八手 其ノ四十六」
彼女は気絶しているワイゼルをそっと地面に置き、巨大ダコに向かって走る。
「〝キクイチモンジ″」
究極性技 真四十八手 其ノ十七 〝キクイチモンジ″
使用者が無手ならば手刀で、武器を持っているのならその切っ先にて敵を切る。
物事を断ち切るのに必要な斬撃は一つでいい。
〝キクイチモンジ″がそれを可能にする。
ティーエスを捕まえていた触手が、真っ二つに切り裂かれる。
ティーエスを取り落とし、口を大きく開ける巨大ダコ。
しかし口から叫びが上がることはなかった。
何故なら巨大ダコは既に、その体を二つにしていたのだから。
「つまらぬものを切ってしまった」
落ちてくるティーエスを抱きかかえ、天上院は決め顔でそう言った。
「ヤコちゃん……どうしたの? その姿」
「今まで隠しててごめんね、ティー」
海底都市ではあまりこの姿で戦う気はなかった。
何故なら天上院は現在ティーエスに監視されている身だから。
この姿を彼女に見せたら一発アウトだろうと判断していたのだ。
そして恐れたのだ。
ティーエスに嫌われるんじゃないかと。
「ヤコちゃん」
お姫様だっこをされているティーエスが天上院に声をかける。
その声にビクリと震える天上院。
そんな天上院の首に、ティーエスは優しく手を回す。
「助けてくれてありがと」
そしてティーエスは天上院の頬へその唇を近づけ……
その瞬間、天上院の身武一体が切れた。
「崖に妻と子供がぶら下がっていて、どっちか一人だけ男は助けることが出来るという問題がある」
「え、どうしたの。ヤコちゃん」
「この場合正しい回答は存在しない。その時優先すべき者を助けるというのが正しい答えだ」
「ヤ、ヤコちゃーん?」
「ではその優先すべき基準とは何か? これは何でもいい。その子供が高貴な者の嫡子だったり、母親が特別な才覚を持っていたり。それで取捨選択が行われた例は過去にも存在する」
「助けてみんな! ヤコちゃんがおかしいの!」
天上院の様子を見て、ティーエスがワイゼル達に助けを求める。
「だが、この問題の答えはほぼ出ている。子供を助けるのが大体において正解だ。何故か? 母親が子を助けるように主張するからだ。『愛』が基準でそう優先される」
そして天上院はティーエスを抱きかかえ、ワイゼル達に向かって歩き出した。
「お前達が選んだのは自分の命とティーだ」
―――――
その日以降、ティーエスたちのバンドは全く息が合わなくなってきた。
「おい、またかよ! これで何回目だ!」
「ティーは早すぎだしアレクは遅すぎよ!」
主にティーエスとアレックスが、恐ろしいほど噛み合わないのだ。
「ごめん……もう一回だけお願い」
「すまん……」
「ライブの予定日まであと一週間ちょっとだぞ、流石に勘弁してくれ」
「いくわよ」
しかし何度やっても彼らの波長は合わない。
「クソがっ! やってられっか」
「ワイ君!」
遂にワイゼルがスティックをドラムに叩きつけ、音楽室を出て行ってしまった。
「……今日は練習中止ね」
ティーがそれを見て悲しそうに目を伏せる。
「……ごめん」
アレックスがティーエスに向かって謝る。
軽いものではない。体を九十度に曲げ、頭を下げる本当の謝罪だ。
「……いいのよ、アレク」
ティーエスはギターをケースにしまい、音楽室を出ていく。
「気にしないで」
様子を椅子に座りながら静かに見守っていた天上院。
彼女は未だ顔を上げないアレックスを横目に、ゆっくりとティーエスを追って音楽室から出ていった。
「帰ろうか、ヤコちゃん」
天上院が音楽室を出ると、ティーエスがそう話しかけてきた。
「そうだね」
二人は送迎の車に乗り、ティーエスの家に向かった。
車の中で、無言の時が流れる。
ティーエスは膝の上で拳を握り締めているし、天上院は頬杖をついて窓の外を流れる夕暮れに照らされた景色を見つめている。
天上院はティーエスの様子に気付いている。
しかし何も言えない。何を言えばいいのかわからない。
「ヤコちゃん」
ティーエスが天上院に話しかけてきた。
頬杖をつくのをやめ、天上院はティーエスに目線を向ける。
「なに? ティーエス」
「ごめんね」
「なんで?」
「嫌なもの見せちゃって」
「ティーエスのせいじゃないじゃん」
ティーエスは拳をさらに握りしめる。
「ヤコちゃんは探し物をしにここへ来たんでしょ? なのに私ったら邪魔ばっかりしてる」
「気にしないでよ、私の探し物よりティーエスの人間関係のが大事でしょ」
そう天上院が言うと、車の中はまた静かになった。
しかし、天上院の隣からは小さな嗚咽が不規則に聞こえてくる。
天上院はティーエスに何もすることが出来なかった。
もし今、天上院の隣で泣いているのがティーエスじゃなくて、フィストだったら間違いなく抱きしめて涙を拭き取り、優しい言葉を掛けていただろう。
だが、天上院はティーエスに対して何もできなかった。
自分はティーエスの恋人でも何でもない、ただの『女友達』に過ぎない。
天上院は前世から、女性の友達より恋人の方が多かった。
だから『友達の女の子』に対してどのように接すればいいのかわからないのだ。
車は結局、そのまま家に着く。
家に着いてもティーエスは元気にならず、落ち込んだ表情で風呂へ入り、夕食を食べていた。
「のう、テンジョウイン殿」
そんなティーエスの様子を見て、ウミオーが食後に天上院へ話しかけてくる。
「ティーエスは襲われたことを、苦しんでいるのかね?」
静かな瞳でウミオーは天上院に問う。
ティーエスが巨大ダコに襲われた件について、ウミオーは事件の数分後には知っていた。
だが、天上院の手によって無事助けられたと聞き、今はなぜそのようなことが起こったのか調査している。
しかしティーエスの様子が明らかにおかしいので、まだ彼女がそのことを引き摺っているのかと思ったのだ。
そのウミオーの問いに対して、天上院は少し考えた後に答える。
「彼女は彼女の心を、まだ整理しきれてないんだと思います」
「そうか」
ウミオーは髭を手で弄びながら、虚空を見つめる。
そしてしばらくして後、再び天上院へ向き直る。
「今のティーエスにはワシの言葉よりも、友人であり事件に居合わせた君の声のが響くだろう。客人に心労をおかけするのは申し訳ないが、出来る限り彼女の傍にいて貰えるとありがたい」
「当然です、お任せください」
「すまんのう」
そのまま天上院はウミオーと別れて、就寝するためにティーエスの部屋へ向かう。
天上院がティーエスの部屋のドアを開けると、ベッドの上で体育座りをしているティーエスがいた。
「ヤコちゃん、抱っこしていい?」
体育座りをしたまま、ティーエスが天上院に聞いてくる。
「もちろんだよ、ティー」
天上院はベッドに入り、ティーエスを包むように抱きしめる。
「ありがと、ヤコちゃん」
ティーエスは体育座りを解いて、天上院をそっと抱きしめ返し、天上院の胸元に顔を押し込んだ。
そのまましばらく抱き合っていると、ティーエスから小さな寝息が聞こえてくる。
天上院はティーエスをそっと枕の上に寝かしつけ、そっと布団をかけた。
(今日はいっぱい謝られたな)
腕を頭の後ろで組みながらベッドの天蓋を見つめて、天上院はぼんやりと考える。
(謝られても、何もできないのに)
眠るティーエスの横顔を天上院はチラリと見た。
(私、どうすればよかったのかな)
静かに眠るティーエスの顔。
その顔は苦悶しており、安らかな眠りには見えない。
(私は、何か間違えたのかな)




