天上院弥子の死
最初にゼロは、天上院弥子を拘束している部屋へと向かった。
封印の紋章でスキルの行使は縛ってはいるものの、導き手と英雄を同じ場所にいさせると何を起こすか分からない。
それほどに導き手が英雄へと与える影響は強力であり、だからこそ英雄が六柱の転生先となり得る器になるのだ。
重厚に開く鉄の自動扉を無理矢理こじ開けて中を確認すると、中には脱力したように拘束板に縛り付けられている天上院の姿。
近付いて拘束紐の耐久性を確認したところ、損傷している様子は無い。
「何か用?」
「……貴様には関係の無いことだ」
彼女が問題なく拘束されている以上、ここにいる意味は無い。
ゼロはすぐに部屋を出て、キハーノを拘束している部屋へと向かう、
天上院の部屋の扉が故障して閉まらなくなってしまったが、どうせ本人は動くことが出来ないし、後で直せばいいだろう。
今は先を急ぐ必要がある。
「ここか」
辿り着いたゼロは、これまたゆっくりと開かれる自動扉を無理矢理破壊し、部屋へと押し入る。
キハーノ達が万が一にも逃げることが無いようにと頑丈に作った鉄の扉だったが、今はそれが却ってゼロの苛立ちを加速させる。
「クソッ!」
部屋に入ったゼロは、もぬけの殻となった室内を見て無機質な唇を歪ませる。
キハーノの姿は既に無く、彼女を拘束していたはずの器具は、何者かによって解除されていた。
そもそもゼロや最上級兵士クラスの力が無いと壊せるような代物ではないし、間違いなく第三者の手によってキハーノは逃がされたのだろう。
しかし一体誰が。
「……まずい!」
キハーノが逃げ出せば、次に行うであろう行動は何か。
間違いなく天上院弥子の救出だろう。
本来はその部屋はゼロのみが知るパスコードによって固く閉ざされているが、先程自らそれを破壊したせいで扉が開いてしまっている。
キハーノの拘束を解除する技能を持つであろう存在が共に行動している場合、天上院の拘束も解除されてしまいかねない。
その事に気付いたゼロは、急いで天上院を拘束する部屋へと戻った。
「さっきからそんなに急いでどうしたの?」
だが、ゼロの心配とは裏腹に、天上院は相変わらず拘束されたままだった。
その姿を見て、ゼロはしばし考えた後に、天上院の頭へと手を伸ばす。
「……何事? レディーの頭を許可なく触れるなんて、礼儀がなってないんじゃないの?」
「事情が変わった。お前を今すぐこの場で始末する」
ゼロは、基本的に『マスター』という人物の指示によって行動している。
こうして天上院を拘束したのも、マスターからの指示によるものだった。
だが今後の計画を鑑みるに、天上院の存在が必須ということはない。
むしろ今ここで始末してしまい、英雄達の成長を打ち止めにしてしまえば、ゼロ達の計画はほぼ確実に一定ラインの成功を収める。
自らの転生先である英雄達の成長が止まるということは、必然的に自らの将来が弱体化することに繋がるが、それも既に事前予測を上回っていた。
だから、天上院をここで始末するのは安定策とも言える。
「最高のポジションで貴方達のバカを見せてくれるんじゃなかったの?」
「そのつもりだったのだがな。非常に残念だよ」
そう言うとゼロは、腕に力を込める。
導き手などという大層な肩書を持つが、スキルの使用を封じられ、身動きも取れなければただの人間に過ぎない。
林檎に包丁を入れれば切れる。
玩具を乱暴に扱えば壊れる。
それと一緒だ。
もの凄い力で頭を握り潰せば破裂する。
天上院弥子は死んだ。
脈などと確認する必要は無い。
ゼロの掌で潰れた脳が、全てを語る。
赤くなった掌を軽く払い、ゼロは部屋を後にする。
彼はまだ、逃げ出したキハーノを捕まえなければならないのだ。




