傀神
「え、なんで」
折角ここまで逃げて来たのに。
先程まで彼女は、トレボールという恐ろしい国の王を相手に戦い、ボロボロにされていた。
そして彼女が戻ろうとしているのは、その怪物とエクスト王が協力して暴れている地獄だ。
一体どんな使命感が、彼女をそこまでさせるのだろうか。
「私は中央王都の防衛、警察を全て統括する地位にいます」
治安委員の最高位、裁断者アイディール。
本来ならば熟練の軍事責任者が更に法務経験を積んだ場合にのみ許される地位。
それをまだ年若い彼女が抜擢されたのは、フリジディ王女によりその才能が認められたからに他ならない。
本来ならば彼女のような若輩者がなれるような地位ではないのだ。
当然、任命された時には批判の声もあった。
「地位には責任が求められ、責任には行動が求められる」
小さく呟いた彼女の背中は、少しだけ震えているように見えた。
フリジディ王女は絶対的な権力を持つ代わりに、中央王都が危機に陥った場合は本人の拒否権なく動員され、国を守ることが義務とされている。
アイディールが言う責任とは、恐らくそのことを言っているのだろう。
「貴女ボロボロじゃない、戻っても役に立たないでしょ」
「それでもゼロが振るう拳を私が受け止めれば、民間人が避難する時間を1秒くらいなら稼げます」
考え方が狂人過ぎる。
鉄の女という二つ名にふさわしく、頭の固さまで鋼鉄級なのだろうか。
どうにか彼女を引き留める言葉を考えたが、全く思いつかない。
力尽くで押さえつけることは出来るが、抵抗されるのを引き摺ってまで逃げるのは流石に難しい。
しかし私が何を言うまでもなく、状況が彼女の足を引き留めた。
突然空が暗雲に包まれ、雷が落ちたかと思えば地面が揺れる。
まさに天変地異と言うべき変化に、私とアイディールは立っていられずに倒れ込む。
「なによこれ!?」
「この世の終わり、って感じですね」
更に地揺れは大きくなる。
いや、それどころではない。
私達の目の前、ヤコ達がいる砦との間にある地面が大きく盛り上がった。
そしてそこから伸びあがる巨塔。
「え……?」
いや、よく見ればそれは塔などではない。
全身に鎖が巻き付いた、巨大な人影。
美しかったであろう衣はボロボロに引き裂かれ、無残な傷跡が全身に刻まれている。
閉じられた目がゆっくりと開かれると、人ならざる威光が放たれた。
「オ、オォ……」
巨大な人影は巻き付いた鎖に操られるマリオネットのように、ゆっくりと動き出した。




