愛していますわ天上院様
私はロッカーから刀を引き抜きます。
あの方の血がべったり付いていました。
私はそれを暫く見つめた後、舐めとります。
あの方の味。いつまでも楽しんでいたいですが、そうもいきません。
私は指を鳴らします。
「お呼びでしょうか、姫子お嬢様」
「このロッカーを清宮の地下室まで運んで。あと代わりのロッカーも」
椿ノ宮のロッカーは全て我が社が作ったものです。だから代用品も用意出来ます。
あの方の体が地下室へと運ばれました。
湯浴みをして身を清めた後、清宮に代々伝わる正装に身を包み、家宝の刀を持って私もそこへ向かいます。
この地下室は外から入る場合でも、中から入る場合でも鍵が必要です。
私は部屋に入った後、持ってきたはんだごてで更に鍵穴を溶かしました。
これで誰も、この部屋に出入りすることは出来ません。無論、私も。
「お待たせしました、天上院様」
天上院様はロッカーから出され、色とりどりたくさんの花に包まれながら、美しい純白の棺にいらっしゃいました。
気を利かせたメイドが移して下さったのでしょう、本当に有能です、感謝しなければ。
「今、私もそちらに参りますね」
私は天上院様を貫いた刀を自分の胸に向け
「愛してます、天上院様」
我が身を貫きました。
「おーい、おーい」
誰かが私を呼ぶ声がします。
「清宮姫子ちゃーん」
なんでしょう、頭がクラクラします。
「早く起きてくれないとチューしちゃうよ?」
いけません。私の唇は天上院様だけのものです。
頭痛を堪え、どうにか起き上がります。
「お〜。起きた起きた」
「貴方……どなたですか?」
私の目の前には、真っ暗な空間にフワフワと浮く、背中に黒い翼、頭に小さな角を生やした誰かがいました。
「おはよう。清宮姫子さん、僕は名前なんて特にないんだ。悪魔さんって呼んで?」
「悪魔……さん?」
「そうそう。僕は君を地獄に案内しにきたんだ」
その言葉を聞いて、私はどこか、諦めに似た感情を覚えました。
「地獄……ですか」
「そうそう、鬼に目玉を抉られ、全身を炎で焼かれて串刺しにされる、あの地獄」
わかっています。
この世の何より愛する人を殺したのです、地獄行きなんて当然でしょう。
「そうですか、わかりました。案内をよろしくお願いします」
意外にも、私はあっさりソレを受け入れました。
子供の頃は「悪い事をしたら地獄行きだよ」というか大人の脅しに泣いていた私なのに、いざそうなってみると冷静な私がいます。
「ふふふ」
そんな私を見て、悪魔さんは笑います。
愚かな人間を見て嘲笑う、という類の嗤いではありません。心から楽しそうに笑っていました。
「ねぇ、本当にそれでいいの?」
悪魔さんは聞いてきました。
「天上院弥子に、もう一度会いたくない?」
私はその言葉を聞いて、もう無いはずの心臓が、ドクンと高鳴るのを感じます。
「……会えるのですか?」
「私は悪魔だからね。で、どうする?」
「でしたら、お願いします。会わせてください」
悪魔さんのその言葉に、私は頷きました。
その言葉に悪魔さんは笑みを深めます。
「いいよ、会わせてあげる。ただしその前に2つ、お話がある」
「2つ……?」
「うん、いい話と悪い話。どっちから先がいい?」
「……悪い話からお願いします」
「おっけー、まず天上院弥子に会った後、君には最上級の地獄に行ってもらう」
願いの対価、最上級の地獄。
どんなところなのでしょうか、想像もつきません。
それはそれは恐ろしいところなのでしょう。
しかし、もう一度天上院様とお話しできる機会が貰えるならば……辛くはありません。
「わかりました、次の話をお願いします」
「ふふっ、そしてもう一つ。君にはもう一度人生を過ごしてもらいます」
「……生まれ変わる、ということですか?」
「んー、ちょっと違うかな。肉体は今現在そのままだし」
「それが天上院様に会うことと何の関係が?」
「いい質問だね。実は天上院弥子さんは、君に殺された後『混合世界』に転移してるんだ」
混合世界、転移。
聞きなれない単語が聞こえました。
「よくわかりませんが、混合世界というところに、天上院様がいるんですね?」
「そうそう、だから君も彼女を追いかけて、混合世界に転移してもらうよ」
「わかりました。では早速、よろしくお願いします」
「気が早いってば」
悪魔さんはそう言った後、暗闇から一つの冊子を取り出します。
「えーっと、天上院弥子が取得したスキルがペガサスとグングニルと……美少女感知センサーと究極性技 真四十八手? 何取ってんだコイツ。まぁいいや、姫子ちゃんの業ポイントが2500だから……」
悪魔さんはブツブツ言いながらその冊子を見つめています。
「よし、じゃあ姫子ちゃんには召喚術ーケルベロスーと神鎖グレイプニル、あと天上院弥子感知センサーと究極性技 “裏″四十八手をあげよう」
しばらくすると、悪魔さんは私に微笑んでそう言いました。
「えっと……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。あっちに着いてから僕が色々教えてあげるから。あとちょっと痛いから我慢してね〜」
そう言うと悪魔さんは私に近付き、私の顔にそっと手を当てた後、私の左目に口付けをしました。
瞬間、駆け巡る激痛。
「ァアアアアアアア!」
「んー」
痛みに身を揺さぶる私を、万力のように悪魔さんはその両手で抑えつけます。
「よし、おーわり! 頑張ったね」
その痛みは、悪魔さんが私の目から口を離すと、唐突に終わりました。
「これで君は混合世界に転移しても、いつでも僕と連絡が取れる」
「……よくわかりませんが、ありがとうございます」
「あはは、お礼はいいよ。君の左目、美味しかったし」
その言葉に、私は思わず左目を抑えます。
「ふふっ、あっちに着いたら鏡で確認するといいよ」
その言葉を最後に、私の意識は遠のいていきました。




