ボーズの懸命
「おい。これは何のつもりだ」
私は民衆の前で意気揚々と語る馬鹿に、冷や水を浴びせかけるようなつもりで言った。
すると馬鹿はこちらに振り向き、その目で私を捕らえると、再び民衆へと目を向けて叫ぶ。
「おぉ、丁度ここに人間と手を結ぼうなどと言う愚か者がやって来たぞ!」
「はぁ?」
本当に何を言っているんだコイツは。
確かに私は中央王都との連携を強化する為に相応の対策本部を設置するなどの手伝いはしたが、それもこの馬鹿がそうして欲しいと言ったからだ。
断じて私から人間と協力関係になりたいなどと言った覚えはない。
「おい、貴様正気か?」
「我ら上位種が人間と手を結んでやる義理など一つもない。むしろ奴らを支配し、我らの為に使ってやることこそが世界の為というもの!」
上位種というのは、未だエンジュランド内に根強く残る獣人達の思想である。
なんの特別な先天的能力を持たない人間に対し、我ら獣人は生まれつき固有の力を使うことが出来る。
代表的なものが獣化。
あれは本来の獣としての野生を強化し、肉体的な能力を底上げする。
普通の人間がどれだけ努力しても習得出来る技ではないし、間違いなく我ら固有の技である。
しかし、やはりこいつは正気ではない。
私の知っているドレッドという女は、少なくともこのように人々に向かって語るなどしない女だったし、何より内容が以前からの思想と真逆だ。
「今こそ、この男を私自らが血祭りに上げ、それを以て我らが戦いの幕開けとする!」
「……は?」
言っている意味が理解出来ない。
だが、少なくとも自分にとって良くは無い流れだという事に気が付いた。
馬鹿がこちらに再び振り向くと、空に吠えて獣化をする。
全く構えを取っていなかった私は不意打ちによって深手を負ったが、馬鹿が追撃の手を緩めることは無かった。
「クソがッ!」
幾分か手遅れではあったが、私も獣化を行って臨戦態勢へと移行する。
ガラード様を早く見つけなければというこの時、本来はこんな馬鹿の相手をしている場合ではない。
しかし今の奴がそんな状況を理解するはずもなく、民衆たちも熱に浮かされたかのように馬鹿を応援し、私に罵声を浴びせかけている。
納得がいかないと天に叫びたいが、そんな余裕も無い。
少なくとも今の私に出来ることは、どうにかこの馬鹿を叩きのめして正気に戻し、ガラード様の捜索を開始することだ。




