サタンの独白 下
悲願を叶え、満足そうな笑みを浮かべるサタン。
死ぬことにしか喜びを見出せなくなるというのは、一体どういう気持ちなのだろうか。
最期の言葉を看取りながら、少し感慨深い気持ちになっていた私だが、そのしんみりとした空気は続くサタンの一言でぶち壊された。
「人生最後に最高の女を抱いて、しかもそれが弟子の彼女だと言うんじゃから最高の背徳愛じゃったのぅ」
やっぱこのクソ師匠今すぐ殺すか。
辞世の句くらい詠ませてあげようかくらいに思ってたけど、もうこれ以上余計な事を言う前に息の根を止めた方がいい。
なんだろう、コイツさも退屈な人生だったみたいな感じで話してたけど、正直やりたい放題やり尽くしてやること無くなっただけな気がして来た。
そう考えると同情の余地とか一つも無いな。
「待て、そう恐ろしい顔をするな」
「口は災いの元よ師匠様」
「放っとけばもうすぐ死ぬんじゃからワシ、いや待って」
待たない。
サタンの胸に刺さっていたナイフを引き抜き、それを再びサタンの顔に向けて振り下ろしたが、全力で顔を動かして避けられた。
コイツ心臓に大穴空いてるくせしやがって動けるじゃんやっぱ怪しいわ。
「弟子よ、話をしよう」
「幻術使いの無駄話には気を付けろって言ってたわよね」
「確かにそれは言ったのぉ!」
本当に、本当に今から死ぬとは思えないほど元気な人だ。
「ねぇ」
「お、許してくれる気になったのか?」
やっぱチョロいのぉ。などと憎まれ口を叩くサタンに、私は疑問をぶつけた。
「死ぬのが怖くないの?」
私の質問に、サタンはやはりその人を食ったような笑みを崩さない。
自分より強い者と出会いたい、それは自分の力が強大過ぎたせいで、女神イーリスに封印されたということに起因するのだろう。
でも、それは別に死ぬことを歓迎する理由にはならないはずだ。
「いいか、フィスト。形あるものは必ず滅びるのだ」
それは自分の命しかり、この世界しかり。
そしてガンホリの計画しかり。
「しかもそこの導き手とやらは、死んでこの世界に来たのじゃろう?」
サタンはヤコを指差す。
ならここで死んだところで、来世があるということだ。
次はこんな強力な力など持っていないかもしれないし、虫けらになってしまうかもしれない。
良い事も悪い事も沢山したから天国に行くかもしれないし、地獄に落ちるかもしれない。
でもまぁいいじゃないか、今生でやることは全てやったのだから!
「この世に永遠があるとするなら、ワシが今この時代を生きたという事実だけじゃよ」
その言葉を最後に、サタンの身体が光の泡となっていく。
本当に、言いたいことも全て言って死んでいった。
後悔なんて一つもない人生だったと、その風格だけで伝わる。
掻き消えた後に残ったのは、まるで忘れ形見のように残るナイフだけ。
魔法の力なんて何も残っていない、ただ少し丈夫なだけのナイフ。
私は少し迷った後に、それを拾って持っていくことにした。
ヤコはナイフを腰に差した私へ笑って頷いた後、手を伸ばした。
私は迷うことなくその手を掴み、再びヤコと一つになった。




