怪しいけど仲良さそうだけど楽しみだけど
「お昼を食べに行こう! ヤコちゃん」
体育が終わり、3時間目と4時間目も終了した後、ティーが私を誘ってくれた。
「お昼は食堂かい?」
「うん、私達はお弁当があるけどね」
お弁当。
実に懐かしい響きだ。
前世で椿ノ宮に通っていた時も私はお弁当だった。
重箱でお弁当持ってきてる子とかもいたなぁ……
いや、まぁ一般ピーポーな私のお弁当は普通のやつだったんだけどね。
お嬢様方からは「可愛らしいお弁当ですのね、どこの国で取り扱っている製品ですの?」
って聞かれた。日本です。
食堂に行くと、券売機に並んでいる人達が行列を作っている。
中学生時代は普通の学校に通っていたから、とても懐かしい光景に見えた。
私達はその辺の適当に空いている席に座る。
「はい、これが私達のお弁当よ」
そう言ってティーは大きな黒くて四角い箱、つまり重箱を出してきた。
ティー、君もそっちサイドの子だったか。
「えっと……大きくない?」
「そう? 私たち二人だしこれくらいが丁度いいでしょ。はい、お箸」
重箱の中にはタイの丸焼きや黒豆、栗きんとんなどが入っていた。
正月かよ。
「おっす、ティー。今日の弁当はやけにデカいな」
そう言って誰かがティーの隣の席に座る。
「アレクじゃない。丁度いいわ、この子が私の家で暮らしてる人間のヤコちゃんよ」
そう言ってティーはその人に私を紹介する。
やってきた男の子の頭には大きなヒレがあり、笑っている口元には白い歯がキラリと光っている。
「お、ヤコっていうのか、よろしくな」
「アレクさんでいいのかな? よろしくね」
「アレックス・ダインっていうのが本名だ。さん付けはいらねぇよ、アレクでいい」
「そう、アレクはティーとどんな関係なの?」
私がそう言うと、突然ティーの顔が赤面した。
「ど、どんな関係って……そ、その」
「俺とティーは幼馴染でバンド仲間だぜ」
……なんだろう。
なんとなく今ので私は二人の関係を察してしまったのだけれど。
もし二人が私の想像通りの関係なら私にとって非常に都合が悪い。
だから一応カマをかけてみる。
「あー、そうなの? てっきり私、二人は付き合ってるのかと思っちゃった」
「えぇっ!? いや、そんなことないわよ!?」
「あはは、ヤコは随分おもしれえこと言うんだな。俺なんかじゃティーと釣り合わねえよ」
確定である。
というか今どきここまでわかりやすいのもいないでしょ。
非常にマズイ。
何がまずいかってこの状況だとティーを私が手籠めに出来る可能性は限りなく0に近い。
「お、いつもの二人にヤコじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」
ワイゼルが丼を持って私の隣に座ってくる。
海鮮丼っぽい見た目をしている。
学校で海鮮丼があるのか、凄いな。流石人魚の学校。
「あ、ワイゼル君。ちょっと質問があるんだけど耳貸して?」
「ワイゼルでいいっつってんだろ。で、なんだよ」
耳を傾けてくれたワイゼルへ、二人に聞こえないように私は小さな声で言う。
「ティーってアレクのこと好きなの?」
「あぁ……うん」
私の発言にワイゼルは若干疲れたような顔をして言う。
「あぁそうだ……アレクは一切気付いてねえけどな」
「おん? 二人とも何話してんだ?」
「学校一可愛い子に好かれてるのにそれに気付かねえバカの話だ」
「学校一可愛い子~? ティーのことか?」
アレク……
なんだろう、一応私としてはティーの恋敵なわけだけど、ここまでアレだとちょっと……
「そ、そんな可愛いなんて……」
ほら~、ティーも恥ずかしがってんじゃーん。
青い彼女の体が茹でダコみたいになってんじゃーん。
ちょっと男子~。謝りなよ~。ティーちゃん恥ずかしがってんじゃんよ~。
「どうしたティー!? めっちゃ赤いぞ! 保健室連れてってやろうか!?」
「ふぇっ!? いや、大丈夫だから!」
真っ赤なティーの額に、アレクは手を当てる。
「なんか熱いぞ! 風邪でも引いてるんじゃねえか? やっぱ保健室に!」
「だ、大丈夫だって!」
「大丈夫じゃねえよ! 今すぐ連れてってやるからな!」
「や、やめっ。助けてワイゼル! ヤコちゃーーーーん!」
アレクはティーをお姫様抱っこして食堂から出て行った。
食堂中の視線を集めて。
「まーたあのアホ二人が騒いでるよ」
「アレで付き合ってないとか嘘だろ?」
「いつものことだろ、飯食わねえと冷めるぞ」
「そうだな」
どうやらいつもの光景らしい。
「ワイゼル……」
「なんだ、その……なんかすまんかったな」
「いや、ワイゼルは悪くないでしょ」
残された私達は諦めて各々のお昼を食べだす。
私は重箱弁当を、ワイゼルは海鮮丼のようなものを。
「んー、どうしよっかなぁ」
既に好きな異性がいる女の子を攻略する。
なんだろう、無理な気がしてきた。
残された私は、同じく残されたワイゼルと一緒にご飯を食べている。
「ワイゼルは二人とどんな関係なの?」
「俺はアイツラとバンド組んでるんだよ」
「あ、ワイゼルもメンバーなんだ?」
「既に二人から聞いてたのか。俺がドラムでアレクがベース。ティーがボーカル兼ギターだ」
「あれ、ピアノみたいなやつの役目の人は?」
「キーボードな。いるぞ、今度会ったときに紹介してやる」
なるほど。
これはまだ希望があるかもしれない。
「その子は女の子? 男の子?」
「女だぞ」
「ワイゼルの彼女だったりする?」
「ご名答」
「チッ」
「おいなんか舌打ち聞こえたぞ」
「このエロガッパがよぉ……」
「酷くね!? あと俺亀だから!」
なんで人魚の女の子は皆好きな子がいたり彼氏持ちだったりすんのかな~。
というかワイゼルって亀の人魚だったのね。
「ワイゼルって亀さんなの?」
「おう、この服脱いだら甲羅があるぞ。見るか?」
「いや、興味ないわ」
「ギャハハ、だろうな!」
気付けば昼休みの時間も残り少なくなってきてしまっていた。
ワイゼルはとっくに海鮮丼を食べ終えている。
重箱弁当は一向に少なくなりそうにない、困ったな。
「ワイゼル、ちょっとお弁当手伝ってくれない?」
「あぁ、お前一人でそれは辛そうだしな。いいぜ、物足りなかったところだ」
そう言ってワイゼルに重箱弁当を渡すと瞬く間に平らげてくれた。
男の子の胃袋ってどうなってんの? 凄いわ。
「どうせアイツラ保健室からそのまま教室戻るだろ。俺らも行こうぜ」
「うん」
私は重箱を片付け、ワイゼルは丼を返却口に返しに行った。
「んじゃ行くか」
「そうだね」
「ワイの浮気者」
「ん? うぉおおおおお!」
私の隣を歩いていたワイゼルが突然ひっくり返った。
ジャーマンスープレックスって言うんだっけ。
大きな体のワイゼルを軽く持ち上げるなんてすごいな。
「貴女誰? 泥棒猫」
技を決めたその子は地面に頭から埋まっているワイゼルを無視して私に話しかけてきた。
その子の体は薄い紫色で、体中から小さな光を放っている。
「あー、落ち着いてお嬢さん。君は何か勘違いをしている」
「してない。貴女とワイが一緒にご飯食べてるの私見たもの」
見てたのか……話しかけてくれれば良かったのに。
「君って多分ワイゼルの彼女でしょ?」
「そうよ、泥棒猫」
やっべ、呼び方が泥棒猫になってんよ。
「ワイゼル君私と話してるときずっと貴女の事惚気てたよ。俺の彼女は世界一可愛いって」
「本当?」
「うんホントホント」
そう言うとその子は埋まって動けないワイゼルを引き抜き、ワイゼルのほっぺたを思いっきり抓った。
「痛ぇ!」
「ワイ、私は可愛いじゃなくて綺麗って言ってって私言ったよね?」
「なんの話だリース!」
「ワイが私のことを可愛いって言ってたってあの子が言ってた」
「とりあえず抓るのをやめろ!」
「なんで? 私は綺麗って言ってって普段から言ってるよね?」
「なんかよくわからんけどすまんかったって! 痛い痛い痛い!」
なんだろう、なんかワイゼルに非常に申し訳ないことをした。
変な子だなぁ。リースちゃんだっけ?
彼女がワイゼルの彼女でキーボードの子なんだろう。
しばらくしてやっとお許しがもらえたのか、ワイゼルはリースちゃんの抓り地獄から解放されて起き上がった。
「ひどい目にあったぜ……」
「その子がさっきワイゼルが言ってた彼女さん?」
「あぁ、こいつが俺の彼女のリースだ。綺麗な子だろ?」
「勘違いしちゃったみたいね、ごめんなさい。私ワイの彼女のリース・ヴェムです」
「今日からしばらくティーエスさんの家でご厄介になる、ヤコ・テンジョウインです。よろしく」
「あぁ、貴女が人間の……」
冷静さを取り戻したリースさんは、私に謝ってきた。
うん、美少女のしたことだからね。許すよ。
「じゃ、教室まで帰るか」
「そうだね」
「うん」
一段落ついたところでワイゼルたちと共に教室へ向かうと、ティーとアレクは既に戻っていた。
「ごめんね、ヤコ。お弁当持ってこさせちゃって」
「あぁそうそう。皆スマホ持ってる? 連絡先教えてくれない?」
さっきお弁当持っていこうか? ってティーにスマホで聞こうとしたら、まだ皆の連絡先を登録していないことに気付いた。
「そういえばまだ登録してなかったわね、勿論。しましょ」
「ワイは浮気するから駄目」
「なんでだよ!?」
「あはは、相変わらずお前らおもしれ~な!」
こうして私は4人の連絡先を手に入れた。
フィストも入れて、私のスマホに登録してある連絡先は5つだ。
そういえばビッケさんと連絡先交換するの忘れちゃってたな、今度フィストに聞こう。
「あ、ヤコちゃん。今日の放課後、バンドの練習するんだけど見にくる?」
「いいの? 行きたいな」
椿ノ宮は音楽会とかあっても、バンドとかはなかったからとても見てみたい。
「ティーの歌はうめえぞ~。女のヤコでも惚れちまうかもな!」
「へぇ、楽しみだな」
もう私はティーにメロメロなんだけどね。
っていう冗談はさておき、ティーが歌うというのはとても楽しみだ。
人魚は船乗りを歌で惑わせると前世で聞いたことがあるしね。
5時間目の授業が始まったが、私は放課後のことで頭がいっぱいだった。




