魔王、襲名
浮気? 何を言ってるんだこの人。
困惑する私に、サタンはそっと近付いて微笑む。
「身武一体という現象を知っているか?」
聞き覚えがある、というか見た事がある。
ヤコが『完全変態モード』とか言っていたアレだろう。
ペガサスや槍と一体化して、圧倒的な力を手に入れる技だ。
確かフリジディ王女も使えたはずだ。
「それで間違いない。一定以上の神格を持つ武器や生命体と、元となる一人によって行われる現象なんじゃが、それをワシとフィストで行う」
やだ。
反射的にそう思った。
「なんじゃ、冷たいのぉ」
いや、この人と一体化するというのは勿論嫌なのだが、それ以上に嫌な理由が一つある。
私にはイマイチ、身武一体に対しては変態的なイメージしかないのだ。
使ったら全裸になるというイメージしかない。
強くなるためにはプライドを捨てて我武者羅に修行を積んできた私であるが、流石に人としての尊厳まで手放したくはない。
逆にそれすら捨て去り、むしろ嬉々として力を使っているように見えるあの女には呆れを通り越して尊敬する。
「安心せい、別に脱ぐと決まったわけではない。人によるが服が残る可能性はある」
本当だろうか、この女の言う事はイマイチ信用できない。
これが身のこなしなどのコツであれば素直に従っていたかもしれないが、日常生活においてサタンに対する私の信頼はゼロに等しい。
基本的に人をからかって生きている節があり、嘘も平気で吐くのだ。
「まぁ良い。力を選り好みして、かけがえのない存在を見捨てるというのならば、それもまたお主の選択だ」
そしてこの女は、人の心の弱みを突くのにも容赦しないのだ。
「……やるわ」
「それでいい」
私の返答に気を良くしたのか、先程よりも笑みを深めて近付いてくる。
そして私の顎を触って、私の眼と自らの瞳を交差させた。
「待って、何を」
「身武一体とは精神の繋がり」
顎から私の首筋へ、ゆっくりと両手で包み込むようにして。
そして私の瞳の奥底を覗き込むようにして。
「ワシの全てをフィストが知り、フィストの全てをワシが知る」
どうしてこう、私の周りの人間は口付けが上手いのだろう。
気付いた時には心が奪われており、眠気にも似た心地良さすら覚える。
全てを任せられるような安心感と、湿った唇から流れ来る快感。
「幾千年の時を掛けて、ずっと探し続けてきた。ワシの全てを受け入れるに足る器を」
湧き上がってくる力と、魂の震え。
「あぁ、『マスター』よ。感謝するぞ」
私達二人の身体が、黒い闇に包まれる。
「この時を、新たなる魔王の誕生を、ワシはずっと待ち望んでいたのだ」




