天上院弥子が愛した女 魔族のフィストーSide3ー
ヤコが召喚したペガサスの助けもあり、ヤコの開いた傷口はどうにか治った。
もうこれ以上同じことがないように、何もせずに寝た。
翌日、早朝から下ネタを大声で叫ぶヤコのせいで飛び起きた。
他の客に聞こえたらどうする気だ本当に。
魔法陣で王都に移動して、手始めにヤコのスマホを買いに行く。
彼女のスマホには私の連絡先が一番に登録された。
なんか気分がいい。
王都の女の子達をナンパしていくヤコを引き摺りながら今日の宿屋に荷物を置きに行く。
昼間は適当な飯屋で済ませたが、今日の夜は少し行きたい場所がある。
今から歩いていけば、丁度いい時間に着くだろう。
バスやタクシーを使ってもいいが、どうせヤコは王都に初めて来たのだし歩いたほうが楽しんでくれそうだ。
その場所に行く道中でヤコに王都の政治システムについて聞かれたので答えた。
当然、あの王女の事も。
「私に王都祭に出場しろ、って言いたいのかい?」
「……ヤコなら、優勝は出来ないとしても絶対にいい結果を出せる」
「途中からでも王都祭は参加できるのかい?」
「飛び入りって形で誰でも参加できるわよ」
そう言うとヤコはしばらく考えて、また口を開く。
「一つ質問があるんだ」
「なに?」
「なんで私にそのお姫様の話をしたんだい?」
その問いに、私は思わず黙ってしまった。
「これは私の傲慢かもしれないけど、フィストは一応私に好意を寄せてくれている、っていう認識でこの数日間一緒に旅をしてきたんだ」
その認識は間違ってない。
「『私しか見れないようにしてあげる』、そんな発言とは真逆の方向に、フィストは私を誘導しているよね?」
分かっている。
私はヤコに、私しか見ないで欲しいと言いつつ、ヤコに他の女、それも世界で一番の美少女に会わせようとしている。
「ヤコの旅の目的は、美少女を探すことなんでしょ?」
「うん、そうだね」
「なら、遅かれ早かれヤコはあの王女の存在を知ることになる」
「そうかもしれない。でも黙っておけば、この数日間みたいにフィストは私を独占できたはずだ。事実私が町娘に声をかけている時、全力で邪魔をしてきたじゃないか」
それはそうかもしれない。
でも
「なんで王女の存在を私に教えたんだい?」
私はきっと、ヤコに、世界最高の美少女より、私を選んで欲しかった。
世界最高の美少女を見て尚、私の方が美しい。
そう言ってほしかったんだ。
そんなこと、本人に言えるはずがない。
「……知らない。ほら、レストラン着いたよ」
そう言って私は誤魔化して、ビッケのレストランに入る。
ビッケは久しぶりに会った私に、以前と変わらず接してくれた。
ヤコのせいで大分からかわれて恥ずかしかったけど、変な空気も吹き飛んだしまぁいいや。
ヤコは結局王都祭に出場することにした。
私に王女の事を聞いてくる。
少し胸が痛い。
でも、ヤコに王女と戦ってみるように言ったのは私だ。
それなのに嫉妬している私自身に嫌気が刺す。私は本当に嫌な女だ。
「ヤコ」
「なにさ」
「今日はいいわよ」
「え? 何がいいんだい?」
「だからその……シてもいいわよ」
私はヤコを誘惑する。
きっと、王女にヤコを取られるかもしれないと不安に思ったんだろう。
自分に自信がない、だから体で誘惑した。
「なになになになになに? 今日はやけに積極的だねフィストちゃん」
「うるさいわね、お酒が回ってイイカンジなのよ」
ヤコを抱き寄せてキスをする。
私からヤコにキスしたのはこれが初めてだった。
そして抱かれるのも、これが初めてだった。
翌朝、起きたらなんかヤコが知らない女と会話してた上に「愛してるよ」とか言ってたからとりあえず殺した。
「全く、私の見えないところで後ろめたそうにやるんだったらまだ許してあげなくもないけど、目の前で堂々とやらないでくれる?」
「返す言葉もございません……」
浮気するなら隠れてコソコソやりなさいよせめて。
本人の目の前で堂々と女口説くんじゃないわよ。
「王女様を口説くのは構わないけど、ヤコの一番は絶対に私なんだから。そうじゃなきゃ許さない」
昨日の夜言えなかったこと。
勢いに任せてやっと言えた。
私の言葉にヤコは頭を撫でてくる。
馬鹿にされているようでちょっとムカつく、でも気持ちいい。
「もう、そんなのじゃ誤魔化されないわよ」
「あはは、じゃあ早速その王都祭とやらに行こうか」
「そうね、あと30分くらいで王家の開式の言葉が始まるわ」
私たちは必要なものを持って宿から中央王立記念公園にある競技場に向かう。
科学力の芸術的傑作と名高いそれは、4年に一度中央大陸中から猛者が集まり、その知や武を争う。
とはいえ知は基本的に学術論文の発表などを行うことなので、一部の知識人のみが集まって別の会場で行われる。
王都の国民は基本的に武を争う戦いを見ることが多い。
私はヤコに乱入者用の控室を教えた後、ビッケと合流した。
多すぎる観客を全員座らせても、この競技場の許容人数にはまだまだ余裕がある。
空いている席にビッケと並んで座った。
「ヤコさんはもう行ったの?」
「うん、今頃戦っているはずよ」
「貴女は4年前に出場したものね」
4年前に私は出場した。
結果は何度も言った通り惨敗だったが。
予選は魔術で姿を見えなくして不意打ちで勝った。
「まぁ私でも突破できたんだし、ヤコなら余裕でしょ」
「私はあの人の実力の程はあまり知らないけど、まぁ貴女がそこまで言うなら大丈夫なんでしょうね」
自嘲気味に言う私を、少しフォローしてくれるビッケ。
相変わらずこの女は優しい。
もうすぐ王家の挨拶が始まる、それまで待とうと寛いだ時、轟音が巻き起こった。
一瞬驚いて身構えたが、音源に目をやった後、既に事件が解決していることが分かった。
誰かの言葉が私の理解が正しいことを示す。
「治安委員……」
それはこの悪党が蔓延る世界で、王都の治安を日々守り続ける最強の警察機関。
「アイツラがいるなら勿論……」
そして現在その頂点に君臨し、4年前のここで私に屈辱を味あわせた人間。
アイツは4年前と同じく天秤を構えていた。
もうこれ以上は見たくない。
私はアイツから目を背けた。
「相変わらず仕事が速いわね」
隣のビッケが小さく、吐き捨てるように言う。
『処罰』が終わったんだろう。
4年前、私とアイツの戦いをビッケも見ていた。
アイツの攻撃を何度も受けてボロボロになる私を、ビッケも見ていた。
「アイディール・ロウ……」
私の越えられない壁。
「強かった?」
ビッケは私に聞いてくる。
わかってるくせに。
「強かったよ。別次元だった」
「ヤコさんと比べたら?」
本当に聞きたかったのはこっちか。
「……ヤコじゃないの」
「うふふ、本当に好きなのね」
ビッケを優しい女と言ったが訂正しよう。
ヤな女だ。
王都祭はこの世界最強の王女様の挨拶で始まった。
挨拶といっても一言。
「これより、王都祭を始める」
以上。
「相変わらず顔だけはため息つくくらい綺麗ね」
「おい、治安委員に聞かれたら不敬罪で一発死刑だぞ。黙っとけ」
「私くらい美少女なら死刑になる前に彼女の『コレクション』にされるわよ」
王女は世界最強とも言われているが、同時にレズビアンとも有名だ。
社交界で気に入った女を手に入れるために、その国に攻め入ってその女を洗脳したなどという話もある。
ヤコも彼女に気に入られたら洗脳されてしまうのだろうか。
不思議とそんなビジョンが見えないが、今更ながらヤコを王女と戦うように仕向けたことを後悔する。
今更遅い。
ヤコならどっちにしろいつか王女に特攻していただろうと割り切って、どうにかなるように祈る。
無責任だが私にできることはどちらにせよそれしかない。
「ヤコさん、願わくば乱入者選別の時点で払いのけられますように」
「それは無理でしょ。私でも突破できたんだし」
大会は順調に消化され、中央王都属国の王女が優勝した。
乱入者が現れるなら、ヤコが現れるならこのタイミングだ。
少しドキドキしてきた。ヤコは本当に予選を突破できたのだろうかと。
頭では当たり前だと思うが、やはり心配だ。
「――会場の皆様、ここで突然ですが、緊急事態です。栄誉ある王都祭に乱入者が現れました」
そんな心配は杞憂とばかりに、アナウンスが入る。
しばらくして煙と光魔法のエフェクトが凄い勢いで巻き起こる。
光が収まって煙が晴れた後、会場中が注目する中でヤコが現れた。
なんかエロい姿でドヤ顔しながら。
「衝撃的な登場をした今年度の乱入者、出身は異世界のガチレズバンザイ国より転生、第十七王女のドスケベ=クイーン三世様だそうです!」
なんだその滅茶苦茶な設定。
出身聞かれて3秒で考えた嘘つきましたみたいな。
「なにやってんのヤコ……」
「ガチレズバンザイ国のドスケベ=クイーン三世ってなに……なんでそんなヤバそうなのが三代も続いてるの」
私とビッケはドン引きである。
私達だけでなく会場中がドン引きである。
横目で見たら治安委員とアイディールもドン引きしていた。
会場総ドン引きの中、試合は始まった。
登場はアレだったが、試合自体はとても白熱したものだった。
最後は王女の銃を謎の原理でヤコが無効化し、王女が動揺した隙に必殺技らしきものをヤコが叩き込んで勝利を収めた。
「やった! やった、ヤコさん勝ったよ! フィスト!」
「ヤコならいいセン行くとは思ってたけど……勝っちゃうなんて」
まさか本当に優勝するなんて。
勝ったヤコは槍を天空に掲げる。
決めポーズだろうか?
しかしモニターに映るヤコは、どこか挑発するような顔で上を見つめ続ける。
私にはすぐ分かった、彼女の行動の意味が。
「かかっておいでよ、王女様」




