プロローグ -Side-ヴィクティム
「次の人で今日のノルマは終了ですね」
私の名前はヴィクティム。
転生担当の『短命課』に所属する天使だ。
短命課というのは若くして車に引かれたりなどで亡くなってしまった人を専門に担当している。
短命というのはある種の運命であり、その人の人生を評価する徳ポイントも獲得しやすくなっている。
そんな私の仕事も、あと一人で今日の分は終わり。
私は最後に送られてくる人のデータに目を通す。
次に送られてくる人物は地球人日本在住、女。16歳にて死亡。
そこまではいい、私の担当する短命課では何も珍しくないデータである。
しかし、次に送られてくる女性、天上院弥子は達成徳ポイント1500。
最後にこの仕事を回したのも、相当な時間が掛かることを見越してだ。
記録的なレベルで数値が高いし、私が今まで担当した中でぶっちぎりで一位の獲得ポイントだ。歴史に名を残す英雄か何かだったのだろうか。
資料についている写真を見て納得した。とても美しい。きっと世界的に愛された女優かなんかだったのだろう。それが若くして非業の死を遂げた……と。徳達成条件も「多くの人に悦びを与える」って書いてあるし間違いない。
というか悦びって、漢字違くない? 喜びでしょ? もう、後で資料作成課に文句言わないと。
そうこうしているうちに私の前に光の輪が現れ、天上院弥子と思われる女性が召喚された。
「お勤めご苦労様です! 天上院弥子さん」
人生という大仕事を終えた彼女に労いの言葉を掛けた私だが、召喚された直後に倒れる天上院さんを見て、素早くその体を支えた。
短命課には珍しくない。基本的に非業の死を遂げた人なのだ。車に引かれた人や刃物で切り付けられて死んだ人。そういう人はこのように気絶した状態でここに転送される。
そっと天使パワーで召喚したベッドに寝かし、慣れた手つきで彼女の意識を戻す。
「起きて下さい! 起きて!」
「私はまだ起きたくないんだ。だから一緒に寝よ?」
は? 何を言ってるんだこの人。
混乱する私の腕を引き寄せ、天上院さんはベッドに引き摺りこんできました。
「ちょっ、と、やめてっ!」
「ふふっ、こんな薄手の服を着て誘ってるのかい? 純白な服と翼を穢して欲し……え?」
何を言ってるんだこの人!?
所得ポイントがとても高いから、てっきり慈愛の塊のような人かと思っていたが、英雄は色を好むと言うし、こういうナンパな人もいるのかもしれない。
ただ、完全に面食らってしまった私は、思わず気が動転してしまい、天上院さんを突き飛ばしてしまった。
「離しなさいよ、この人間!」
「あ、あぁ。ごめんね」
天上院さんへの私の第一印象は、理解不能な女性でした。
しかし個人の気持ちを振り払い、他の転生者と同じような説明を彼女に行います。
仮にも彼女の担当は、私の中で過去一番の大仕事。
予測できないことなど、覚悟してしかるべきだった。
私が提案した最も人気の高い極楽行きや大天使への転化も拒否されてしまい、今までの事務対応では対処しきれなくなってしまったのだ。
「うーん、ではどうしましょうかねぇ」
それらが拒否されてしまったのなら、これ以外にはもう転移か転生へのご案内しかない。
彼女が元いた地球に似た世界を検索して、リストを取り寄せようとしたところ、意外なことに彼女から提案があった。
「願い事は決まってるよ」
「え? あ、本当ですか!」
私は興味があった。天上院さん程の徳の高い人物はそれを用いて何を祈るのか?
しかし、その疑問は、私にとって本当に予想もしない結果で裏切られることになった。
私はこれまでの人達と同じ様に呪文を唱えて、ステッキを振って彼女の身体を願いを叶える光で包み込む。
そして彼女がその願いを叶える為に口を開いた。
「天使ヴィクティムとドスケべしたい」
私は何を言われたのか分かりませんでした。仕事の疲れで幻聴を聴いたのかと思ったんです。
でも彼女の身体に纏われた光は、その輝きを強める。
私の耳はおかしくなかった。
この人の頭がおかしかった。
私とドスケべ……え? え?
気付いた時には、私と彼女は出入り口の無い個室に閉じ込められており、彼女が今まで寝ていたベッドは豪華になっていました。
あまりの展開に呆然としていた私を、天上院さんはそのベッドに押し倒しました。
「か、考え直しませんか! 時間はたっぷりあります! もっといい願いがあるはずです!」
しかし、私のそんな想いなど知らぬとばかりに天上院さんは私の体を撫で回してきます。
あっ、そこちょっと気持ちいい……じゃなくて!
「地獄に落としてやる……! 徳なんて関係ない、天使の私にこんなことしてどうなるか」
「あはは、こわ〜い」
残念ながら天使の私にそんな権限はありません。
そんな脅しにも気を構う事なく、天上院さんは寧ろ楽しそうに私を弄びます。
本来人間程度の力であれば天使の私は簡単に振り払えるのですが、願いの力のせいか全く彼女に刃向かう事が出来ません。
やがて彼女がゆっくりとその顔を私に近付けて来ました。
そして一瞬、彼女と私の目が合う。
まずい、これ以上は、飲み込まれる。
「とっても可愛いよ、ヴィクティムちゃん」
「顔を近付けないで!」
今の一瞬で分かった、至近距離でこの人の瞳を直視すると、やばい。
神が創った夜空に輝く星のように吸い込まれそうな目で見つめられると、何も考えられなくなる。
一筋残った私の理性を全力で振り絞って、彼女の顔に唾を吐く。
彼女は顔を離してくれたが、それでもベットに私を押し倒したままの姿勢で、嗜虐的な笑みを浮かべて見下ろしてくる。
完全に捕食者とその獲物。
胸の鼓動が止まらない。
「い、いや!」
「そんなに嫌がらないでよ、きっと気持ちいよ?」
今なら確信出来る。
悦びという表記は間違いじゃなかった。
本来なら嫌悪しか感じないはずのこの状況で、私は今、確実に興奮している。
自分にこんな一面があったとは思わない、間違いなくこの女が異常。
「もうやめて!」
「うん。いいよ」
だが、永遠にも感じたそのトキメキは、一瞬で終わりを告げた。
口をついて出た私の拒否を彼女が了承すると、ベッドが搔き消える。
支えを無くした事で倒れそうになった私だったが、彼女が抱きかかえてくれたことによってそれは防がれた。
「えっ?」
「冗談だよ。あんまり必死に拒否されたから、ちょっと傷付いたけどね」
「あ、あぁ……」
涙が出てきてしまった。
後悔、安堵、悲しみ。
色んな矛盾した感情があふれ出してきます。
「怖がらせてごめんね」
天上院さん、いや、天上院様はハグしてくれました。
柔らかい温かみと一緒に感じる、どこか優しい匂い。
私は赤子のように天上院様をぎゅっと抱きしめていました。
「怖かったです……」
「大丈夫、もう怖くないよ」
私が私でなくなってしまいそうでした。怖かったです、本当に。
でも、私の中で何かが変わってしまったのがなんとなくわかりました。
「それで、 私はこれから地獄に落ちてしまうのかな?」
ありえません。たとえ神様が命じても、天上院様を地獄に落とすなんて、私がさせません、許しません。
さっきのは驚いた私が咄嗟に言った脅しですし、願いを用いて叶えられた以上、どちらにせよそんな事はありえません。
そうだ、いつまでも浸ってる場合じゃない、天使としての職務を全うせねば。
「あ、あのですね。天上院様の徳は本当に高いので、まだ願いをかなえて差し上げることが出来るんです」
私の言葉に、少し驚いた表情を見せる天上院様。
自分で願っておいて、本当に地獄へ落ちると思ったのでしょうか?
変なところで真面目な人なんですね。ちょっとカワイイです。
そして、彼女の願いを聞いたところ、もっと色んな女の子と一緒に、その、えっちなことがしたいと。
まぁ彼女がそういう性格なのは先程までの流れで承知していましたが、いざ面と向かって言われるとこう、なんというか呆れますね。
しかも彼女は自分が死んでいたということを理解していなかったらしく、私がその事実を伝えると驚いていました。
通りで願い事があまりに突飛だった訳ですね。確かに夢だと勘違いしていれば、そんなことも……やっぱり言わないと思います。
そして彼女は生き返りたいと言いましたが、残念なことにそれは出来ないと伝えると、とても悲しそうな顔をしていました。
これまでも何度か生き返りのお願いをされたことはありますが、全員がこうして悲しそうな顔をするので、心が痛みます。
天上院様は結局、新しい世界に転移することに決めました。
死んでしまっても、前の世界と交流をする事は可能だと伝えると、どうにか元気を取り戻してくれました。何よりです。
天上院様に渡したのは、新しい世界に行っても私と連絡を取ることが出来る様になるスキルリスト。
その中に自分が知ってる人との連絡を取る事が可能になるシステムがあるので、後でそれを伝えてあげましょう。
「決めた。混合世界にするよ」
「え、本当に何も保証が出来ませんよ?」
「いいんだ。すぐに死んじゃうかもしれないけど、それはそれでいい」
「何故ですか?」
「死んだらまたこうやってヴィクティムちゃんと会えるんでしょ?」
あはは、その冗談は流石にキザが過ぎますね。
まぁでも、悪くないと思える自分がいます。
しかし混合世界ですか、本当なら案内したくはない場所なんですがね。
天界でも嫌疑が掛けられている世界で、ここに旅立った人々の追跡が出来なくなっているケースが多発します。
彼女に私との連絡手段を持たせたので、大丈夫だとは思いたいのですが。
彼女は転生ではなく転移を選択したため、身分指定のページを飛ばして、特殊スキルの一覧へと移りました。
「いっぱいあるねぇ。私が持っている徳ポイントってやつを、この特殊スキルに還元して取得するっていうこと?」
「はい、取得したスキルはもう徳ポイントとして戻すことが出来ませんので、よく考えて選んでくださいね」
あぁ、そうだ。スキルをどれくらい取得出来るかの目安として、彼女にポイントを伝えなければ。
1500です、と私は言いかけました。
しかし天上院様の資料にそれとなく目を向けると2500と明記されていました。
さっきまで確実に1500でしたよね? あれ?
私はすっとぼけました。恥ずかしかったのです。天上院様の徳ポイントが増えた原因は間違いありません。他でもない私です。
私が先ほど天上院様に襲われたことを「悦んだ」のが原因です。
天使を悦ばせたんです、そりゃ取得ポイントも滅茶苦茶増えます。
「天上院さんが所持するポイントは2500ptですね」
恥ずかしい、消滅したい。天上院様に増えたことがわからなくてよかった。
天上院様はやはり他の人とはだいぶ変わった人です。
なんですか究極性技 真四十八手って。なんでそんなのが1000ポイントもするんですか。
神槍グングニル、貴方神槍のくせに性技の半分の徳ポイントとか恥ずかしくないんですか。美少女感知センサーと同レベルですよ。
「こんなのとるなんて……呆れてしまいます」
「いや、私としては美少女感知センサーが本当にあったことのほうが呆れるんだけど。取らないわけにはいかないじゃん」
「取得しちゃったものは今更変更出来ませんし。転移を開始しますね」
「お願いするよ」
天上院様を願いの光が包み込みます。
私は新しい人生を歩む天上院様の頬に、幸あらんことを。そう願ってキスをしました。
我ながら大胆です。
「素敵なプレゼントだね」
「ただの応援です。すぐに戻ってきたら許しませんからね!」
別れの言葉は、照れ隠し。