負けたけど別れたけど旅立つけど
フィストに負けた天上院は、状況が理解できず膝から崩れ落ちる。
「嘘……なんで?」
「幻術を使うときに髪の毛を一本抜いて、生体反応を分身体にも残したのよ」
フィストは分身を解除し、膝をついて呆けている天上院に手を差し出す。
しかし天上院はその手を払いのける。
「ヤコ……」
「フィストなんてもう知らない。ほら、私と別れたかったんでしょ? 敗者の私には何も言う権利なんてないもん。どっかいっちゃえば?」
完全にふて腐れている天上院だった。
そのまま草の上に寝っ転がる天上院。
「ヤコ」
「あぁ、スマホの連絡先も消しておいてあげようか?」
「ヤコ」
「あぁ、フィストって呼んだら馴れ馴れしい? フィストさんって呼ぶね」
天上院は普段大人の女性を演じている。
いくら恋愛経験が豊富といえどその実年齢はわずか16歳。
まだまだ子供なのだ。
「ヤコ」
そんな天上院をフィストはそっと抱きしめる。
まるで二人が初めて出会った時のように。
あの時とは立場が逆だ。
抱きしめるフィストと、離そうともがく天上院。
「なに、別れたんだから馴れ馴れしくしないでくんない!?」
「そんな意地悪なこと言わないで、ヤコ」
「意地悪はどっちさ、急に別れてなんて言ってさ!」
「必ず貴女のところに帰ってくる、約束するわ」
「私は別の人と付き合ってるだろうけどね!」
「それでも構わない、そもそもそういう条件で私たちは付き合ってたもの」
「本当に何なの!? 出てこいロウター!」
一向に離れないフィストを見て、ロウターを召喚する天上院。
「どうした、我が主」
「フィストを引き離して!」
「ほう、珍しいことを言うな。主の大好きな美少女の抱擁じゃないか」
「もう別れたんだもん!」
「ほぉ、命懸けで手に入れた女と?」
ロウターのその言葉に、思わずぐっ、となる天上院。
しかしすぐに怒鳴る。
「そうだよ! 私は命懸けでフィストを守ったのに、フィストが別れたいって言うんだ!」
「ほう、何故だ!」
「知らない! なんかもっといい女になりたいからだってさ!」
「素晴らしいではないか、何故主は怒っているのだ!」
「フィストは既にいい女だもん! なんで別れなきゃいけないのさ、私と一緒に旅をしながらもっといい女になればいいじゃん!」
「主、フィストを愛しておらんのか?」
「……愛してるよ、だからこんなに嫌がってるんじゃないか!」
「だったらフィストを信じてやれ」
それを言うロウターの目は、とても力強いものだった。
「愛する女が、もっと主にふさわしい女になりたいと言っているなら、それを待ってやるくらいの度量を見せろ。主」
「……」
ヤコはしばらく無言で、空を見つめ、次に自分を抱き締めるフィストを見つめる。
「フィスト」
「なに? ヤコ」
「私はフィストが好き、愛してる」
「私もよ、ヤコ」
「だから別れるなんてしたくない」
「そうね、私も嫌」
「だから『離れよう』」
天上院はフィストに微笑む。
「そうね、『別れる』なんて言葉は相応しくないわ」
フィストも天上院に微笑む。
二人はお互いに手を貸しあって、地面から起き上がる。
「私たち、離れましょう? ヤコ」
フィストは天上院に言う。
「うん、いつかまた一つになろう、フィスト」
フィストは荷物を天上院と自分のものに分けた後、どこかへ去って行った。
後に残ったのは一人の女と翼の生えた馬だった。
「ありがとうね、ロウター」
「構わんさ、主。主が迷ったら道を正すのも下僕の役目」
「あはは、次はどこに行こうか?」
「新たな美少女を探すのだろう? それは主が一番知っているはずだ」
「そうだね、背中に乗せてよ。ロウター」
「目指す向きを教えてくれ、どこまでも飛んでやろう」
天上院は旅立った。
美少女感知センサーの示す新たな地へと。




