トライデントとティーエス
「目を覚ましたか、都市長サマよ」
「……なんとなく覚えてるわ。私、また大変なことしちゃったのね」
ミューズに取りつかれていた少女は、白黒の人魚に声を掛けられると、少しの間呆けた後にとても悲しそうな表情を浮かべた。
操られていた時の記憶があるのだろう、洗脳とは基本的にそういうものだ。
いっそ全くの自覚が無ければ罪の意識も薄いかもしれない。
ミューズによって過去操られていた者の中には、洗脳が解除された後に発狂して自ら命を絶った者までいる。
今回は事態の早期解決が出来たから良かったものの、もっと大規模になっていたらこの幼い少女の人魚も同じ運命を辿っていたかもしれない。
しかし、この少女が気に病むことは無いのだ。
「少女よ」
戦闘は終わったというのに、主からは未だに反応がない。
もしかしたら戦いに集中し過ぎて疲れ切ってしまった可能性がある。
そもそも主が我を手に取ったきっかけはこの少女だったはずだ。
だから主が励ますことの出来ない今、この少女を元気付けるのは私の役目だろう。
「アレク?」
「我が名は海槍トライデント。今はアレックス殿の体をお借りして話している」
少し驚いた表情をしているが、聡明そうな子であるから理解はしているだろう。
そして責任感の強そうな子でもある。
「ミューズのことを気に病む必要はない。むしろ取り返しのつかない事態にならずに済んで良かったと喜ぶべきだ」
「でも、私がしっかりしてれば」
「ミューズの力、『歌姫』は仮にも偉大なるミーシン・セージ様の伝説を支えた一端。それを子供が御すというのは無理な話」
自分が至らぬと知った少女の顔はとても悲しそうであった。
彼女のような性格の持ち主は、例え自分が99%悪くなくても、残る1%を非常に気にしてしまう。
人から「君は悪くない」と言われても、自分が悪いと責め続けてしまうのだ。
だから私は敢えてその罪悪感を完全否定することはない。
裏を返せばどんな状況からも学ぶことは出来る性格でもあるのだ。
「自分が未熟だと思うのであれば、これから成長していけばいいのだ。お主は自分自身が完璧な存在だと思っているか?」
「いえ、そんなことは全く思ってません」
「ならば、いつかそうなってやるのだと信じて、今回のことを経験として処理すればいい」
少女の顔が、少しだけ晴れて来た。
完全にその気持ちを救ってやることは出来ないだろうが、これで思い詰めてしまうようなことは無いだろう。
「我が主も、きっとそうなることを望んでいるはずだ」
「……ありがとうございます。頑張ります」
人魚の少女はまだ少し頼りないが、やっと微笑んだ。




