どんなに歯車が小さくても
本来は舗装されているはずの道路が異様な形に崩れ、ガラスの破片や木片が飛び散り、それを押し流すような豪雨の中で必死に足を進めていく。
大丈夫だ、二人のいる位置はなんとなく分かる。
アイディールが持っていた天秤が、主の居場所を必死に伝えるかのように光を放っているのだ。
暴風に時折体を持っていかれそうになりながらも、どうにか私はアイディールとパンサのいる場所へと辿り着いた。
体力を消費しきってしまったであろうアイディールは、地べたにうつぶせで倒れており、その顔は泥に汚れ、服は豪雨で濡れ切っていた。
パンサは元々ではあるのだが、やはりこちらも飛んできた破片や泥に塗れて酷い有様だ。
「きったないわねぇ」
魔大陸を飛び出してから、殆ど気にしたことなど無かったが、仮にも魔族の姫の一人、サキュバス・プリンセスである私が、何故こんなに疲れることをしなければいけないのか。
今日がいつもと変わらない日であれば、バーにやってきたいい男を相手に酒でも飲んで、サキュバスらしく楽しいコトでもしているのに。
ふとそんな現実逃避の思考が頭を過ぎり、思わずため息をついてしまう。
そしてそのせいで下を向いた私は、そういえば自分の服も二人と変わらず、随分と汚れていることに気付いた。
鉄の女と言われ、中央王都の防衛指揮を一手に担い、暴走する女神イーリスの動きを封じ込めたアイディールと、トレボールの総大将にして今回の戦いの引き起こしたゼロを討ち取ったパンサ。
そして今も戦っているであろう、フィスト達。
それに引き換え自分はどうだ、何をした?
戦艦トレボールにフィストと乗り込み、ヤコさん達を救出したのはいいが、戦闘には殆ど入り込めなかった体たらく。
「う、ぐ」
アイディールが意識を取り戻したようだ、かといって、体力が戻ったわけではないだろう。
彼女の強すぎる使命感が、まだここで倒れることを許さなかったのかもしれない。
「ビッ、けさん」
「なに? 疲れたのなら避難場所まで運ぶから寝てなさい」
それでもアイディールはその右手を必死に動かし、ぺたん、と彼女の額に置いた。
「王都の治安維持に、ご協力頂き、ありがとう、ございます」
それだけ言い終わると糸が切れたかのように再び目を閉じ、気絶するように眠った。
少し呆けた後、何故だか体中に力が湧いてくるのを感じた私は、そのままアイディールを背負い、左手で支えた後に、未だ動く気配のないパンサを右手で掴む。
先程までは全く動かすこともできなかった翼が、力強く羽ばたく。
二人を抱えた私はそのまま飛び上がり、暴風雨の中を真っ直ぐに突き進んだ。




