フィストの閃き
ビッケと合流した私は、すぐに店を出た。
王都には既に臨戦態勢とも言うべき緊張した雰囲気が流れている。
魔王の足止めとして、渾身の置き土産を用意したつもりではあるが、それでいつまで抑えることが出来るかは分からない。
それほどまでに、私にとって魔王というのは強力なのだ。
先程ビッケに診断してもらったから、ある程度の安心はしているが、今この時に見ている景色だって、彼女によって見せられた幻覚であり、本当の私は既に魔大陸で捕らえられているのかもしれない。
いや、もしもの話をしたって仕方がない。
私が、本当に助かっているという前提で、ここから先は行動しよう。
「ねぇ、あれ……」
ビッケが、少し怯えたような声で何かを指差した。
彼女の指し示す方を見上げれば、そこには空を覆い隠すように広がる巨大な戦艦。
太陽を遮るかのように浮かぶその黒い塊は、人の根源的な恐怖心を呼び起こさせる。
「戦艦トレボール、か」
ここに来る途中で、道行く人々が何人も口にしていた。
荷物を纏めて、必死の形相で王都から逃げていく人達。
彼らは口を揃えて言うのだ。
『トレボールがやってきた』
トレボール。
その名前を私は知っている。
ヤコが、私と連絡が取れなくなる直前に訪れていた国の名前だ。
その国に入って暫くしてから、彼女との連絡は一切途絶えた。
嫌な予感のした私は、お師匠様……魔王・サタンに、修行の一時的な休止を願い出た。
だがその許可は下りず、寧ろ魔大陸からの出国を禁じられることとなる。
不審に思った私は、彼女の言いつけに背いて、その日の内に荷物を纏めて魔大陸を離れた。
すぐさま大量の魔物に後を追われたが、サタン以外の魔物など、子供の頃からモノの数ではない。
昔に魔大陸から逃げ出した時の様に、今回も軽く追い払ってやろう。
そう思って追手の魔物に振り返った時、私は驚いた。
『すまんのう。命令なのじゃ、決して逃がさんぞ』
大量の魔物の中に、一際、いや圧倒的な力を持つ存在が一人。
あの魔王が直々に、私を追って来ていたのだ。
本来彼女は、王であるが故に、基本的なことは部下へと指示をして、魔大陸の中央に君臨している。
だがその彼女が直接私を追う者として現れたのだ。
只事ではない。
ここで捕まってしまえば、私にとって決して受け入れることの出来ない運命が訪れる。
そう確信した私は、全力で彼女へと幻術を掛けた。
今逃げるだけでは話にならない。
いずれサタンは再び私を追って来る。
だから、その未来への幻術も。
結果はどうなっているかは分からない。
咄嗟に閃いた事だったし、サタンには見破られるかもしれない。
だが、少なくとも手に入れたであろうこの時を使って、出来ることをせねばならない。
「ビッケ、アレに乗り込むわよ」
ヒントは殆ど無いが、ヤコが音信不通になった国と同じ名前を冠する、あの戦艦に答えがあるはずだ。
だったら、乗り込んでその謎を暴いてやる。




