おばば様の最期
私の目の前で、腐り落ちていく茨の檻。
背後でドサリ、という音が聞こえて振り返ると、そこには地面に倒れたおばば様の姿。
「おばば様!」
驚いた私は、直前まで逃げ回っていたことも忘れておばば様に駆け寄りました。
声を掛けても反応がありません。
とりあえず、せめて仰向けに起こさなければ。
そう思った私がおばば様をひっくり返そうと腕を掴むと、果物を潰した時のような柔らかい音を立てて、彼女の腕が取れてしまいました。
自分の手に持つ腕を見て、しばし呆然とします。
そして恐る恐る、今度は決して傷付けることのないよう、そっとおばば様の身体を起こしました。
その白かったはずの肌は茶色く染まり、少し触れれば音を立てて潰れる。
おばば様の身体は、腐っていた。
「な、んで」
実体を持たない植物人は、その依り代としている植物を生命線、或いは心臓として活動している。
ゆえにおばば様がこのような状態になったのは、彼女の依り代に深刻なダメージが及んだからだ。
でもなぜ。ふと私が見上げれば、おばば様の依り代であるはずのユグドラシルと称される大樹は今も緑の葉っぱを先まで茂らせ、私の目の前、古代森林の中央に悠々とその姿を構えている。
決して腐ってなどいないし、問題があるようには見えない。
ならば何故、そんな腐るなどと。
いや、原因は一つしかない。今このタイミングで、彼女がこうなったのと同じ時に腐り落ちたものがあるじゃないか。
それは今も、私達を囲むようにして、地面に散乱している。
茨の檻。
その成れの果ては、鋭く尖らせていた棘すらも萎びて、土に還ろうとしていた。
まさか、おばば様は。いやそんなはずがない。だってつまりそれは。
おばば様がユグドラシルから茨の檻に依り代を変更したとしたら。
おばば様を殺したのは私ということになる。
「ヴィエラ」
突然名前を呼ばれ、驚いた私は視線を下に落とした。
私の膝の上にある、想像もつかぬほどに老いた女の顔。
おばば様、と呼んではいたが、彼女はこれほど顔に皺などなかったし、皮膚も黒くはなかった。
私を追いかけていた時は少女のような外見にしか過ぎなかった彼女が、完全な老婆となって、今私の膝の上にいる。
「これでいい、これでいいのだ」
おばば様は、そう言って満足そうに微笑んだ。
「マスターには感謝している、じゃがヴィエラを愛している」
一言一言喋る度に、おばば様の身体はボロボロと崩れていく。
どうかこの腐敗を食い止めることは出来ないか。
「最期にワシの話を聞いてくれ、ヴィエラ」




