上位種族
「意識を逸らせた隙に自らと対象の存在を隠匿、か」
サタンはそう言って含んだような笑いをすると、緑の瞳を輝かせて術を行使するフィストへと視線を向ける。
「修行の結果は身を結んだようじゃなぁ? フィスト」
「貴女を相手にするのに、雑魚まで手を回してる余裕は無いわ」
「賢明な判断だな」
フィストは先程、二つの幻術を同時に行使した。
一つは、巨大な邪龍を顕現させたかのような幻覚を魔族に対して行使。
そしてもう一つは、まやかしの邪龍へ気を取られた魔族が、サタンとフィスト達を認識出来なくなるという幻術。
二つの幻術の組み合わせにより、サタンとだけ戦えるという戦場を作り出すことに成功したのだ。
「幻術使いを相手に、一瞬でも気を取られるなど命取りにしかならぬ……誰一人として看破出来なかったとは嘆かわしい」
「あら、その程度しか敢えて用意しなかったんじゃないの?」
「ほっほっほ、流石に気付くか」
そう言うと、サタンは猊下で蠢く、王者を見失って混乱を起こす低俗な魔族達を見下ろす。
彼らの中に、サタンが直々に鍛えたフィストの幻術を破れる者など存在しない。
フィストの幻術が強力なのは確かではあるが、彼ら程度では万に一つも守れはしない。
「まぁ、最後の戦いに余計な道連れなどいらん」
そう言うと、サタンはその右手を天に掲げた。
魔大陸の空に赤い雷鳴が轟き、空は金色に輝き始める。
それに応じて魔族達は突然胸を抑えてのたうち回り、その体から黒い靄が染み出した。
黒い靄は渦巻いてサタンの右手へと収束し、全ての靄が抜けた魔族はピクリとも動かない。
やがて全ての靄が集まり切ると、その靄はサタンを包み、地上に現れた黒い月のように妖しく輝く。
「ビッケ、来るわよ」
「……えぇ」
魔王とは魔族の王。
魔族が可能な全ては魔王にとって可能なことであり、全ての魔族は魔王の下等種族に過ぎない。
よって全ての魔族は魔王の足枷にしかならず、元より魔王に助力など必要ない。
ただ出来るとすればその魂を捧げて魔王を構成する肉体となることだけである。
やがて黒い月が弾けると、中から黒き翼の生えたサタンが現れた。
閉じられていた瞳は紅い光を迸らせ、対峙する二人を威圧する。
上位種族に対する本能的恐怖を抑え切れず、その震えが止まることはない。
翼を広げてゆっくりとフィスト達の前へと降り立ち、まるで飼い犬を愛でるかのように優しく微笑んだ。
「さ。遊んでやろうぞ」




