逃げ出したけど変身するけどリベンジだけど
「聞いて欲しいことがあるの」
そう言ってフィストはペガサスに念波を飛ばした。
(私が囮になるから、ヤコを連れて逃げてくれ)
(無理だ、我が主が認めるはずがない)
(今ヤコは光線で気絶してる。認めないことも出来ない)
(起きた主が何を思うか貴様に分からんのか!)
(ここで二人ともやられちゃったらどうしようもないでしょ!)
(ぐっ、だが……)
(私のことはいい、貴方達は空を飛んで上空からここを脱出して)
(脱出したところでどこを目指せばよいのだ、王都の属国にいけば追手から逃げることはかなわん)
ペガサスのその言葉に、フィストは一瞬押し黙る。
中央王都の属国、それは中央大陸ほぼすべてだ。
逃げるならばそれこそ大陸から移動するくらいでないと駄目だろう。
(港町ヘイヴァー)
(ん?)
(ヘイヴァーならここからも近いし、他の大陸に向かう船もあるはず)
(その船が治安委員に監視されているやもしれんぞ)
(民間の船だっていっぱいある、金はまだ残ってるし、買うなりどうにか乗せてもらえばいい)
(怪しいプランだな)
(今の状況よりはよっぽどマシでしょ。もう時間がない、後は頼むよ、ペガサス)
(……)
ペガサスとの念波を打ち切ったフィストは立ち上がり、幻術を展開しながら大声をあげてアイディールに突撃する。
それを横目に見ながら、ペガサスは天上院に近付き、その襟首を咥えて背中に乗せ、飛び立つ。
上空からフィストが捕まり、治安委員に拘束されているのが見えた。
周囲を確認するペガサス。
辺りに他の治安委員の姿は見えない。
アイディールが、下手に人員を配置すれば天上院の力により被害が拡大すると判断したため、最小限の人数しか配置しなかったためだ。
天上院がペガサスを使役しているとの情報がなかった為、鉄の壁で包囲は十分と判断したのもある。
「……」
ペガサスは無言で、鉄の壁の外に着陸する。
そして天上院を降ろし、回復魔法をかけ始めた。
「のう主よ」
回復魔法をかける間、ペガサスは天上院に語り掛ける。
「主は先日、永遠の愛を探しに行くとか言っていたな」
まだ天上院は目覚めない。
「私はこの目で、それに限りなく近いものを見たぞ」
ペガサスは回復魔法の効力を引き上げる。
早く帰ってこい、探しているものが無くなってしまうぞ。
そう言っているかのように、ペガサスはひたすら天上院を回復し続ける。
「ん……」
天上院が微かに目を覚ました後、ゆっくり体を起こし、周囲を確認する。
そして自分がなぜ意識を失っていたのかを思い出す。
「ペガサス、フィストは、治安委員は!?」
「この壁の向こう側だ」
ペガサスに掴み掛るように、天上院は質問する。
ペガサスはそれに答えた後、今度は逆に質問を返す。
「主よ、二つの選択肢がある」
「なんだい!? いいから早く私をフィストのところへ連れて行ってくれ!」
「一つはあの女を切り捨てて、逃げること。もう一つはこの壁を越えて、死地に舞い戻ることだ」
「ペガサス」
「なんだ」
「私はね、死ぬのが怖くて美少女を諦めたことはないよ」
そんな愚問をなぜ聞くんだとばかりに、天上院はペガサスを見つめ返す。
「愚問だったな。そういえばあの女に会った日も、主は死にかけていた」
それはフィストと天上院が出会った日。
ペガサスが天上院と出会った日。
天上院はペガサスを奪いに来たフィストと戦い、圧倒した後に襲おうとし、逆に死にかけていた。
随分と酔狂な人間が主になったものだとペガサスは思う。
「時間の無駄だよ、ペガサス。私を早く壁の向こうに」
「待て主。今の状態の主が行ったところで、あの女を守れる確率は低い」
「ならどうしろっていうんだい、ペニバーンと融合できるようになるまで待てとでも!?」
「落ち着け主よ」
そこでペガサスは言葉を区切ると、馬界では超絶イケメンスマイルを見せて言う。
「いつから融合できるのがペニバーンだけと錯覚していた?」
「ま、まさか」
「うむ、我とも融合できるぞ」
そう言うとペガサスは大空に嘶く。
すると天上院とペガサスは光に包まれ、消える。
その眩しさに思わず目を閉じた天上院が再び目を開けると、そこは以前見たような空間だった。
「うわ、ペガサスもコレ出来るんだ」
「ある程度の神格を持つ者なら誰でも使えるぞ」
天上院は声が聞こえた方に振り返る。
そこには白銀の髪を靡かせた美しい美女が……
ということは特に無く、普通にいつも通りのペガサスがいた。
「なんでよ!」
正直滅茶苦茶期待していた天上院は落胆のあまり叫ぶ。
いや、それどころではないのだが。
「まだ主は我に名付けを行っておらんからな」
天上院の言葉に対し、大丈夫、わかってますよとでも言うように落ち着いた声でペガサスは諭す。
「名付け?」
「うむ、主はグングニルにペニバーンと名付けただろう? アレによって武器は正式に所有登録が行われ、真の力を発揮出来るようになるのだ」
「なるほど」
名前を付ければいいらしい、というかペガサスって武器なのか。
天上院は考える。
だが時間はあまりない、この瞬間にもフィストが苦しんでいるかもしれない。
天上院は直感的に一つの名前を思いつく。
「ロウター」
「ほう」
「その姿を見た者全ての魂を震わせるようにとの祈りを込めて、この名を贈るよ」
「ありがたく頂戴する、我が名はロウター。主であるヤコ・テンジョウインに忠誠を誓う」
そう言うとペガサス、ロウターの体は光輝く。
光が収まると、天上院が想像した通りの銀髪美女が現れた。
「我が生涯にして初めての人化だ。感慨に耽りたいところだが時間がない、さっさと融合を行うぞ」
「やり方はペニバーンと一緒?」
「その通りだ」
天上院とロウターの頬にそっと触れ、そっと唇を触れ合わせる。
いくら急いでいるとはいえ、キスを強引にやれば逆に時間がかかる。
そう判断した天上院は、軽くロウターの唇をなめた後、ゆっくりと舌を挿れる。
「ふむ、流石というべきだな」
「あはは、慣れてない反応がかわいいよ」
二人の思いが一つになり、再び二人は輝きだす
――――
「これが、ロウターとの融合……」
(体の調子はどうだ?)
「最高だよ」
ロウターとの融合を終えた天上院。
その背中には翼が生えていて、神話に登場する天使のような姿をしている。
そう、本当に天使のような姿をしている。
服を着ていないタイプの。
「前張りっていうんだっけ、ニップレスにはもう慣れたけど、これを着けるのは初めての経験だね」
(圧倒的な速さを追求した結果、少しでも空気抵抗を減らす為、服は必要ないとの結論が出た)
「その発想はなかったよ」
(天才的な発想だろう?)
「クレイジーだね」
そう言うと天上院は足に力を籠め、空へ飛び立つ。
「おぉ、本当に飛べたよ」
(私とペニバーンの融合の違いはこれだ、攻撃力及び突破力では劣るがな)
天上院はそのまま鉄の壁の中へ降り立つ。
そこにはもがき苦しむフィストと、その額に天秤を当てて笑みを浮かべるアイディールがいた。
アイディールへと駆ける天上院。
「ふふっ、無様ですねぇ」
「その言葉、もう一回言ってみなさい」
容赦なくアイディールを蹴り飛ばす天上院。
アイディールは壁にぶつかり、強く背中を打ち付けた。
「がはっ」
「無様? 貴女の審美眼は壊滅的なようだね」
もはやフィストを苦しめるものはいない。自分が許さない。
ゆっくりとアイディールの元へ、トドメを刺そうと歩き出す天上院。
だがそれを制止する者がいた。
「だ、駄目……」
フィストだ。
彼女の眼は、血走り、天上院を見つめているつもりなのだろうが、視点があっていない。
そんな彼女を拘束する治安委員の二人は、呆気にとられたような顔でポカンと口を開けて状況の理解が出来ずにいる。
間抜け面をした二人もアイディールと同じように蹴り飛ばす。
拘束が解け、体を支えるものが無くなり、倒れこむフィストをそっと受け止める天上院。
「もう大丈夫だよ、フィスト。あとは私に任せて、ゆっくり寝てて」
愛おしい。
自分の胸の中で、息も絶え絶えな様子のフィストを抱き締めて、天上院は思う。
この子は自分を助けるため、我が身を犠牲にしてまで恐ろしい者に立ち向かったのだ。
力及ばす、捕まって痛みにもがき苦しんだ彼女。
無様?
この姿がそんな風に見える人間は、きっと世界の何より醜いだろう。
「貴女は、世界の何より美しい」
天上院がその言葉を言い終わるかどうかというタイミングで、フィストはそっと動きを止めた。
大丈夫、生きている。こんなに安らかな寝息を立てているのだから。
「さて」
そんな彼女をそっと寝かしつけると、天上院は、この世界の何より醜いだろう存在に振り返る。
「始めようか、第二ラウンド」
体勢をどうにか持ち直したアイディールは、強く天上院を睨み返す。
「望むところです、鳥女」
アイディールが立ち上がり、天秤を天上院に向けて構えると、光線を放つ。
「それはもう見飽きた」
生身ではそれをペニバーンで防ぐしかできなかった天上院だが、ロウターと融合した今は余裕をもって避けることができる。
避けた後、天上院はアイディールが次の行動に移る前に接近し、再び蹴りを放つ。
ロウターとの融合により圧倒的なまでの速さを得た天上院の攻撃を、武器に任せていたため接近戦は普通の治安委員程度しか鍛えていないアイディールが躱すことは出来ず、再び壁に身を打ち付ける。
一方的だ。
しぶとく立ち上がるアイディールだが、その攻撃はもはや天上院にかすりもしない。
躱された天上院が再びアイディールに接近して、今度は思いっきりぶん殴る。
「う……ぐ……」
「勝敗は決したでしょ、もう諦めなよ」
地面に倒れ伏すアイディールはその体を震わせながら、尚も立ち上がる。
「まだ……です」
「そう」
気丈にも立ち上がるアイディールを容赦なく蹴りつける天上院。
再び倒れても、尚起き上がるアイディール。
「まだやるの?」
「私だって……上に立つ者としての、責任とプライドがあるんですよ」
そう言って、不屈の眼差しでアイディールは天上院を睨み付ける。
「だから、諦めるなんて無理です」
「〝高貴なる粘り”の精神は嫌いじゃないけど、私も時間が無いんだよね」
そう言って天上院は再びアイディールを蹴り飛ばす。
天上院の変身時間がいつまで続くかわからない。
だからアイディールにはさっさと諦めるか倒れて頂きたいのだが、アイディールは尚も諦めない。
「……しい」
「なに?」
これだけ全力でやってもまだ意識を手放さないアイディール。
天秤を握りしめ、小さく何かを呟く。
「力が……欲しい」
「……まさか」
その光景をどこかで見たことのある天上院。
「私に力を貸しなさい、ラーの天秤!」
そう言うと、アイディールは天秤ともに光に包まれ、数瞬の後、また現れた。
その額には天秤の刻印がなされ、右手には錫杖。
アイディールの姿を見た天上院は、ニヤリと笑って言う。
「ウェルカム、こちらの世界へ」
「嫌ぁあああああああああ!」
勿論アイディールも例外無く全裸である。
「新たな変態を歓迎しよう」
「私と貴女を同じにしないでください!」
こんなはずじゃなかったとばかりに、体を腕で隠すアイディール。
「結構おっぱい小さいんだね」
「ぶっ殺しますよ!?」
錫杖を振るって、アイディールが光の玉のようなものを飛ばしてくる。
それを難なく避ける天上院。
「いいパンツだね、腰巻っていうのかい」
「なんで胸は丸出しなんですか!」
「ニップレス着いてるじゃん」
「ニップレスは服じゃありません!」
「〝着いてる”って書くんだから服に決まってるよ」
「〝付けてる”が正しい表現です!」
折角身武一体をしたアイディールだが、その攻撃にキレがない。
恥ずかしがってうまく戦えないからだ。
いや、彼女の反応は正しい。
周りを一切気にせず全力を出せる天上院とフリジディ王女の方がおかしい。
「変態力……たったの5か……常識人め」
「当たり前ですよね!?」
アイディールは必死に錫杖を振るって攻撃を仕掛けるが、その全てを天上院に避けられる。
天上院は、アイディールに向けて走り出す。
「この力を望むなら、恥じらいを捨てるんだ!」
「無理です!」
「究極性技 真四十八手 其ノ二」
天上院は、変態としての格をアイディールに思い知らせる為、トドメを刺す。
「〝チドリノキョク”」
〝チドリノキョク”
神速で繰り出される連続攻撃。
技を放つその手が、まるで琴を弾いているかのように見えることから、その名がつけられた。
この技を見た者は、もはや避けることを諦める。
「きゃぁああああああああああ!」
「出直してらっしゃい、お嬢ちゃん」
『鉄の女』アイディール・ロウ。
彼女の検挙記録は、ここで破られた。