カッコイイけど遊ぶけど告白するけど
「以上で連絡を終わります、気を付けて帰ってください」
「起立、気を付け。礼!」
「「「ありがとうございました」」」
帰りのホームルームを終え、待ちに待った放課後だ。
「ヤコちゃん、行きましょ!」
「うん、どこに行くの?」
「専用の小さな音楽室があるから、そこに行って練習するの」
「普通の音楽室とは違うんだ?」
「音楽室はコーラス部が使ってるからねぇ」
私はティー達と一緒に音楽室に向かった。
ティー達が練習しているという音楽室は本当に小さい部屋で、防音設備があるだけといった風だった。
ティーは昨日彼女の部屋で見たギターを肩にかけて、早速チューニングを始めた。
「ギターいつの間に持ってきたの?」
「車のトランクに入れてたのよ」
「なるほどね」
重箱弁当もそんな感じだったのだろう。
ティー、アレク、ワイゼル、リース。
4人ともチューニングを終え、いよいよ始めるといった雰囲気である。
「いくぜ!」
ワイゼルがドラムスティックを4回打ち付けて鳴らし、人魚達の小さなコンサートが始まる。
肌に音が直接ぶつかるような感覚。
私達は生きている。
そんな風に彼らが叫んでいるかのように、私の体を突き抜けていく。
私は前世で好きなグループのコンサートに行ったことがある。
それはとても洗練された音で、心に染みわたるようだった。
彼らの音楽は、そんなものじゃない。
粗削りでたまに誰かが遅れてたり、早まっちゃったり。
音が小さすぎたり大きすぎたり、掻き消したり掻き消されたり。
そんな音楽だった。
やがて、演奏が終わる。
「どうだった? ヤコちゃん」
ギターを肩にかけたティーが、爽やかな笑顔で私に聞いてきた。
「とても激しいんだね」
「アハハッ、音の強弱とかイマイチ難しいのよね~」
「私はいいと思うよ。皆の想いが伝わってきた」
「ギャハハ! 嬉しい事いってくれんじゃねえか!」
ドラムをカッコよく鳴らしながらワイゼルは笑う。
みんなもお互いを見て微笑んでいた。
いいなぁ、青春って感じで。
「そういえばティーは歌ってくれないの?」
「あー、まだこの曲は歌付きで出来ないんだよね」
「別の曲なら出来るの?」
「勿論!」
「じゃあその曲リクエストしてもいいかな?」
「よっしゃ、いくぞティー!」
「ワイ、さっきの貴方テンポ早すぎよ。もっとゆっくりやって」
「おぉ、そいつは悪かった」
そして再び彼らのコンサートが始まった。
序奏の後、ティーがゆっくりと歌いだす。
体中が泡立つのを感じた。
私は間違いなく今、鳥肌になっている。
今回の曲を奏でる彼らは、さっきとはまるで違う。
主役はティーであると分かったうえで、みんなはその声を遠くまで届かせようと後押ししているかのようだ。
私は人魚の歌唱力を舐めていたのかもしれない。
彼女が今歌っている曲は、静かに己の胸に秘めた情熱を語る歌。
他の3人が楽器を鳴らしているのに、私の胸に届くのは彼女の歌声だけ。
その昔船乗りたちは人魚の歌を聴くと、船を漕ぐ手を止めて永遠に死ぬまでその歌声を聞いていたという。
ティーの歌声を聞いた私は、もしこのまま死ねるのならと思ってしまった。
どうか歌を歌うのを止めないでくれ、歌い続けてくれ。
魂に響く曲を聴きながら、そう願い続けた。
やがて演奏が終わる。
「どうだった? ヤコちゃん」
聞かれたのはさっきと同じ質問。
「いつまでも聞いていたかったよ。終わってしまって残念」
「俺達ライブに来てくれれば、またティーの歌が聞けるぞ!」
アレクが私にとても魅力的な提案をしてきた。
「へぇ、それはいつ頃なの?」
「今から丁度2週間後だな。学校近くのライブハウスでやる。チケットはティーから貰いな。特等席で見せてやるよ」
「あと2週間しかないのに、ティーは最初の曲を歌付きで弾けないのよ」
「もーーー! 頑張って練習するから許してよリース!」
「ギャハハ! ならやるぞ。時間が惜しい」
そう言って4人は再び最初の曲を練習し始めた。
誰かが間違える度にそこを皆で指摘したり、どうやったらそこを上手く出来るか練習したり。
皆で笑いながら練習を続ける。
私はそれを温かい気持ちで見守っていた。
それから私はティー達と共に学校へ通い続けた。
「そういやヤコってなんで海底都市に来てんだ?」
皆のバンドを見てから数日後の昼休み、ワイゼルが私に質問をしてきた。
「探し物をしに来たんだよ」
「へー、何を探してるんだ?」
「それは言えないんだよね、申し訳ないけど」
「おぉそうか。ヤコは学校に俺達と通ってるけど、その探し物の方は順調なのか?」
「ん~、かなり難しい状況なんだよね。手詰まりになりかけてるかもしれない」
嘘は言ってない。
事実ティーエスの攻略に天上院は相当梃子摺っている。
出会ってからこの日までの間、機会があればティーエスになんらかのアプローチを仕掛けている天上院なのだが、その結果は実に芳しくない。
一例をあげると。
「ティー、ほっぺにご飯粒がついてるよ」
「ん、ホント? どこら辺?」
「ちょっと待ってね」
そう言って天上院は顔を抑え、ティーエスの頬に軽く口付けをする。
そもそもティーエスのほっぺたにご飯粒など付いていない。
適当にでっち上げただけだった。
ご飯粒を取るだけにしては過剰すぎる反応。
これでちょっとでもティーエスが恥ずかしがってくれればいいと、思った天上院だったが。
「ん、取れたよ」
「ありがと~。ヤコちゃん、このデザート美味しいわよ。はい、あ~ん」
「……あ~ん」
このように全く脈ナシなのである。
おそらくティーエスは天上院を可愛い妹くらいにしか思っていない。
ド変態レズ女とはカケラも思ってないのだ。
「参ったなぁ……」
「本当に困ってる感じだな。俺にもなんか手伝えることあるか?」
「あー、ワイゼルとリースの馴れ初めってなんなの?」
「は、はぁ!? なんで今そんな話が関係あんだよ!」
「話したくないなら別にいいけど」
「いや、別にそういうわけじゃねえけどよぉ……」
そういう言ってワイゼルはリースとの出会いを語り始めた。
ワイゼルがこの学校に入学した時、隣の席に座っていたのがリースだったらしい。
リースを始めてみた時のワイゼルの印象は「近寄りがたいオーラを発した女の子」だったそうだ。
クラスの合同作業にも最低限しか参加せず、人との関わりを拒否するかのような彼女を見て、持ち前のキャラでクラスのまとめ役だったワイゼルは若干気になるところがあったらしい。
そんなある日だった。
既に仲が良かったティーとアレクにバンドを組まないかとワイゼルは誘われる。
特に楽器の演奏をしたことなどなかったワイゼルは、バンドを組むことに関しては了承したものの、何の楽器をすべきかわからなかった。
二人に相談したところ、初心者でも手を付けやすいと言われているらしいドラムがいいんじゃないかと言われる。
家に帰りネットでドラムを演奏する人の映像を見て、気に入ったワイゼルは自分もドラムを始めることを決意。
翌日、例の小さな音楽室にこの学校のOBが置いて行ったドラムがあると聞き早速練習してみようと向かったワイゼル。
すると、その音楽室からピアノの音が聞こえてくるではないか。
とても激しくて情熱的な曲だったという。
演奏が終わったころにワイゼルは扉を開けて部屋に入った。
その中にいたのがリースだったと言う。
「そんでその後キーボードを弾いてたリースと話してドラムを教えてもらうことになったんだが」
「わかった、ストップ、ストップ。別の話始まっちゃうから。この話は別に青春バンドの物語じゃないから」
ティーエス攻略の参考になればと興味本位で聞いた話が存外長くなったので、ストップを入れる天上院。
「なんだよ、お前から聞いてきたくせに」
「すまん、思ったより長かった」
「恋愛話なんてそんなもんだろ。ゆっくり時間をかけて愛を育んでいくのが普通だ」
「まぁ確かにねぇ……」
言われてみればワイゼルの言う通りかもしれない。
逆に何故私が今まで女の子を攻略する上であまり時間がかからなかったかを考える。
こう言うと傲慢に聞こえるかもしれないが、単純だ。
ほとんどの女の子が私に一目惚れをしてくれていたからだろう。
1、私の顔を見て、少し女の子は興味を湧く。
2、そして私のアプローチを見て意識してくれるようになる。
3、最後に私がここぞというタイミングで愛を囁く。
なんだろう、自分を冷静に見ると相当だなこれ。
よくこれで女の子攻略できたね、チョロインばっかかよ。
チョロイン通り越して私の体からなんかそういうフェロモン出てるとしか思えない。
そういうわけで、「元からアレクという好きな人がいるティー」は1の段階にすら入ってないのだろう。
まさに私はアウトオブ眼中ってやつだね。
いや、これは参った。
「告白したのはワイゼルからなの?」
「あぁ、こういうのって男が腹括ってやるべきだと思うし、思い切って想いを相手に伝えなきゃ『男友達』で終わっちまうと思ったからな」
なるほど、確かにそうだ。
私は現在ティーとの恋愛関係においてスタートラインにすら立っていない。
ティーに私の想いを伝えなければそこにすら立てないのだろう。
私もティーにとっては『女友達の一人』で終わってしまう。
そこから抜け出さなければならない。
「ありがとうワイゼル。いい話が聞けたよ」
「おう、なら良かったぜ。んで今度は別の話なんだが、今週末に皆でどっか遊びに行かねえか?」
「いいね、行きたい」
「ギャハハ! それでヤコの探し物の手がかりも見つかるといいんだがな!」
「あはは、楽しみにしておくよ」
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私はその滑らかな表面に指を滑らせ、数回撫でた後、穴の中にゆっくりと指を第一関節まで差し込む。
軽く指を動かして様子を見た後、それに胸を押し付ける。
大丈夫、力を込める必要はない。私は意識を集中し、そっと腕を後ろに引いた。
そしてゆっくりと前へそれを転がし……
「よっしゃストラーーーーーーイク!」
ピンをすべて薙ぎ倒した。
私は今、ティー達と共にアミューズメント施設に来ている。
「ヤコちゃん上手!」
「お前なんであんなゆっくりボール転がしてストライク取れるんだ?」
やっぱりボウリングはいいねぇ。
力を込めなくてもちゃんと転がってくれるし、全部倒した時の爽快感は最高だよ。
「チキショー、またガーターだ!」
「ワイは力込めすぎ、もっとゆっくりやって」
「そろそろ終了の時間ね」
「ボウリング場の制限時間って結構短いよねぇ」
全てのスコアが決まり、私たちは貸出道具を返却してボウリング場を出た。
次はカラオケに行こうという話になっている。
「トップバッターはティーで頼むわ」
「いいよ~、その次アレクね」
私も何か歌おうかなと思い、曲目機械に手を伸ばす。
そして自分の好きな曲を検索する。
おかしいな、出ない。結構有名な曲のはずなんだけどな。
「ん~?」
「どうしたんだ? ヤコ」
「いや、歌おうと思ってた曲が無くて」
「おー? どんだけマイナーな曲なんだよ。ここ一応最新設備だぞ」
「んー、結構有名なはずなんだけどな。まぁいいや、じゃあ別の曲にしよ」
そして私は別の曲を検索する。
しかし今度も出ない、なんでやねん。
しばらく何度か操作してて気付いた。
この世界地球じゃねえから私の知ってる曲とかあるはずないわ。
固まる私を見て、リースが声を掛けてくる。
「どうしたの? ヤコ。人間の曲も輸入してるはずだからあると思うけど」
「じ、実は……」
「え、ヤコって転移者だったの?」
いやぁ、この世界地球とほぼ変わらないというか地球より発達してるせいで異世界なこと完全に忘れてましたわ。
「だから知ってる曲が一つもないって状況でして」
「仕方ないわね、アカペラで歌うしかないわ」
「マジで言ってる?」
その後歌い終えたティーに事情を話して、今日はとりあえず盛り上げる役周りをすることにした。
人魚の歌とか皆滅茶苦茶上手いから寧ろこっちのが良かったって思う。
ティーはご存知の通り滅茶苦茶上手い。何歌っても95点くらい取ってた。
アレクは爽やかな曲歌うのが得意って感じ。
ワイゼルはもうロック系ばっかだったね、凄い低い声出してた。
リースはなんというか声がエロい。なんか耳元で直接囁いてんのかってくらいくすぐったい声出してた。
皆も私に気を使ってくれたのか、聞いてるだけでも楽しい曲を選んでくれた。
人魚達の歌声をいつまでも聞いていたかったが、カラオケもまた制限時間になってしまう。
「今日楽しかった~」
「またこうして皆で遊びたいな!」
「次回はヤコでも全力で参加できるようなもん探そうぜ」
「今日のカラオケも私凄い楽しかったよ?」
「気を使わなくていいのよ、ごめんなさいね」
謝ってくれるけど本当に楽しかったのだ。
人魚達のカラオケとかそのへんのライブよりずっと上手かったし幸せだった。
「あ、クレープ食べたいんだけどいいかな?」
ティーがそう言って近くの公園にある屋台を指さす。
「おーう、じゃあその辺のベンチで食うか」
「何がいい? 買ってくるけど」
「俺も行くぜ、皆は?」
「おう、じゃあ頼むわ。俺はチョコがいい、リースとヤコは?」
「ブルーベリー」
「私はストロベリー」
しばらくしてティーとアレクがお願いしたクレープを買ってきてくれた。
それを受け取って食べる。
うん、おいしい。生クリームがぼふってくる感じがいいよね。
甘酸っぱいイチゴもクリームと混ざって素敵だ。
「私のもあげるからヤコのもちょーだい」
「いいよ、はい」
ティーのカスタードのクレープと交換する。
ふむ、ティーが口を付けたところを重点的に食べますかね、このあたりか? よし。
「ヤコ、今日はどうだった?」
「楽しかったよ、また皆と遊びたいね」
「アハハッ! ヤコの探し物の手掛かりは見つかった?」
「あー、まぁぼちぼち?」
「そうなの? まぁちょっとでもヤコの為になったら良かったな~」
私の隣でベンチに座るティーは、そういって微笑む。
夕日に照らされながらニコニコとクレープを食べる彼女は、とても絵になっていた。
今、言うべきなのか。
彼女の好きな人であるアレクは今ワイゼル達と話している。
ここのベンチにはいない。
このタイミングでいいのか。
もうちょっといいタイミングがあるだろう。
公園でクレープ食べてるだけだぞ?
夕日でちょっと綺麗とはいえ、もうちょっと言うべきタイミングがあるだろ。
なに弱気になってるんだ私。
普段のキャラはどうした。海底都市に来てからなんかおかしいぞ、持ち前のアクティブさはどうした。
玉砕なんて今まで考えたことも無かったじゃないか、そんなにフられるのが怖いのか。
行け、天上院弥子。
『次の機会』なんて甘えたことを言うな。
どうせそこまで変わらない。
思いを伝えろ。
ティーにとっての『女友達』から抜け出せ。
「ティー」
「ん~? なぁにヤコちゃん」
彼女はクレープから口を離し、その美しい藍色の瞳を私に向ける。
緊張で息がつまりそうだ。
今までこんなことなかったのに。
「伝えたいことがある」
「……?」
きっと私は今、海底都市に来てから一番真剣な顔をしているのだろう。
私の様子がおかしいのを見て、怪訝そうな顔をするティー。
「私、本当は」
「魔獣が出たぞぉおおおおおおおおお!!!」
私の一大決心は、遠くから聞こえた大声に掻き消された。




