女神の目覚め
イーリスの動きは完全に止まった。
しかしここで集中力を切らす訳にはいかない。
その巨体と違い、イーリスの心はか細い蜘蛛の糸のようなものだ。
ほんの少し、触れ方を間違えてしまえば砕けてしまう。
そうすれば二度と帰ってこない、あとは廃人となった肉体だけが残り、朽ちるのを待つだけだ。
離れたところで天秤を掲げてこちらを見ているであろうアイディールも、正念場だということを知ってか一切言葉を発することはない。
彼女も度重なる戦闘の連続で限界のはずだ。
「…………」
イーリスは完全に沈黙を保っている。
だが確かな手ごたえを私は感じていた。
口付けを通して伝わってくるのだ、彼女の確かな魂の鼓動が。
小さな心の光がゆっくりと暗闇を照らすように、少しずつ、少しずつ輝きを増していく。
か細い心の糸は、やがて光の柱のように確固たる感情を持ち、周囲の闇を振り払う。
そして少しずつ揺れ始め、虚無の世界が色付き始めた。
七色に輝きと共に、心だけでなくその全身が光に包まれる。
イーリスの巨体を七色の輝きが包むと、その姿は少しずつ小さくなり、やがて私たちと変わらない大きさへと変化した。
「ぐっ……」
明らかな変化を確認して緊張が途切れたのか、アイディールが膝から崩れ落ちる。
よく耐えてくれたと思う、だが本当に正し自我を取り戻しているかが判るのはここからだ。
感情を取り戻したのは間違いないが、一度破壊された心が再び同じ心に戻るかは分からない。
七色の光はオーラとなり、後光となって美しい女神を照らし出す。
「勇敢なる魔の者よ」
女神が目を見開くと共に、唇がゆっくりと開かれる。
その左目は、鮮やかな七色に輝いていた。
「貴女達の働きにより、私は再びこの世界を治める女神としての心を取り戻すことができました」
周囲には瓦礫が散らばり、空は雷鳴が轟き、激しく雨が降り注ぐ中で、彼女のいる場所は希望の光に溢れているように感じた。
その圧倒的な雰囲気を纏わせた女神イーリスは、ゆっくりと混沌の中心へと振り向き、歩を進める。
「本来であれば、その働きに対して褒美を差し上げるところですが、残念ながら時間がありません」
そして背中に虹の翼を生やすと、そのまま空へと飛びあがった。
これからどうなるかなんて理解できないが、確かに状況が変わったことを確信した私は、疲労で殆ど動かない頭を押さえながら、倒れ伏せたアイディールと動かないパンサの下へと歩いていく。
ここは危険だ、二人を出来るだけ安全な場所に移動させなければ。
それが私に残された役目だと使命感に近い気持ちで感じながら、重たい足を必死に動かした。
半年以上も更新できずに申し訳ありませんでした。
今度こそ完結までノンストップで行きたいです。




