精霊龍と魔術師
私の目の前に存在するのは、間違いなく先代王妃ペンドラー・クラン。
直接お目にかかったことは無いのだが、アルト王の手記に書いてあった特徴と一切変わらない。
いや、内容は一部惚気が書いてあり、脚色を含んでいる可能性はあるのだが、それでも間違いなくクラン王妃その人だ。
「私は本来、精霊山の頂上を住処とする龍でしかありませんでした」
精霊龍がエンジュランドの獣人達へその力を分け与えたという情報があるのは、今から約200年前からである。
それ以前の情報は王城のどこを探しても見つかることが無く、当時を生きていたと思われる唯一の存在、エンジュランドで大会の審判役などをしている魔術師の老人は固く口を閉ざしている。
「200年前、中央戦争にて沢山の獣人達が他種族と争っている最中、『異形』は私の前に現れました」
ソレは一見普通の少女にしか見えない。
黒い髪に、透き通るような黄金の瞳。
特に着飾るつもりのない簡易な装束を纏いながらも、その雰囲気は混沌そのもの。
「神とも思えるような圧倒的な力で私はすぐに制圧され、服従を命令されました」
従わなければ殺す。
その簡潔な脅迫の下、命令に従って獣人達の守り神となって、他種族を襲った精霊龍。
そして月日が流れて戦争が終わった後、復興する獣人達の原動力となる為、その力の象徴である『精霊銃』を分け与えたという。
「そしてその時から200年、再び異形は私の前に現れました」
再びこの世界に戦争を起こす。
精霊龍、お前には英雄の器を用意してもらう。
その言葉と共に精霊龍の魂は異形に操られ、人としての生を与えられた。
「言いなりだった私は、そのままアルト王と共に英雄を産みました。それが、ドレッドです」
ドレッドを出産したことにより、人間としての役目を終えた精霊龍は、クラン王妃としての役目を終え、再び異形によって精霊龍へと戻された。
また自分は、200年後に同じことをさせられるのだろうか。
この状況を変えることは出来ないのか。
湖畔で一人揺蕩う精霊龍へと手を差し伸べたのは、一人の老人だった。
彼もまた、異形によって本来あり得ぬ時を生き永らえさせられ、いつか叛逆をせんと企む一人。
そう、魔術師の男だった。




