フェンリル
エンジュランドにてドレッドの暴走を止めようとして失敗したボーズ。
ガラードの厳命により必死な救命が為された彼は王宮にてどうにか意識を取り戻した。
「くっそ、あの馬鹿女……」
未だに少しぼんやりとする頭で、必死に思考を巡らせる。
ドレッドに扇動された獣人の数は相当数いる。
しかもタチの悪いことに民間人だけでなく、王国を守護する兵士達まで巻き込んでいる始末。
正直こんな場所で寝ている暇はない。早く残った人員がどれ程いるのか数えなくては。
過半数以上がドレッドに付いている場合、下手をすればこちら側がクーデターされる可能性もある。
看護師から「治療は完了したが、あまり激しい運動はするな」という注意を受けた私は、ベッドから立ち上がって自らの執務室へ向かう。
案の定大量の抗議文が山積みで届いていた。
これをすべて処理するのかと頭が痛くなるが、クレーム処理より先にやらなければならないことがある。
私は兵士の管理を担当している部下に連絡し、先程の事件でどれくらいの損失が出たのかを訪ねた。
聞いたところによると、懸念したよりも被害が多い。
それもそうだ、最近ドレッドが突然心を入れ替えたように行動し始めたのは主に王宮内でのことだ。
王宮内には兵士達の軍事演習場があり、最近のドレッドは足繫くそこに通っていた。
つまり兵士達を中心として活動していたのであり、扇動されたのは民間人よりも兵士達だろう。
聞けば一回でもドレッドの訓練を受けたことがある兵士は軒並み同調したようだ。
しかし悪いこととは重なるらしい。
部下とこれからの対策について話し合っていると、外から凄まじい爆音が聞こえた。
早速ドレッドがクーデターを仕掛けて来たかと驚いて窓を開け、私は思わず声を失う。
一瞬精霊山と見間違えたかと私は思った。
だがそれは間違いなく生き物だった。
息を呑むほど美しい銀の体毛に対して、人を呪い殺すかのように充血した赤い目。
そして口から覗く恐ろしい牙。
「フェンリル、だと?」
エンジュランドに住む獣人達なら誰もが知る怪物。
数々の物語に出てくる最強の獣。
山の様に巨大な体躯を持ちながら、一駆けで大陸を渡る俊足を持ち、その牙で海を切り裂く。
物語では神様が倒してくれるのだが、この世界に神はいるのだろうか。
人々の悲鳴が聞こえる。
私だって叫びたい、あんな化け物に勝てる訳がない。
震えながら腰元へと手を伸ばすが、いくら探してもそこにあるはずの物がなかった。
精霊銃が、ない。




