天上院弥子が愛した女 魔族のフィストーSide1ー
「退屈」
最近それが口癖になってる気がする。
退屈すぎた魔大陸を飛び出したが、他の大陸も最初こそ新鮮だったがすぐにつまらなくなった。
ダークエルフであり、魔力の保有量が平均より圧倒的に高く、魔術の制御が種族の中でも高い私に勝てる者など殆どいなかった。
とにかくつまらない、心躍らない。
4年前に気晴らしで王都祭というのに出てみた。
決勝で対戦相手にボッコボコにされた。
それまで負けたことなどなかった私のプライドは粉々に打ち砕かれた。
そこで得たものは屈辱。
心躍る戦いなどではない。
一方的な試合による大敗。
友人のビッケとも、しばらく会ってない。
たまにメールでやりとりするが、それだけ。
今の私は、決勝戦でのことを忘れるかのようにただ只管目についた人間を襲い、その物品を奪って生活している。
幻術で姿を隠しているから未だ正体がバレたことはなく、指名手配などもされていない。
弱そうなやつばっかを狙っているから失敗することもない。
強そうなやつは避けてる。まだ決勝戦のことがトラウマなんだろうか。
「退屈」
そんな退廃的な生活に嫌気がさしながら、森の中を歩く。
そろそろ夜だ、近くの村にでも行って宿に泊まろう。お金が無くなってきたし、安宿だな。
そんなことを考えていた時だ、私があの女にあったのは。
その女は、右手に高価そうな槍を持っていた。
それだけではなく、なんとペガサスを召喚したのだ。
ペガサスは移動手段が発達した現在でも優秀な乗り物として人気が高い。
ただ需要がある一方で、その個体数はとても少ない。
中央王都の騎士でも所有する人数は少ないと聞く。
一瞬警戒した。彼女はとても強い武人なのではないかと。
ペガサスに魅入られたくらいだ、著名な人物である可能性が高い。
だがすぐにその考えを振り払う。
まず、槍の握り方がまだ慣れていない。
才能はあるのだろう、普通以上に使いこなせるとは思うが、達人と呼べるほどではない。
次にペガサス、その背には鞍がない。
一つの可能性に辿り着いた、転移者だ。
彼女は非常にちぐはぐな存在である。
高価そうな槍とペガサスの両方を所有しながらもまだその扱いに慣れていない。
カモだ。
フィストはそう判断した。
自分の能力は、まず普通の人間に見破れるものではない。
転移者は転移する際に様々な恩恵を受けると聞いたことがあるが、それがあの槍とペガサスなのだろう。
ならば奇襲でそれを奪ってしまえばいいのではないだろうか。彼女自身に力は現時点ではそこまでないだろう。
転移者というのはどの国にも属しておらず、襲ったところで文句を言われることはない。
ペガサスは強者に従う。槍は売ればいい金になるだろう。盗品だからとその所有権を保証する国は、転移者にない。
私は『結構』強いんだ。
「今夜は久しぶりに楽しくなりそう」
数分後、この考えが甘すぎたと知ることになる。
フィストは先制して死角から魔法を女に向けて放った。
しかしその攻撃は彼女の持つ槍によって切られて消されてしまった。
「そこにいるのは分かってるよ。出ておいで」
「へえ、人間風情が私の気配に気付くなんて」
それは本心からの言葉だった。
いくら転移者とはいえ、自分の不意打ちに対応できるのはこの世界でもなかなかいないだろう。
「これは見破れるかしら?」
次に使うのは分身術。
3人に分身して同時に襲い掛かる。
「人は常に一人」
しかしそれは、正論と共に見破られてしまった。
「やるわね。ならこれはどう?」
腕を十字に組む。透化の術だ。
「人は消えたりしない」
だがそれも見破られてしまう。
この辺りからただの素人ではないと、フィストも警戒する。
「くっ、やるじゃない!」
「一つ質問があるんだけど」
「何!?」
女は自分を襲った理由をフィストに聞いてきた。
正直にそれを教えるフィスト。
どうせここで殺すのだから関係ない、そんな風に思っていたからだ。
「それが許されると思ってるの?」
女の口から出てきたのは、人間特有のくだらない正義感。
フィストはそれが嫌いだった。
弱者の喚きにしか聞こえなかったからだ。
そんな言葉を口にしているようで、この世界を生き残れると思っているのだろうか。
せっかくだから冥途の土産に教えてやろう。
「この世は弱肉強食、弱き者は強者にその全て奪われても文句は言えない!」
そう言いつつ、この女を殺すべく切り札を使う。
「これで終わりよ!」
ナイフを相手に差し向け、光線に見せかけた幻術を放つ。
相手がそれに注視している間、透化の術を使って相手の背後に回り込む。
「弱き者は強者にその全てを奪われても文句は言えない、だっけ?」
先程自分の言ったセリフを復唱する女。
その視線は分身体が向けているナイフの刃先を見ている。
自分に気付いている様子はない、勝った。
そう確信し、女の背中をナイフで―――
「なら文句を言うんじゃないよ?」
「きゃあっ!」
女は突然振り返り、私を槍の石突きで突いてきた。
気付いてるとは露とも思っていなかった私は、それをモロに食らって吹き飛ぶ。
「何故!? なんで私の空蝉の術が破られたの!?」
「貴女の技は完璧だったよ」
この技は4年前のあいつこそ通じなかったが、常人が初見で見切れるはず等ない。
「ただ一つの問題を除いてね」
しかし、この技には欠陥があると、目の前の女は言う。
「問題ですって!? そんなものがあるわけがない! いったい何が問題だというの!?」
私は知りたかった、それを克服すればもっと強くなれるのではないかと。
「それはね、貴女が美少女だったことさ」
しかし返ってきた言葉は、まったく意味不明な答えだった。
「さて、弱き者は強者に全てを奪われても文句が言えない」
女は自分に向かって近づいてくる。
逃げようとしたが気にぶつかった時に背中を強く打ったのだろう、うまく身動きが取れない。
女は私の顎をクイと持ち上げると、その吸い込むような眼差しで見つめてきた。
「その言葉、証明してもらいましょうか」
私は
「覚悟は出来てる?」
弱き者なのか。
「た、助け」
食われる肉と化した私に出来ることは、無様な命乞い。
彼女の顔が近付いて――――
私に口付けをした。
一瞬私は自分が何をされているのか分からなかった。
ライフドレインか何かの技だろうか?
女は自分の口の中に舌を入れてきた。
一瞬驚いたが、これはチャンスだ。
私はその舌を噛み切ってやろうと思いっきり歯を立てる。
しかしその行動は女に読まれていたようで、すぐに唇を離された。
ガチンという音と共に空を噛む結果となる。
そこからの女の行動ははっきり言って意味不明の一言。
今度は女が自分を強く抱きしめてきた。
私は引き離そうと女を殴る、蹴る。
魔術を使えば良かったと思うが、その時の私にそんな思考は働かなかった。
私は暴れているうちにある物を見つけた。
木にぶつかった時に落としたナイフだ。
私はそれをどうにかして掴むと、女の背中に向けて思いっきり刺す。
女は一瞬大きく仰け反ったが、その抱きつきを緩める事は無い。
私はそれでも尚、刺す、刺す、刺す。
何回刺しただろうか、女は遂に私から手を離す。
結局この女は最後まで私を殺そうとしなかった、いくらでもチャンスはあったはずなのに。
「な、なんなのよアンタ……」
意味不明理解不能。
4年前のあの女のように、圧倒的な強さで自分を蹂躙してきたかと思えば突然口付けをしてきた上、殴っても蹴っても、ナイフで刺しても抵抗しない。
なんなんだこの女は、なにがしたい。
「そういえば、聞いてなかったね」
「な、何を」
女は息も絶え絶えに、自分に質問を投げかけてくる。
「貴女の名前、何ていうの?」
聞いてきたのは、私の名前。
死ぬ寸前の人間が聞くようなことではない。
「あ、アンタ自分がどういう状況だかわかってるわけ!? アンタ私に殺されるのよ!?」
もう本当にわけが分からない。
死を目前に頭がおかしくなっているのか。
「私はね……ただ、貴女と」
女は地面に手を付き、私の顔を見て、ニヤリと笑う」。
「美少女と、ドスケベしようとしているのよ」
その言葉を最後に、女は気を失った。
私はただそれを呆然と見る。
なんなんだ、本当に。
目の前には、背中から夥しい血を流している女。
このまま放置すれば、すぐに死ぬだろう。
「もう、なんなのよ!」
気付けば私は、その女に回復魔法をかけていた。
自分で自分が何をしているのかわからない、ただ何故か思った。
この女をここで殺したら後悔すると。
「ほう、助けるのか」
気付けば目の前に、この女のペガサスがいた。
「我も手助けしよう」
一声嘶くと、ペガサスの回復魔法により女の傷はすぐに収まった。
私の回復魔法なんかよりずっと高位。
私はなんだか泣きたくなった。
自分が凄いちっぽけに見えてきた。
「なんなのよ貴女は……」
私は安らかな寝息を立てているその女に呟く。
「さっき言っていただろう、お前とドスケベしたいだけだと」
「それが意味不明。この女は私に一目惚れでもしたの?」
「まさしくその通りだろう、そうでもなければ命など賭けん」
出会って自分に襲い掛かってきた女に一目惚れ? 女のくせに?
でも、この女なら――――
ナイフで何度も刺されても抵抗しなかったようなイカれた女なら――――
本当にそんなこともありえるのかもしれない。
「さて、我は帰るとするか」
「……アンタの主でしょ? 私を始末しないの? 主に仇なした者よ」
「お前がもう主を殺すようには見えん、以上だ」
そう言ってペガサスは魔法陣を展開して、虚空に消えた。
あとに残されたのは私と、意味不明な女だけ。
私達を見ている者は夜空の星と月、そして木々しかいない。
月明かりに照らされ、あまり良く見えなかった女の顔が露わになる。
美しい、そう表現するには過ぎている。
そう感じさせるほど綺麗な顔立ちの女だった。
「……」
女は私の膝の上で安らかな寝息を立てている。
「私はね、ただ、貴女と、美少女と、ドスケベしようとしているのよ」
この女の言葉が、どこまで本気かはわからない。
ただこの女に付いていけば、退屈だった生活も、きっと面白くなる。
私は心のどこかでそう思った。
この女に付いていくのに必要なのが、この女に愛されることだというのなら受け入れよう。
私はその女の髪をそっと撫でる。
微かに濡れているような、それでいてさらりとしているような。
そんな髪だった。
「いいわ、面白い。貴女に付いていけば、私も何か変われる気がする」
それが私とヤコの出会いだった。
夜通しで看病した。
夏だったこともあり寒くて凍えるようなことも無く、不思議と眠くならなかった。
朝日が昇り、その女は目を覚ます。
「うっ……」
「あ、起きた」
「……ん~」
女はなにやら自分に向けて包帯の巻かれた手を伸ばそうとしたが、刺された背中が痛んだのか、電流が走ったようにビクッとしたあとに手をおろす。
「ちょっ、何してんの!? 傷口が開くってば!」
折角治ったのにまた大量の血が流れたら今度こそ死んでしまうだろう。
「貴女……」
女は自分を見つめた後、いきなり腰に手をまわしてきた。
何をしているんだと思ったら、自分の開いたお腹に突然顔を押しつけてスリスリし始めた。
なんだこの変態!?
「何してんの!? 朝弱すぎじゃない?」
「あと五分……」
「五分もお腹スリスリされてたまるかッ!」
少しキモくて、思わず女を突き飛ばしてしまう。
「痛い……」
突き飛ばされた女は地べたに寝そべりながら自分に向けて抗議の視線を向けてくる。
なんでこんなアホそうな女に自分は手も足も出なかったのだろうか、それを考えると悲しくなる。
「私なんでこんな奴に負けたんだろ……」
悲しさのあまりため息が出てくる。
こんなやつに付いて行っていいのか、もう一度考え直したくなる。
「貴女……」
「フィスト」
「……?」
「私の名前よ、昨日聞いたでしょ」
これからこの女と一緒に旅に出るつもりなのだ、名前くらい覚えてもらわなければ。
だが少し照れくさくって、そっぽを向いてしまう。
女はそんな私を見てニヤニヤしている。
なんだこいつ、ムカつく。
「な、なに寝っ転がりながらニヤニヤしてんのよ、気持ち悪い」
「ふふっ、ありがと。フィスト」
私の悪態を気にすることなく、女は私に笑いかけてくる。
なんなんだこいつは、余計に顔が合わせづらい。
自分の顔が赤くなってる気がする、まだそっぽ向いとこう。
そうしていると、寝てればいいのに何故か女は立ち上がろうとして、再び激痛に顔を歪める。
「くっ」
「あっ、ちょっと! まだ安静にしてなさいよ! 今度こそ死ぬわよ!?」
「目の前の美少女を抱きしめられないなんて、死ぬより辛い……」
「そこまで!?」
返ってきた言葉は、ある意味この女らしい返事。
事実、この女は私を抱きしめようとして死に掛けたのだ。
「あぁ、もうっ!」
自分にどれだけの価値があるかは知らない。
この女の気まぐれなのかもしれない。
「ねぇ」
でも
「貴女の名前も教えてよ」
私はこの女に付いていくと決めた。
きっとこれは何かの縁だ。
「天上院。天上院弥子だよ」
「テンジョウイン、ヤコ?」
なんども繰り返してみたが、どうも言いづらい。
ヤコでいいや、名前なんてそこまで重要じゃない。
「ヤコ、なんでこんなところにいるの?」
「貴女を探していたのさ」
そんなわけがない。
「冗談はやめて」
「美少女を探す旅をしているんだ」
嘘ばっかり。
「もう、いいわ。ヤコは旅人かなにかなの?」
転移者だとは思うが、万が一がある。
「流浪者っていうのに分類されるそうだよ」
ほぼ確定だ。流浪者というのは国籍がないものを指す。
基本的には罪人か転移者くらいしかいない。
「根無し草ってことね。いいわ、貴女の旅、私も連れて行きなさい」
「あはは、なんで?」
私の提案に対して、何かを試すかのように女。
私は正直に理由を言う。
「貴女に正々堂々勝つためよ、ヤコ」
この女に付いていけば、自分は少なくとも今より上にはいけるだろう。
「今の私じゃヤコに勝てない。だからヤコに付いて行って、私も修行する」
「構わないけど、一つだけ条件がある」
付いていくという私に、なにやら条件を出すと言うヤコ。
なんだろう。
気絶する前に私と、その……エッチな事したいとか言ってたし、それだろうか。
だが彼女の口から出た言葉は、それを更に超えてくるものだった。
「私の旅は、本当に美少女を探すのが目的。貴女以外の女の子も、私は抱くよ」
私は絶対に抱く、ただし他の女も抱く。
危ない、もう少しでひっぱたくとこだった。
いや、ひっぱたいても許されただろう。
そんくらいには最低な発言だった。
「最低」
「全員、本気だもん」
どうやら本人は大真面目らしい。
なんかバカらしくなってきたと同時に、悔しいという想いも生まれる。
だから、言った。
この女に、私が一番だと言わせてやる為に。
「わかった、私しか見れないようにしてあげる」
見てろ
「それはとっても楽しみだね」
ヤコの最高になってやる。