サタン、再び
「ここは……?」
禍々しい短剣から放たれた闇の奔流に飲み込まれたと思ったら、私はどこまでも広がる暗闇の中にいた。
上下左右の感覚などなく、歩を進ませれば何処へでも行ける。
まるで水の中を目を閉じて歩いているかのような不安定感の中、不意に後ろから人の気配を感じた。
そしてその正体を知る為に振り向くと、私は一瞬驚きで声が出なくなってしまった。
「私の可愛い元弟子よ、元気かの?」
魔王・サタン。
修行の間でしか直接対峙したことはなかったが、その時とは比較にならない程の威圧感が、私の心臓を鷲掴みにする。
間違いなく化け物。咄嗟に閃いた私の策も、やはりコイツ相手では話にならなかったか。
「いや? ワシはまんまとお主の技に引っかかったぞ」
心を見透かしているかのような返答と共に、サタンはケラケラと笑う。
彼女がそう言うのであれば、確かに私の策略には引っかかったのかもしれないが、それが功を奏したというのは別の話なのだろう。
現にこうして私はサタンに謎の場所で捕らえられ、逃げることが出来ない。
「あぁ、そんな後ろ向きの考えをするな。別に今のお主をどうこうする気はない、むしろ褒美をやろうと思っているのだ」
褒美?
この女にそういった発想があるというのは初めて知った。
なんせ修行の途中に休憩を申し出たり、一時的中断を申し出ても全く聞き入れずにハードスケジュールを実行させようとした人物だ。
強者を育てる為には飴を与えず鞭でひたすら叩けばいいという思考の持ち主とばかり思っていた。
「ほう。そこまで言うのであれば別に今からこの場所で永久無限の修行を始めてもいいのじゃぞ?」
いや頼むから本当に勘弁して。
先程からどうやら私の思考が完全に筒抜けのようだが、これも魔王の力なのだろうか。
「別にこれはワシの力では無く、お主の精神世界に干渉しているからで……いや。今はそんな説明はどうでもよいかの」
そう言ってサタンは気を取り直すように首を振り、私に一歩近付いた。
「とりあえず今は、ワシとの話などよりも大切なことがあるじゃろう?」
そうだ。
いきなりこんな場所に連れて来られたから思わず混乱してしまったが、本来私は戦艦トレボールでヤコを救出している最中だった。
一刻もはやくここから抜け出して、ゼロとかいうトレボールの大ボスと戦わなければ。
「あぁ、だがゼロは恐ろしく強いぞ。この世界で私の次くらいに強い」
いや、その意地っ張りは心の底からどうでもいい。
とにかく、今すぐ私をここから解放して欲しい。
そしてあの場所へと帰して欲しい。
「それは構わんが、今のお主の力ではゼロに敵わん。普通の幻術などは奴に効かんのだ」
なら一体どうすれば。
そんな私の疑問に答えるかのように、サタンは微笑んだ。
「ワシと浮気しろ、フィスト」




