誑惑
フィストの想いが、サタンに作られた偽物?
嘘だ、そんなはずはない。
誰よりも私が信じている。彼女の想いが、そんな偽物であろうはずがない。
確かに、彼女との出会いはかなり特殊なものだった。
だけど、そこから二人で愛し合った時間は紛れもない本物だ。
そう思っているのは、私だけなのだろうか。
お願い、否定して。フィスト。
この気持ちを目の前の彼女に伝えようとしたが、サタンの指が私の開いた口の中に突っ込まれた。
くそ、こんなもの。
噛み千切ってやるとばかりに歯を立てるが、サタンは全く意に介さないとでもいうように、指先で私の舌先を挟んで持て余してくる。
「ほっほ、愛する女を弄ばれて悔しいか? それとも自分の恋心が弄ばれて悔しいか?」
うるさい、うるさい。
邪魔をするな、お前に愛の何が分かる。恋心の何が分かる。
こんな性根の狂った事を考える奴が、愛を知ってるはずがない。
他人の手で簡単に作れるようなら、恋が面白いはずがない。
どうなるかなんて誰にも分からないから心が沸き立つんだ、ドキドキするんだ。
一緒に居られる安心も、目が合った時の動揺も、キスした時の感激も。
何百、何千年と生きていようが、世界を超えて生まれ変わろうが、この気持ちに飽きることはない。理解する日は絶対に来ない。
そんな事も理解出来ずに、恋を作った?
ほざくな愚劣。
サタンは私の口を塞いでいる手はそのままに、もう一方の手で私の身体をフィストに見せ付けるように弄り始めた。
触るな、悪寒がする。
確かにお前の顔はいい、絶世の美女と形容するに相応しいかもしれない。
だが余りに心が汚い、醜悪という言葉すら生温い。
無い方がマシというレベルを超えて、存在するのが間違いだ。
フィストが私を見ている。
サタンの指を避けるために身を捩りながら伺ったその表情は、どこか迷うように曇っていた。
嫌だ、どうして。
「愛してくれなくても、愛せればいい。口ではそう言っても、心は貪欲に求めてしまう」
黙れ。
今はフィストが喋ろうとしているんだ。
お前の声なんて聞こえなくていい、耳が腐る。
あぁ、ほら。彼女の口が漸く動いたじゃないか。
何度も重ね合わせた唇で。
「ごめ--ヤ-。-、---好---な---い」
よく聞こえなかった。
なんてことだ、折角フィストが私への愛を伝えてくれたのに。
まさか本当に耳が腐ってしまったのだろうか。
フィストはそんな私へ、もう一度言ってくれた。
「ごめん、ヤコ。私、貴女が好きじゃないみたい」




