高貴なる者の義務
これ以上貴様にエンジュランドを壊させやしない。
なんだその欠伸のような噛みつきは、遅い、遅すぎるぞ。
わざわざ待ってやる義理も無い。私はフェンリルの首元に潜りこみ、思いっきり噛みついた。
これが骨をも砕くハイエナの噛み付きだ。貴様の温いものとは一味違うぞ。
顎の力が薬により強化されているのを感じるものの、首元に生える毛皮の厚さで全く歯が通らない。
フェンリルの全身を覆う毛皮がそれ自体が装甲のような固さを誇っており、先程から砲撃を続けているものの毛先が少し焦げているように見えるだけでダメージが入っているように見えない。
対格差はいかんともしがたく、フェンリルは私を振り払おうと暴れているが、別に痛みを感じているわけでは無さそうだ。
仕方ない、作戦を変えよう。
毛皮で覆われたところにダメージが通らないのであれば、毛皮のない所を狙うしかない。
つまり、顔だ。
勝算もないわけではない。
確かにフェンリルの素早さと牙は脅威だが、先程首元に潜り込んだ時、ヤツの左目---私が先程撃ち抜いた目の方向へ転がるように移動した時、自らの攻撃が避けられたことには気付いたようだが、死角になったようで私がどこに行ったかを明らかに見失っていた。
つまり、左目の方向から襲い掛かるように意識すれば必ずその顔に一撃を与えるチャンスはやってくる。
心配なのは薬のタイムリミットだ。
出来る出来ないは最早関係ない、四肢が食いちぎられようとも取り返しのつかない一撃をフェンリルに与えてやる。
しかし、脳が焼け付くような、時折視界が朦朧とするようにブレるのもまた現実。
「貴様に受けきれるかな?」
私はフェンリルの首元から口を離し、左目方向に転がる。
すぐさま追撃の爪が襲ってくるが問題にならない。
先程はその音速とも思える速さの攻撃を対処するのは不可能に近かったが、今の私はお前よりも早い。
さぁ、貴様を叩き伏せてくれようか。
私は立ち上がって足に力を込め、未だ私がいると勘違いして爪を滑稽にも振り回し続けるフェンリルの顔元へと飛び掛からんとした。
が、その足がふらついてしまう。
バカな、いくら大量に摂取したとはいえ、こんなにも早く効き目が終わってしまうのか?
相手は伝説の魔物。たかが薬で強化した程度の木っ端が見せた隙を、例え片目が潰れてようと見抜くのは十分だ。
私がふらついているのに気付いたフェンリルは、その鋭い爪が生えた巨木のような腕を振り下ろす。
せめてその爪だけでも折ってやろう。
そう思って迫りくる爪を両手を挙げて待ち構える私の視界に、真っ白なコートと共に閃く美しい銀の光が舞った。




