魔王
中央王都へと向けて、魑魅魍魎が百鬼夜行といった様で、全ての魔族が侵攻していた。
その群れの中央で、一際存在感を放つ者。
鬼の顔のような恐ろしい装飾の車輪を付けた御車に乗り、目を閉じて静寂とした雰囲気を醸し出す女性。
この人物こそ、フィストとビッケが幼い頃より師として仰いだ存在であり、今なお他の追随を許さぬ程の魔力を保持し、全ての魔族を力で束ねる最強の生物。
魔王・サタン。
人間界の書物を紐解けば今なお恐怖の権化として記述され、宗教によっては神に仇為す忌むべき存在の筆頭として登場する。
太陽を拒絶しているかのような透き通る程に白い肌に、闇を閉じ込めたような黒髪。
一見は絶世の美女に見える彼女の額と側頭部に生える三本角。
彼女を象徴する印はそれで十分。
何故なら魔王は全ての魔族の王者であり、彼女にとって魔族が出来ることは彼女が出来ることだからである。
「止まれ」
彼女の一声に御車を引く三つ首の獣、ケルベロスはその歩をピタリと止めて微動だにしない。
追随する魔族達も、時が止まったようにその行進を止める。
「最後のチャンスを無駄にしおったか。バカ弟子」
「与えられたんじゃなくて勝ち取ったのよ。そしてこれからも勝ち取るわ」
生意気そうな声で挑発する、浅黒い皮膚と緑の瞳を持つ少女。
中央王都と魔大陸を別つ境界の海に浮かぶ小舟に立つ、魔族の中でも特に高度な闇の魔力を操るダークエルフの王女。
フィストはサタンへ意気込むと、空へと飛びあがり、身体から黒い靄を放つ。
「現れよ、『終焉龍・カタストロフ』」
黒い靄はやがて恐ろしい龍となり、雄々しい牙を並べたその大口を開いて咆哮する。
龍が放つ威圧的な魔力に、魔族達が恐慌を起こす。
魔族は力を貴ぶという本能に根付いた信念が存在する為、自分よりも強い力を持つ者が現れると冷静でいられなくなるのだ。
「『控えよ。我を誰と心得る』」
しかし、そんな動揺は、サタンの一声によって再び静寂へと姿を変えた。
魔王・サタンは最強。
最強の存在が味方である以上、例え恐ろしい邪龍が相手であろうと恐れる必要はない。
その事を理解した魔族は、一瞬にして平静さを取り戻し、自らを驚かせた存在へと憎々しい目線を向けた。
しかし、魔族達が視線を向けた先に、先程のダークエルフは存在しない。
奴は何処に行った。
その姿を探す魔族達であったが、何処にも見当たらない。
そして、ある魔族が叫んだ一言により、再び魔族達に動揺が走った。
「サタン様は何処だ!?」




