おばば様の警告
成長を促進する力を、周囲の茨やおばば様に掛けても全く変化は起こらない。
ならばと成長を遅らせる技を使ってみるが、むしろ腐敗への抵抗を弱めただけで何の効果も無かった。
「ええか、六柱は一枚岩では無い。だが、全員マスターへの恩がある」
必死な私をよそに、おばば様はどこか諦めたように言葉を紡ぎ始めた。
「エクストとゼロは恐らく、マスターに心酔しておる。どんなことがあっても使命を優先するだろう」
エクストとゼロ。
確か中央王都の王様と、トレボールという国の王様だったはずだ。
ヤコに付いて回っているだけの私には、おばば様がたまに話すその話はよく分からなかったが、今からおばば様が話す事だけは絶対に覚えてヤコに伝えるべきだということだけは分かる。
「ミューズは分からん。気分屋なヤツじゃから、最終的に何をしたいのかすらも読めない」
じゃが。そう言っておばば様は一度言葉を区切ると、深呼吸を行って再び口を開いた。
「ペンドラゴンの奴だけは、ひょっとしたらワシと同じことを考えてるかもしれん。奴も自らの子を手に掛けるようにとマスターから言われとったはずじゃ」
ペンドラゴンだけは味方かもしれない。
他の人の名前は正直忘れてしまいそうだったので、それだけを私は必死に覚えました。
「ワシは、マスターにもお主達にも、どちらの方にも付くことを拒んだ。奴はどうするのかのう」
そう言って、おばば様は静かに目を閉じました。
もう体の半分は朽ち落ちており、着ていたフードが地面に垂れています。
本当に死んでしまったのか。
そう思った私の心に反して、おばば様は閉じた目を再び開くと、焦ったように息を呑み込みました。
「おぉ、すっかり忘れておった。一番危険なヤツを」
そして、残った右手で私の肩に触れると、真剣な眼差しで見つめてきます。
「サタンにだけは、気を付けろ。奴だけは信用してはならん」
必ず導き手殿にも伝えてくれ。
そう言っておばば様は、今度こそ本当に目を閉じました。
腐食は進み、遂におばば様の口元にまで及びます。
最後までおばば様は、私には何も言ってくれないようです。
それが少しなんだか悔しかった私は、唯一残った彼女の耳元に自らの口を寄せました。
「今日まで、お世話になりました」
おばば様の目元が、少し和らいだように見えます。
別れの言葉が無いのは寂しかったですが、私達植物は朽ちたならば土に還り、新たな成長を促す糧となるのです。
ですから、おばば様は今ここで朽ちたとしても、森へとその身を埋めて、私の力となるのです。
だから別れの言葉など必要ない。
本来は喋ることの無い植物に、そんなものはない。
さて、私は早くヤコの下に戻らねばなりません。
ゴーレムの動作も止まっているはずですし、もう脅威にはならないでしょう。
私は目を閉じて、ヤコが身に着けているはずのカチューシャへと意識を向けました。




