王女様だけど戦ったけど厳しいけど
「……貴女も使えるって、どういうこと?」
「そのまんまの意味よ」
フリジディ王女は盾を天上院と同じように夜空へかざすと、光に包まれて消える。
数瞬の後、再び閃光と共にフリジディ王女が現れる。
「お待たせしたようね」
「……君もかい」
「えぇ」
そこには、天上院と同じようにニップレスを付けてほぼ全裸状態の変態王女がいた。
一つだけ違うとするなら、王女の股には天上院のぺニ〇ン違い、貞操帯のようなものが付いているということだ。
「王女様がそんな格好していいのかい?」
「大丈夫よ、どうせ貰い手がいないもの」
「あはは、一人だけいるさ」
「あら、そんな素敵な殿方が?」
「残念ながら男じゃないよ」
完全変態モードとなったフリジディ王女を見て、天上院はファイティングポーズをとる。
「この私さ」
「残念ながら貴女じゃ私に勝てないわ」
「やってみなくちゃわからない」
天上院は王女に飛び掛かる。
その天上院の攻撃を王女は全て防ぎきる。
「無駄よ」
「まだまだっ!」
「だって貴女、その力を使いこなしていないもの」
「なんだって?」
一瞬その言葉に気を取られた天上院。
「隙アリ」
「うわっ!」
フリジディは動きの止まった天上院に魔法陣を展開した手を伸ばす。
勿論洗脳の魔術だ。
「流石にそれを食らったらマズイね」
「うふふ、どうするのぉ? このまま逃げ続けるの?」
天上院はフリジディに攻め手がない。
それに対してフリジディは天上院に洗脳術を掛ければ勝ち。
更に天上院には3分のタイムリミットがある、それを過ぎれば確実にフリジディの防御は突破できないだろう。
「君の完全変態モードには時間制限はあるのかい?」
「完全変態モード……? あぁ、身武一体のことね。あるにはあるけど、貴女よりは長いと思うわ」
「なるほどね」
思わぬところで完全変態モードの正式名称を知ったが、そんなこと今はどうでもいい。
かなりマズイ状況だ。
(主、もう時間がないぞ!)
(分かってる、でもどうすれば……)
(くっ、残り時間は10秒しかない! 捨て身で攻めまくれ!)
(マズイね……)
ペニバーンの言うとおり、防御を捨ててフリジディ王女に襲い掛かる天上院。
その様子を見て、王女はせせら笑う。
「あっは、ヤケになったら勝負は終わりよ」
天上院の攻め方はフリジディからすれば隙だらけであり、洗脳術を使えばいつでもこの勝負を終わらせることが出来ただろう。
だがフリジディ王女はそれをしなかった。
相手が攻め手を失い、敗北が確定した瞬間。
その時に見せる絶望の表情が、フリジディはたまらなく好きだからだ。
フリジディが見た中で、トップクラス、いや最も美しく、それでいて強き力を持つ女。
そんな人は、どんな表情を自分に向けてくれるのか。
間もなく訪れるであろうその時、フリジディはとても待ち遠しい。
(主、すまん……これまでだ)
「あっ……」
タイムアウト、天上院の変身は解け、彼女の恰好は何故か試合の時のボンテージではなく、椿ノ宮の制服になる。
膝から崩れ落ちる天上院、地に伏せる。
「ふふっ」
その髪の毛を掴み、自分に顔を向けるフリジディ。
「はい、おしまい。なかなか楽しかったわよ」
天上院は目を閉じている、気絶しているのだろうか。
そんな天上院の額に、人差し指と中指を付けるフリジディ王女。
「ヤコ!」
「駄目よ! フィスト!」
観客席から身を乗り出し、天上院を王女の手から助けようとするフィストと、それを制止するビッケ。
「このままじゃヤコが!」
「競技場で決められたもの以外が勝手に入って勝負を妨害するのは重罪、それにもう……間に合わないわ」
フリジディ王女の指が光り、洗脳術が発動する。
「ヤコーーーーーーー!」
会場に響き渡るフィストの声。
フリジディの洗脳術が完了した。
モニターに浮かび上がる天上院の顔、その目がゆっくりと開いた。
「あは、ドスケベさん。貴女の名前を教えて頂戴?」
フリジディ王女は天上院に『命令』する。
「永遠に愛してあげるわ」
その問いに対し、天上院が口を開く。
「永遠とは何か」
「へ?」
「永遠の愛とは存在するのだろうか、あるとしたらそれはどのような形をしているのだろうか?」
「え、な……なに? 命令よ! 貴女の本当の名前を教えなさい!」
「永遠の愛……それはきっと人類が誕生してから、ずっと答えを探し続けていた問題」
「な、何故命令を無視するの!? 洗脳は完璧だったはず!」
「その答えを、たかが14しか生きていない小娘が口にするとは片腹痛い」
天上院はフリジディ王女を突き飛ばし、立ち上がる。
「貴様は神にでもなったつもりか? 無知を知れ」
賢者モードの天上院は、人の話どころか洗脳術すら効かない。
「な、なんなの……! なぜ私の洗脳が効かないの!?」
「この世には二通りの人間がいる」
「さっきから貴女は何を言っているの!」
「自らの無知を知る愚者と、自らを博識だと思っている愚者だ」
「……まさか、身武一体の反動?」
明らかに先ほどまでと様子の違う天上院。
同じ力を使えるはずのフリジディは、その原因に漸く気付く。
自分の洗脳術が効かない初めての相手に対して混乱したというのもあるが、フリジディ王女の反動とは異なる反動だった為、原因に気づくのが遅れたのだ。
「くっ、まさか反動のせいで私の打つ手がなくなるなんて……」
先ほど捨て身の状態で襲い掛かってきた天上院に洗脳をかけなかったことに、フリジディは後悔した。
いや、洗脳した後に天上院が状態になったら、どちらにせよ解除されていた可能性が高いので、結果は変わらなかったかもしれないが。
「時間ね……」
フリジディ王女の完全変態モード、もとい身武一体モードの時間も、ここで終わる。
「あぁああああああああもう! なんで洗脳効かないのぉおおおおお!? うわぁああああああん!」
フリジディ王女の完全変態モード終了後の反動。
基本的には天上院と同じく、連日使うことはできない、制限時間がある。
というのは一緒だが、効果時間終了後、天上院の賢者モードと対照的に幼児化するというデメリットがある。
「私のモノになってよぉおおおおおお!」
「人が人を手にする、そんなことは出来るのだろうか、そして出来るならそれは何をもってそう言えるのだろうか」
「なに難しいこといってるのよぉおおおお!」
「奴隷と忠誠は違うのだろうか、ならその違いは何なのだろうか、恋は? 口説き台詞で私のモノになってくれ、とはどういう意味なのだろうか」
もはや試合どころの話ではなくなっている。
片方は悟ったような目つきで虚空を見上げ、もう片方は泣きながらその虚空を見上げている人間の足元に縋り付いているのだ。
しかも後者はこの国の王女であり、世界最強の人物だというのだからもう目も当てられない。
会場にいる人々も「どーすんだこれ」という雰囲気になっている。
「もぉおおおおおおおなんで洗脳効かないのぉおおおおおお!」
「私のモノになってくれる人物、私はその人を手に入れると同時に、その人のモノとなるのだろうか、もしやそれが永遠の愛を解き明かす鍵の一つなのだろうか」
「うわぁああああああん!」
「ならば行こう、この鍵はその扉を開く鍵なのか、別の扉の鍵なのか、また他に鍵があるのか、それを探しに」
「どこいくのよぉおおおおお!」
天上院は王女を引き摺りながら退場口に向かう。
本来試合が決着するまで競技場を出るのは禁止なのだが、この異様な雰囲気のふたりを止めるもの、いや止めようとするものは誰もいなかった。
「な、なんだったの……?」
「とりあえず助かったようね……ヤコさんを迎えに行きましょう、フィスト」
「う、うん……」
二人はまだ騒がしい観客席を、足早に去るのだった。
二人が退場したことにより、大会はよくわからないまま終了した。
閉式の言葉もフリジディ王女が使い物にならなくなった為、現国王が締めくくることとなった。
どう考えても色々ぶち壊しになった大会だったが、国王が最高権力者の威厳を持って強引と言えるほど無理やり場を収めたため、大会自体は無事に終了した。
この後、彼は膨大な事後処理に追われることになる。
その原因のうちの一人と言えるべき女は、王城の奥で未だに身武一体の反動を受けていた。
「もぉおおおおおおおお! あの女どこにいったのよぉおおおおお!」
「王女様、どうかお気を確かに……」
「私の理想の女の子ぉおおおおおおおおおお!」
「城にも見目麗しい女性は沢山おります、どうか落ち着いてください……」
「うぅうううううううう! 裁断者を呼べ! アイディールをここに連れてきなさい!」
「は、はいぃいいい! 畏まりました!」
怒り狂う王女の命令に従う従者、逆らう選択肢などあり得ない。
裁断者及び治安委員は一応王家に従う組織である。
王家の命令とあればすぐさまそれを実行する組織でもあるのだ。
数十分後、王女の下に、『鉄の女』アイディール・ロウが現れる。
その頃には丁度、王女の反動も終了していた。
「お呼びに預かり光栄です、何用でしょうか」
「来るのが遅い!」
「申し訳ありません、大会の後始末に手間取ってしまいまして」
どこぞのバカのせいで、と口外に皮肉を含むアイディール。
王女は勿論その皮肉には気付いたが、今回に関しては自分に落ち度があるのことが分かっている為、特にアイディールを責めることはしない。
それにこれから言う内容に従ってもらわなければいけない。
洗脳して無理矢理いうことを聞かせるのもいいのだが、洗脳をするとその人間本来の力が十全に発揮されない上、自立した行動をすることが一切なくなる。
流石にこの中央王都のトップをそんな状態にするのはマズイため、フリジディと言えどおいそれと手を出すことはできない。
「任務を与える」
「はい、なんでしょうか」
言われた瞬間、アイディールが露骨に嫌そうな顔をする。
この我が儘王女の任務、そしてこの機嫌が悪い様子、ロクな任務ではないだろう。
このクソ忙しい時に。
そんな顔をしている。
「あら、なぁに? その顔」
「いえ、なんでもありません」
「貴女を裁断者の立場にしてあげたのは私よ? 最近の貴女はその感謝を忘れているんじゃない?」
「いえ、平民の私を裁断者にして下さった大恩を忘れることは生涯ありません」
「そう、わかってるならいいの」
アイディールは顔を伏せてフリジディに感謝の意を示す。
本当に顔を伏せた理由は、今のアイディールの表情をフリジディに見せたらマズイと判断したからだ。
『鉄の女』はその名に反して、感情が表情に出る。
「じゃ、言うわよ。一度しか言わないからよく聞きなさい」
「はい」
「ドスケベ=クイーンを捕獲して」
めんどくっせぇええええええええ。
アイディールは心から思った、この依頼だけは回避しなければ面倒臭いと。
「……大陸最強である王女様すら下しきれなかった人物を、この私程度が捕えることが出来るとは思えないのですが」
「私は負けてない!」
「わかっております、しかし、勝つこともできませんでした」
「チッ! 安心しなさい、明日までなら、貴女にも勝機があるわ」
「それはどういうことでしょうか」
「最後にあの女が見せた技、身武一体という技なんだけどね、あの状態は2日に1度しかなれないの」
「はぁ……」
「あの女がその状態になったら確かに貴女じゃ勝てないかもしれない、ただ通常状態のあの女になら、貴女は確実に勝てる」
フリジディはアイディールを玉座から見下すように睨み付ける。
「もう一度言う、これは命令よ。明日までにあの女を捕まえて私の前に連れてきなさい。出来なかったら貴女の裁断者としての立場を剥奪するわ」
「……承知しました」
王女からの命令わがままを承諾したアイディールは城を去り、治安委員局へと帰る。
「アイディール様、王城に突然呼びつけられたなんて、何かあったんですか?」
「災難でしたね~、雑務は治安委員総出で殆ど片づけておきましたから、あとは承認印だけお願いします」
「ごめん、ちょっと一人にして」
帰るとすぐに直属の部下二人がアイディールを心配して話しかけてくるが、それを制してアイディールは一人執務室に向かう。
執務室に入り、扉を閉めて誰もいないことを確認したアイディールは大きく息を吸う。
「クソがっ!!!」
裁断者専用の執務室が完全防音で助かった。
そう思うアイディールだった。
競技場を後にしたフィストとビッケは天上院を追いかける。
彼女はどこに行ってしまったのだろうか、すぐに見つかるといいが。
「まだそんな遠くまで行ってないはずよ、それにヤコは目立つし」
「えぇ、すぐに見つかるは……ず」
「ん? どうしたのビッケ」
「あ、あれ……」
「ん?」
そういってビッケは指で競技場の掲揚旗ポールを指し示す。
その天辺には凄まじいバランス感覚で立つ天上院がいた。
「なっ!? あのバカどうやってあんなとこ登ったのよ!」
「落ちたら死んじゃうわ! 早く助けないと!」
周囲も天上院に気付き、大騒ぎしている。
スマホで救助隊を呼んでいる人もいる上、魔法の絨毯を操って天上院を救出に向かう人までいる。
大迷惑だ。
「お嬢さん! はやくこれに飛び乗って!」
「地平線……」
「は?」
「この世界にも、地平線がある。360度広がる地平線が」
「何を言っているんだ! 当たり前だろ!」
「地平線が見えるということは、世界は丸いということだ」
「早くしろ! 風が吹いたら落ちて死ぬぞ!」
「あの地平線を追いかけて走っても、いつまでも追いつけず、いつか再びここに戻ってきてしまうのだろう」
「オイ! 誰か縄持って来い!」
「それはきっと永遠の愛も同じ、いつまでも追いかけて、近付いたつもりになっても、その距離はそれこそ永遠に変わらないのだろう」
「よし、動くなよお嬢さん! 今こいつをお前に引っ掛けるからな!」
「だが私は、それでも追いかけたい」
そう言うと天上院はポールの上から飛び降りる。
その光景を見て多くの人が悲鳴を上げたが、天上院はペガサスを召喚し、空中で飛び乗る。
「行こう、永遠の愛を探しに」
「主よ、その前に正気に戻ってくれ」
ペガサスはそのまま飛び立つことはせず、フィストとビッケの前へと緩やかに着陸する。
「ありがとう、ペガサス」
「礼はいい、とにかく主を頼む」
「あー、まぁ時間置いたら治ると思うんだけど、この状態短縮できないの?」
ペガサスにお礼を言いながら、フィストは質問する。
「身武一体は武器と一体化することにより爆発的な力を得る技。故に何度も繰り返していくうちに慣れて反動も軽減されるだろうが、それまでは耐えるしかあるまい」
「あー、じゃあ暫くはどうにもならないのね」
「うむ」
ペガサスの答えに嘆息するフィスト。
「今日はなんかごめんね、ビッケ」
「いいのよ、気にしないで。それよりヤコさんをしっかり寝かしつけてあげて、疲れてるだろうし、もう夜も遅いから」
「あぁ、うん」
ビッケと別れ、宿屋に天上院を連れていくフィスト。
「ほら、ヤコ。立ち止まらないでさっさと歩いて」
「この方向に愛はあるのだろうか」
「休息はあるわよ、早くいきましょ」
「ふむ、愛も休息も人の心を癒す。ならば休息に愛があるのだろうか、それとも愛の内に休息があるのだろうか」
「さっさと歩け」
宿屋に帰って寝静まるころにようやく天上院はいつもの調子に戻った。