ボーズの敗北
本当になんなんだ、腹の立つ。
何よりも不甲斐ない自分に一番頭に来る。
油断していたとでも言うのだろうか、このバカ相手に手も足も出ない。
確かにエンジュランドのNo.3という立場になってから、以前よりも鍛錬の時間は減った。
だが決して衰えることなど無いように自らを磨き続けていたつもりだ。
稀に訓練兵相手に模擬戦を行う事もあったが、その時に鈍ったと感じたことも無い。
単純に、ドレッドが恐ろしく強くなっているのだ。
確かに以前からコイツの攻撃は早かったし、食らえばかなり効いた。
だが目で追えない程ではなかったはずだし、一撃でよろめく程の威力も無かった。
永刻祭の時の私は、ガラード様との戦いで多少傷付いていたが、その時ですら今ほどの苦痛を感じたことは無い。
私が放つ銃弾を化け物染みた速さで躱し、反撃とばかりに倍以上も打ち返してくる。
最初に攻撃を受けた時は油断による不覚だと判断したが、こうも一方的だとそれが誤りだというのが痛いほどに分かる。
「ぐうぅ!」
そしてまた、私の肩を奴の弾丸が貫く。
思わず態勢を崩した私の懐に飛び込み、更なる追撃。
何度地面に膝を付いただろうか。だがその度に奴は甚振るように私が立ちあがるまで待つのだ。
「頃合いか」
それから再び何度も叩きのめされた後、遂に身体を支えきれずに倒れた私を見下し、ゆっくりと近付いてきた。
私の襟首を掴み、戦いを見守っていた観衆達に見せ付ける。
「温い言葉は自らの身体を鈍らせ、その牙を脆くする」
もはや口を開くことも、指を動かすことも出来ない。
ただ無様に吊られて、荒い息を吐くだけだ。
「人と和平を結ぶ。それは私達にとって意味があるのか? 今まで何も問題など無かったし、これからも無い」
そしてドレッドは私を足元に放り、両手を広げて演説を続ける。
「いや、無意味なだけではない。邪な人間達と手を結べば、必ずやいつか争いの火種になるだろう。そんな考えは徹底的に排除しなければならないのだ」
段々と意識が朦朧としてきた。
今だけは気絶をしてはならない、踏ん張らねばならない。
だが、過剰なダメージを受けたことによって、獣人化解除の代償である強制睡眠状態という流れに抵抗することが出来ない。
「そう。そのような愚かな考えをする者が現れぬように、人間共をこの爪で、牙で引き裂き、かみ砕かねばならないのだ」
段々と全ての声が遠くなる。
耳朶を打つ音は強まっているのにも関わらず、それが何を言っているのかは分からない。
そして意識が完全な暗闇に包まれる直前、もう見えないはずの景色に、金色の輝きだけが見えたのだ。




