ティーエスの追跡
ヒストリアさんと共に突撃した放送局の入り口で、車を大勢の人魚に取り囲まれた。
全員目が正気じゃない。
明らかに自分の意志による行動でないにも関わらず、強制された暴力的な行為は、俺の心に強い不快感を感じさせた。
これがティーの力だというのが信じられない。
そして、一度歌えば聴く人全てを感動させるティーの歌声が持つ本来の力そのものという事実を知って、更に驚いた。
海底都市の復興の原動力と言っても過言ではない彼女のエネルギーが、こうして争いの火種となっているのは、どうにも納得がいかないというか、悔しい気持ちになる。
彼女の力は、こんなことに使うものじゃないと声に出して叫びたい。
だがそんなことで、操られている彼らがその手を止めることは無いし、今は優先すべきじゃないことも分かっている。
「トライデントを抜け!」
いよいよ車が人魚達によって破壊されそうになった時、ヒストリアさんが叫んだ。
その言葉と共に、被せていた布を取り去ってトライデントの姿を見せる。
『裏切り者。ミューズ。我が主よ。仇を必ず』
「うわっ!」
トライデントを抜き去った時、強烈な冷気が辺りを包んだ。
身震いするような寒さは車の外にも波及しているのか、襲い掛かって来た人魚達は身動き一つすることなく立ち止まっていた。
『許さぬ!』
「ぉお!?」
そして一際大きく槍が暴れると、どこからともなく水の奔流が魔法陣と共に現れた。
あまりに強烈な流れに、逆らうことが叶わなかった人魚達は流されてゆく。
実に不思議なことに、水の流れは俺達がいる車には全く関係が無いかの様に人魚達だけを押し流し、遂に放送局内部への道が開けた。
いざ突入、と意気込んだその時、俺のポケットの中に入ったスマホに着信が入る。
着信元はワイゼル。
緊急時であるため後回しに出来るだろうが、何故だか嫌な予感がする。
「ヒストリアさん」
「構わん、電話に出ろ」
ヒストリアさんの了承を取ってワイゼルからの電話に応答する。
『おい、今どこにいるんだ!』
「ティーの居場所を突き止めた。これからヒストリアさんと放送局に突入して『違う! ティーはそこにはいねえ!』……なんだと?」
電話口から聞こえてきた慌てた声音に、思わず耳を傾ける。
ティーが放送局にいないとはどういうことか。
海底都市内全体への放送が可能な施設などここにしか無いし、厳重な警備が敷いてある。
ここにティーがいないならば、一体どこにいるというのか。
『外交窓口だよ! スゲエ沢山の船に乗って、地上に向かうらしいんだ!』




