虚無状態
いや、あくまでもこれは想像に過ぎない。
全く見当違いな妄想であって欲しいが、しかしアイディールの攻撃を食らい続けても全く意に介した様子を見せない。
アイディールが満身創痍で全力が出せないというのもあるだろう。
効いていないというわけではないのだ、事実ダメージが入っているようには見える。
しかし攻撃が当たった場所がぼんやりと光ると、傷が跡形も無くなっているのだ。
「再生能力?」
少なくとも並みの生物ではない。
女神イーリスと決まったわけでは無いが、相応に強力な化け物。
仕方ない、腹を括ろう。
「アイディール!」
「なんですか、私は絶対に退きませんよ」
「違うわよ!」
最早あの女を説得することなど諦めた。
どこまでやれるかなど分かりはしないが、どうせヤコ達がゼロやエクスト王に負ければロクなことにはならないだろう。
だったら彼女達の勝利を信じながら、私もここで化け物を一匹討伐するくらいしてもバチは当たらないはずだ。
それに勝算が無い訳じゃない。
「出来るだけ化け物を動けなくさせて!」
見た所あの化け物……この際イーリスと呼ぼう。
イーリスは恐らく自我で行動をしていない。
あの状態は見た事がある。洗脳の最終段階、虚無状態と呼ばれるものであろう。
洗脳との違いは、自我の有無だ。
洗脳は自我があるが、限りなく薄い。
それに対して虚無状態は自我がゼロなのである。
洗脳状態の人に対して命令を行うと、その人物は自分がやっていることに対して自覚をしているし、なんらかの感情の揺れ動きはある。
一方虚無状態に関しては、自分の行いに自覚も感情も無くなる。
生物的な活動以外、それも呼吸や排せつなどの一部を除いて何も自らの意志で行わなくなるので、非常に危険な状態でもあるのだ。
なんせ空腹にも関わらず、食事すら行わない。
通常あまりにも長期間洗脳され続けた者だけがなる状態なのだが、一体何故虚無状態になってしまったのか。
虚無状態は数ある洗脳の種類の中でも最高クラスで解除するのが難しい。
通常の洗脳解除に加え、その前に感情を大きく動かすショックを与える必要があるのだ。
というか解除されたとしても精神的なショックは酷く心に残るので、性格が歪んでしまったりすることも多い。
「でも、やってやるわよ」
去り際に見えた友の背中。
昔はよく悪友として遊んだが、大人になっても各地を放浪する彼女を見て私は頭を抱えていた。
しかし私が逃げた脅威に立ち向かったその姿に、どこか置いて行かれたような気がしたのだ。
「フィスト如きに負けてたまるもんですか!」




