助かったけど別れたくないけど戦ったけど
「おはよう、ヤコ」
翌朝起きたら、フィストが隣で寝ていた……。
いや、昨日は何もしてないけど。
でも昨日からフィストの様子がなんかおかしい。
「どうしたの? フィスト」
「ふふっ、ヤ~コ」
すごい猫撫で声で私に甘えてくるフィスト。
マジでどうしたんだこの子。
まぁいいや可愛いし。
「ヤコ、この記事見て」
「ん~? どれどれ」
フィストが手渡してきたスマホを受け取り、そこに書いてある情報を見る。
「ドスケベ=クイーン三世、捕縛取り消し……?」
そこに書いてあるのは大きく分けて3つ。
一つは、治安委員のトップであるアイディール・ロウが、昨日初めて検挙に失敗したといいうこと。
次に、その責でアイディールを辞任させるべきという意見と、有能な人物を一度の失敗で辞任させるのはおかしいという意見があるということ。
最後に、王都祭を見ていた国民の間で、そもそも何故ドスケベ=クイーン三世を捕まえなければいけないのかという疑問が広がっていること。
この3つの点が複雑に混ざり合い、結果として、ドスケベ=クイーン三世こと天上院の捕縛依頼を王家は取り下げたらしい。
「えっ、マジで!?」
「そもそも捕縛依頼自体があの王女様の横暴で、王都祭の後始末を終えた王様がそれに気付いた瞬間やめるように言ったそうよ」
「王様可哀想に……」
王様の大奮闘のおかげで、こうして私は結局国際指名手配犯ではなくなった。
たった一日の逃走劇で、正直展開に追いついていけず、夢でも見てるかのような感覚だったけど、それでも凄い安心した。
「あ~よかった。これで私は晴れて王都中の女の子をナンパし放題なわけだね」
「ふふっ、そうね。おめでとう、ヤコ」
「……ねぇ」
「ん~?」
「やっぱ今日の朝からフィストおかしくない?」
私は今のセリフに「浮気なんて許さないわよ!」的なツッコミをフィストに期待していたのだが、軽く流されただけ。
やっぱり、今日のフィストはおかしい。
怪訝そうな私の顔をフィストはしばらく見つめ、微笑む。
「ヤコ」
「……なに?」
フィストが私を呼び掛けてきた。
なんだろう、嫌な予感がする。
「私と別れましょう」
私はしばらく何も言えないでいた。
えーっと、今フィストはなんて言った?
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「私と別れましょ、ヤコ」
「……」
私は空を仰ぎ見る。
うん、綺麗な青空だ。
小鳥がチュンチュン言ってる、可愛い。
「最近耳が遠くてね、悪いけどもう一回頼むよ」
「私と別れて、ヤコ」
うん、もう分かった。聞き間違えじゃない。
「えぇえええええええなんでなんでなんで!?」
「お、落ち着いて。ヤコ」
「落ち着けるかぁあああああああああ!」
前世からいろんな女の子と付き合っては別れてを繰り返してきた私だけど、流石にこんな状況で別れたことはなかった。
「あのね、ヤコ。理由を聞いてほしいの」
「……なんだい?」
少なくとも私はフィストに嫌われるようなことをした覚えは……うん、あるわ。
というか嫌われるようなことしかしてない気がしてきた。
「別にヤコが嫌いになったってわけじゃないの」
そんな私の心を見通したかのように、フィストは言う。
「ただ私は今よりも、いい女になりたいだけ」
そう言った彼女の目は、とても真剣だった。
「フィストはもう、いい女だよ」
私の言葉に、フィストは首を横に振る。
「私はね、もっといい女になって、ヤコの隣で歩きたいの。今の私じゃ、貴女の後ろを追いかけるので精一杯」
「私はそんな高尚な人物じゃないよ」
「私にはそう見えるの」
フィストは頬を膨らませて私の反論を否定する。
「私はね、この数日で思ったの。今の私じゃヤコと一緒に戦えないって」
「そんなことない、昨日だって私を守ってくれたじゃないか」
「守れてなんかないわ、貴女を売ろうとした」
「まだ気にしてるの? 昨日も言ったじゃん、拷問なんて負けない人のほうが」
「私はヤコの敵に絶対負けない人になりたい」
フィストは私の言葉を遮る。
「だからね、もっと強くなりたいの」
とても力強くて、真剣な目だ。
私と別れたいからってそんなにムキになるの?
ちょっと拗ねた私は、子供の様に駄々をこねる。
どうせ結果は変わらないのに。
「二人でこれから強くなればいいじゃん」
「それじゃダメ、私は絶対ヤコに甘える」
「甘えればいいじゃん」
「それじゃあ、ヤコが弱った時に私は無力になるわ」
「そんな状況ありえないよ!」
「なんでそう言い切れるの? 昨日みたいなことが、これからも起きないとは限らないでしょ?」
私の駄々を、淡々と切り捨てるフィスト。
「わかった」
もう何を言ったってフィストは聞く耳を持たないだろう。
「そう? じゃあ……」
「私と戦って勝ったら別れてあげる」
こうなりゃ実力行使だ。
まだペニバーンともロウターとも融合出来ないけど、フィストの幻影なら私の美少女感知センサーがあれば見破れる。
「もう、なんでそうなるの!」
「フィストが勝ったら別れてあげる。ただし負けたら付き合い続けてもらうからね」
「……」
私がそう言うと、フィストはしばらく考えた後にため息をついて言う。
「はぁ、仕方ないわね。わかった、その条件でいいわよ」
「よし」
我ながら脳筋な解決方法だが、どうせこうでもしないとお互いに納得しない。
絶対に勝ってやる。
テントから出た後、私はペニバーンを召喚し、その穂先をフィストに向ける。
「コレでまた2日前の夜みたいに、ヨガらせてあげるよ」
完全に変態オヤジのセリフだけど、この際気にしない。
「ヤコ」
そんな私にフィストは苦笑しながら、彼女らしくもないセリフを言う。
「恋する乙女は強いわよ」
その左目は、昨日の夜みたいに緑色の光を放って点滅していた。
フィストは3人に分身して私に襲い掛かってくる。
右のフィストが本物。
美少女感知センサーが教えてくれた通りに私はペニバーンで突く。
それをフィストはナイフで穂先を逸らして躱す。
今度は姿を消してきた。
無駄だ、私には先程と反対方向に移動して突撃してくるフィストの様子がセンサーで手に取るように分かる。
私にナイフを突き刺そうとするフィストを、ペニバーンで防ぐ。
「無駄だよッ!」
「これならどう!?」
フィストは私から距離を取って、ナイフの刃先を私に向ける。
初めて出会った日と同じだ。
分身体を無視して、私の後ろに回り込もうとするフィストをペニバーンで突く。
「無駄って言ってるじゃん、諦めなよ!」
「……」
フィストはまたナイフでペニバーンを防ぎながら、私と距離を取る。
「これで打つ手なしでしょ、降参して!」
「ヤコ」
「なにさ!」
「行くわよ」
そういうとフィストは二人に分身する。
どうせ片方は偽物。
そう思っていた私は、センサーの伝える情報に驚愕する。
センサーは目の前にいる二人のフィストの両方・・を示していたのだ。
「え?」
そのことに思わず動きを止めてしまった私の首筋に、二本のナイフが当てられる。
「「私の勝ちよ、ヤコ」」
二人のフィストは私に、勝利宣言をした。




